第41話 竜王の代償
力を得るということは、何かを失うということだ。
それでも人は、守りたいもののために前へ進む。
竜王の力を受け入れた少年が知るのは、栄光ではなく――
選択の重さだった。
加速空間に流れる時間は、静かだった。
三年分の訓練が始まったとは思えないほど、空気は穏やかで、澄んでいる。
その中心で、カイは静かに立っていた。
人の姿のまま。
だが以前とは違う。
肩から背にかけて浮かぶ淡い蒼の紋様。
呪文のように連なり、脈動するそれは、竜の刻印――
完全覚醒の証だった。
「……どうだ?」
レンが声をかける。
カイは軽く拳を握り、開いた。
周囲の空気が震え、魔力が一点に凝縮される。
「問題ない。
力も制御できてるし、頭も冴えてる」
そう言って、いつものように笑う。
だが――
ミオは、わずかに眉をひそめた。
(……届きにくい)
彼女の感情支援は、相手の心に寄り添う魔法だ。
その“手応え”が、ほんの少し薄い。
「カイ……」
声をかけようとした、そのとき。
《辰》リュニスが、レンの肩からふわりと浮かび上がった。
「兄ちゃん……
それ、“竜王核が前に出始めてる”」
場の空気が、ぴたりと止まる。
「前に……出てる?」
カイが聞き返す。
リュニスは、小さな体を震わせながら続けた。
「完全覚醒したことで、
“力を使う判断”を、核が補助し始めてる。
今は微細だけど……」
その視線が、カイの胸元に向く。
「長く使えば、
感情より“最適解”が優先される」
セリスが、即座に一歩踏み出した。
「それって……どういう意味?」
答えたのは、セルヴァンだった。
「――“代償”じゃ」
その声は、いつになく重い。
セルヴァン
「原初竜王ソルヴァリスも、同じ道を辿った。
力を振るうたび、人としての時間を削られ……
やがて“世界の側”に近づいていった」
ミオが息を呑む。
「それって……
カイも、いずれ……?」
セルヴァン
「可能性の話じゃ。
じゃが、確かに存在する未来じゃ」
セリスは、カイの腕を掴んだ。
「そんなの……
そんな覚醒、意味ないじゃない!」
カイは一瞬、言葉を失い――
それから、静かに口を開いた。
「……姉ちゃん」
セリスを見るその瞳は、変わらず優しい。
「俺、この力を選んだ。
兄ちゃんや、みんなを守るために」
「でも!」
「それに――」
カイは、レンの方を見た。
「俺、まだ“俺”だ。
この感覚も、気持ちも……ちゃんとある」
ミオが、そっと手を伸ばす。
「……ほんと?」
「うん」
その答えに、ほんのわずかに安心が滲む。
だが、完全ではない。
レンは腕を組み、考え込むように言った。
「完全覚醒ってさ。
“全開放”だと思ってたのが、そもそも違うんだ」
全員の視線が集まる。
レン
「竜王の力が悪いんじゃない。
“一人で背負わせる設計”が、欠陥なんだ」
指を鳴らすと、空間にコードが展開される。
「出力段階を細分化。
代償は一極集中させないで、
処理を分散する」
ユナの声が、記憶の底から蘇る。
――力は、構造で制御しなさい。
レン
「この三年でやるのは、
完全覚醒の常用じゃない。
安全運用の完成だ」
カイは、ゆっくりと頷いた。
「……つまり」
レン
「竜王の力を使いながら、
人でいる方法を作る」
セリスが、カイの手を握り直す。
「……それなら」
カイは、まっすぐに前を見る。
「三年で克服する。
力も、代償も……全部」
レンは笑った。
「上等だ。
そのための時間は、俺が用意した」
夜の加速空間。
星のない空の下で、十二神獣たちが静かに見守る。
セルヴァンは、誰にも聞こえぬ声で呟いた。
「……原初竜王も、
最初は同じ顔をしておったよ」
覚醒は、終わりではない。
それは、代償を知った上で進む覚悟の始まりだ。
カイは選んだ。
力に呑まれる道ではなく、
人であり続ける戦いを。
次話――
その選択に呼応するように、
十二神獣たちもまた、
“完成体”という名の分岐点へと踏み出す。
平日昼の更新です。次回もお楽しみに!




