第9話 影の封じ手
レンの視覚化能力が、静かに限界へ近づきつつある――。
町では魔道具の誤作動が続き、世界の地脈にも微細な揺らぎが現れ始めた。
そして“それ”は、ある朝、気づかぬうちに足元まで忍び寄っていた。
静かに、しかし確実に世界のバグが牙を剥きはじめます。
では、第9話「影の封じ手」をどうぞ。
レン達が住む町エルドの朝は、いつもより張りつめていた。
昨夜から続く魔力の乱れを敏感に察したのか、
市場の人々は落ち着かず、ひそひそと噂を交わし合っている。
「森の方……なんか黒い影が見えたってよ」
「また魔獣か? この間の一件で魔力が狂ってるんだろ……」
町の入り口近くに、レンとミオが立っていた。
「なんだか、いや~な空気ね……」
ミオが眉を寄せる。
「うん、昨夜から森の魔力分布が乱れてる。まだ大きな被害は出てないが……」
レンは視界の隅で流れる淡い光の線――“構造コード”をみつめた。
必要な情報だけが浮かび上がるフィルター処理は、
昨日よりも安定している。
(……とはいえ、慣れない感覚だな。雑音は減ったけど、精度が上がった分、違和感もはっきり見える)
「レン、また“視えてる”の?」
ミオが心配そうに覗き込む。
「大丈夫。……ただ、森が呼んでる気がする」
「呼んでるって……あんた、詩人なの?」
「俺のセンスをバカにするのやめてくれる?」
軽口を交わしつつ、二人は北門へ向かった。
◆
北門に到着すると、見張りの兵士がレンに気づいて声をかけてきた。
「冒険者さんたち! 森の中に妙な魔影がいるって通報があったんだ。
まだ近くには来てないが……念のため調査を頼めるか?」
「わかった。様子を見てくるよ」
レンは頷き、ミオも剣の柄に手を添える。
二人が森へ足を踏み入れた途端――
空気が変わった。
冷たく、湿ったような気配。
まるで“闇”そのものが森を覆っているようだ。
「……なにこれ。すごく嫌な感じがするわ」
ミオが身をすくめる。
レンも頷いた。
(魔力の流れ……完全に歪んでいる。普通の魔獣じゃありえない)
森の入口で足を止めた瞬間、視界に“ノイズ”が走った。
黒い靄のような揺らぎが前方に浮かび上がる。
(……影のコードが歪んでる? いや、破損……?)
既存の魔獣がまとっている魔力とは違う。
ひび割れた画面のように、存在だけが欠け落ちている。
「レン、また見えてるのね。……顔、ちょっと青いわよ?」
「大丈夫。この程度なら問題ない。……けど、あれは普通じゃないな」
ミオが不安げに囁く。
「ま、また変なやつ……?」
「その可能性が高い」
二人は慎重に森の奥へ進んでいく。
ふと、ミオがぴたりと立ち止まった。
「……聞こえた?」
「いや、何も」
「……違うの。気配。すごく薄いのに、妙に圧がある」
エルフ特有の感覚だろう。
ミオの言葉を裏付けるように、レンの視界でも黒ノイズが波打った。
その瞬間――
“影”が弾けて現れた。
――シュンッ。
黒い靄の塊が、木々の間を滑るように移動する。
姿を現したのは、歪んだ獣の形をした影の魔獣。
《エラービースト》。
存在そのものが不自然に揺れ、
部分的に“欠損”したように見える。
「うっ……っ!」
ミオが後ずさるほどの不気味な圧。
「……なるほど。影に潜って位置をずらしてるな」
レンは淡々と分析する。
「なんでそんな冷静なのよ!」
「だって視えるんだよ。コードが、ほら」
レンは指先で空中をなぞるようにし、
エラービーストを取り巻く黒い線の束を示した。
途端にミオが顔をしかめる。
「……気持ち悪い……」
「触れてみる?」
「嫌に決まってるでしょ!」
エラービーストが動いた。
地面に落ちた影が裂け――
次の瞬間にはミオの背後に回り込んでいる。
「速っ――!」
「影経由だ。位置座標を上書きしてワープしてるようなもんだな」
「説明いらないから助けてぇ!!」
ミオが叫ぶのと同時に、
レンの杖が光を放つ。
《if enemy.shadow == true : emit("光源")》
《loop 3 : cast〈ライトバースト〉》
《break》
バンッ!
眩い光が森を照らし、
影が強制的に剥がれ落ちる。
「ギャアアアアアッ!」
エラービーストは苦痛の叫びをあげた。
ミオがすかさず距離を取る。
「今のなに!? コードみたいなの見えたけど……」
「影属性に対しての強制干渉ルーチン。まあ光をぶつけただけさ」
「言い方!」
影が弱まり、エラービーストの姿がようやく固定される。
レンは続けざまに、視界に浮かぶ黒ノイズの“線”を掴むようにして引きちぎった。
バツッ!
影の補正が完全に断たれた。
「……なっ!? 今、何したの?」
ミオが目を見開く。
「影に潜るコードを無効化した。……もうワープはしない」
「無効化って……指でちぎっただけじゃない!」
「あれはコードの“実体化”だよ。説明すると長くなる」
「説明しなさいよ!!」
その間にも、エラービーストは暴れ回っていた。
だが、影補正を失った今は遅い。
ミオが剣を構え、
「行くわよ!」
と叫んで飛び込む。
レンは後方から補助魔法を展開。
《cast〈ショートバフ〉》
《if Mio.hp < 70% : auto heal》
「ミオ、左足の関節が弱ってる。踏み込みは浅めに!」
「なんでそんなことまで知ってるのよ!」
「視えてるから」
「便利すぎるわよその力!!」
ミオの一撃が、エラービーストの胸部を貫く。
黒い靄が散り、魔獣は崩れ落ちた。
残骸が地面に消えていくと、森の空気がようやく軽くなった。
ミオが肩で息をしながらレンを見る。
「……ふぅ。なんとかなったけど……あんた、やっぱおかしいわよ」
「心外だな。俺は常識的だぞ」
「その“常識”が異常なのよ!」
レンは苦笑した。
(……情報の流れは安定してきた。慣れればもっと見える範囲が広がる)
だが、森の奥から微かな気配を感じた。
「……まだ終わりじゃないな。何かが動き始めてる」
ミオも同じ方向を見ていた。
それは、次なる“覚醒”と“運命”の始まりを告げる気配だった。
第9話は大幅増量&バトル強化回でした!
レンの能力の真価が少しずつ露わになっていきます。
次回ついに――
ミオの“第一覚醒”イベントへ突入!
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次話も平日昼に投稿予定です。




