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銀色の雲の上  作者: 町屋りんご


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11/22

第7話-1 揺さぶり

「ミハエル、おはよう」


「……おはよう」


アレクサンダーはその後も相変わらず同じ調子で話しかけてくる。


今朝は特に冷え込んでいる。外は薄曇りでなんとなく暗い。


日一日と冬が近づいてくるにも関わらず、始業前のほんのわずかな時間も多くの生徒たちは校庭に遊びに出ている。皆元気だ。


雪の季節まではもう少し先であるが、これから庭の池に氷が張ればスケートが流行り、雪が積もれば雪合戦が流行ることだろう。

毎年の恒例だ。


ミハエルは体を動かすのが苦手だ。

そもそも一緒に外に遊びに行くような友人もいない。

だから、いつもじっと教室で勉強か読書をして過ごしている。


最初こそアレクサンダーはミハエルを教室の者たちとの会話や校庭遊びに根気強く誘っていた。

しかしミハエルが一向に誘いに乗らないので、諦めたようだ。


そのかわりかどうかは知らないが、最近、少し踏み込んだ話題を仕掛けてくるように感じる。


「この人形さ、かわいいよな」


アレクサンダーが例の布でできた人形をわざと見せびらかしてくる。


(いつも持ち歩いているのか?)


今にもその人形に触れたい衝動に駆られながら、怪訝な顔でアレクサンダーの手元を見つめる。


アレクサンダーは、毛糸で縫いつけられた人形のおさげを指先でもて遊んでいた。


(いったい、どういうつもりで)


アレクサンダーはなぜそこまで例の幼き日のことにこだわるだろう。


それに理由がどうであろうと、ミハエルにしてみればその人形の話題には触れてほしくない。

全てが顔に出そうになるのをこらえながら、ミハエルは無表情で「そうだね」とだけ返答する。

そのまま会話を打ち切るつもりで手元の教科書に視線を落とす。


その話題は唐突だった。


「なあ」


アレクサンダーが口を開いた。


アレクサンダーの目はじっとこちらを見据えている。


「エミリアは元気か?」


その瞬間、ミハエルの心臓がドクッと跳ね上がった。

不意を突かれて内心、烈しく動揺する。

ミハエルは声に緊張があらわれないようグッとこらえた。


「なんのことかな」


しらを切る。

ミハエルは心臓がドクドクと早鐘を打っている。

アレクサンダーの声の調子から、彼はおそらく意図的に言っている。

こちらの反応をじっと読み取ろうとしている。


(早く立ち去れ)


念じながら、じわじわと背中に汗をかいてきた。


アレクサンダーは一寸置いて、


「なんでもない」


一言いうと、他の級友たちの所へ行ってしまった。


(気づかれたか?)


アレクサンダーの様子を背中越しに気配で感じ取ろうとする。彼は級友たちと会話で盛り上がり始めた。


(多分、大丈夫、だよな?)


―――……おそらく、気づかれていない。


大丈夫、と必死に言い聞かせながら、ミハエルは教科書に視線を戻した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



一日の授業が終わり、ミハエルは帰途についた。


鞄を書机に乱暴に投げ出すと、寝台の上にドサッとうつ伏せに倒れ込む。


(疲れた)


頭の中で、この日あった出来事を思い出していた。

アレクサンダーにいきなりエミリアの名前を出され動揺してしまった。

唐突に投げかけられた彼女の名前はミハエルの心を深くえぐった。

正直、気安くその名前に触れてほしくない。


寝台の上で、物憂さと部屋の寒さで頭痛がする。


アレクサンダーはその後、この日一日別段話しかけてくることはなかった。


けれども、ミハエルはというと、エミリアの名前を聞いた瞬間から、内心落ち着いていられなかった。


(いつもと変わらない表情(かお)で過ごしたつもりだけど……)


丁寧に縫われたエミリアお手製の人形―――……。

あの人形は、およそ十年という時を超えていながら、当時と全く変わらない姿で残っていた。


今すぐアレクサンダーの手から奪い取り、大切に自身の手元で保管しておきたい衝動に駆られる。

だがそんな衝動以上に、アレクサンダーにはこちらに関することには一切踏み込まれたくなかった。


(あの人形を知っていれば、彼女の名前を知っていてもおかしくない、けど……)


 泉の畔で、幼き日のアレクサンダーとどのような会話をしたのであったか。


(自分が置かれている環境も、立場も、自身にまつわる秘密も―――……何もかも知られたくない)


ミハエルは詮索されるのが大嫌いだ。それなのにあの編入生は、やたらとミハエルに干渉してくる。


(駄目だ、彼に絡めとられてしまう)


しばらく寝台の上にうつ伏せになっていたが、このとき初めて部屋が暗がりであることに気がついた。

ミハエルは、のそのそと寝台から起き上がると、やっとのことでマッチを擦って灯芯に火をつける。


書机の周りが明るくなる。


書机の上に投げ出していた鞄を横の鉤にかけると、ミハエルは椅子に深く腰掛けた。


(泉で出会ったことが、そんなに重要か?)


そのまま書机に突っ伏して、じっと足元を見つめる。

正直、あんなふうに詮索されるくらいなら、自分のことは放っておいてほしい。

他の生徒たちがやるのと同じように。


―――銀色の雲の上を見てみろよ。


ふと、あのとき泉で彼の言った言葉が頭に浮かんだ。ミハエルの心に強烈に印象に残っているあの言葉。


―――銀色の雲の上を見てみろよ。


何度も、何度も、自分のなかで繰り返されてきた言葉。


(…………)


ミハエルはじっと思いを巡らせる。


(……まあ、偶然の再会を喜び合いたくなるのも分からなくはないけど)


ゆっくりと椅子から身を起こすと、冷え切った部屋の空気を暖めるべく、暖炉に火を焚べることにした。

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