第46話 影界王の玉座、滅びの準備
蒼紋の丘では、時を歪めた鍛錬が始まろうとしていた。
だが同じころ――
世界の裏側、“影界”の最奥でもまた、静かな準備が進められていた。
勝敗を決めるのは、力ではない。
どこまで世界を理解し、どこまで壊す覚悟があるか。
影界王ゼヴァリオンは、そのすべてを見据えていた。
影界最奥。
そこは“闇”という言葉ですら生ぬるい場所だった。
光は存在せず、
影だけが幾重にも重なり合い、
空間も時間も、意味を持たない。
玉座は影そのものから削り出され、
そこに――影界王ゼヴァリオンは座していた。
「……蒼紋の丘、か」
低く、静かな声。
怒りでも、焦りでもない。
愉悦だった。
「時を歪め、三年を捻じ曲げたか。
兄よ……そして、創造主の器よ」
ゼヴァリオンは知っている。
レンが“時間”へ踏み込んだことも、
セルヴァンが本来の姿で戦う準備を整えつつあることも。
だが、彼は笑った。
「遅い。すべてが、遅い」
その声に呼応するように、
玉座の間へ影が集まる。
一体、また一体――
最終的に並んだのは、十の影。
影滅十二将。
影界王に仕える、滅びの象徴。
誰一人として姿は定まらず、
ある者は空間を腐食させ、
ある者は因果の端を弄び、
ある者は記憶そのものを喰らう気配を放っていた。
ゼヴァリオンは立ち上がる。
その瞬間、
影界全体が――一拍遅れて震えた。
「お前たち十将は、前座だ」
影滅十二将が、同時に膝をつく。
「殺すな。
壊しきるな」
王の声は淡々としている。
「削れ。
迷わせろ。
“完成する前”に、心を折れ」
その言葉に、将たちは理解する。
これは殲滅ではない。
試験だ。
ふと、将たちの視線が向かう。
玉座のやや下――
十二将の席の外側に、ひとつだけ設けられた場所。
そこに立つ、ひとつの影。
かつて――
セルヴァンの亜空間で敗れ、
それでも生かされた存在。
ゼヴァリオンは、そちらへ視線を向けた。
「……次席」
影は静かに頭を下げる。
「お前は動くな」
その命令に、
将のひとりがわずかに眉をひそめる。
だが、異を唱える者はいない。
次席の影は、何も言わない。
忠誠の姿勢を崩さず、ただ沈黙する。
――だが。
その影の奥底には、
今もなお焼き付いていた。
セルヴァンの背中。
圧倒的な力ではなく、
“裁かず、生かした”あの選択。
影は、影界の外を見つめる。
蒼紋の丘の方角を。
ゼヴァリオンは、再び前を向いた。
「創造主が“時間”を操るなら――」
彼の背後で、
影が歪む。
そこには、
世界の“結果”だけが沈殿しているような、
理解不能な概念の揺らぎがあった。
「我は、“結果”を操る」
未来でも、過去でもない。
辿り着いた結末そのものを否定する力。
「神も、竜王も、創造主も……」
ゼヴァリオンは、嗤った。
「影に沈めば、等しい」
十の影が、
世界の裂け目へと溶けていく。
侵攻ではない。
宣戦布告でもない。
配置完了。
最後に残ったのは、
影界王と、次席の影だけ。
次席は一瞬だけ、拳を握り――
そして、何事もなかったかのように影に溶けた。
玉座の間に、ゼヴァリオンひとり。
「さあ……始めよう」
その声は、
まだ誰にも届かない。
だが確かに――
滅びは、準備を終えていた。
敵は、待っていた。
焦りもせず、怒りもせず、
ただ“勝つために必要な手”を揃えていた。
影滅十二将は動き出し、
そして――影の中には、すでに揺らぎが生まれている。
無双の時代は、終わる。
ここからは、選択と覚悟の物語だ。
次なる舞台で、
誰が折れ、誰が立ち続けるのか。
物語は、いよいよ深淵へ。




