第37話 星降る夜に、言葉を交わして
影界王ゼヴァリオンとの決戦は、確実に近づいている。
それを誰よりも理解しているからこそ――
今は、まだ言葉にしていない想いが、胸の奥で静かに揺れていた。
夜のエルド。
昼の喧騒が嘘のように静まり返った街で、
ミオは、レンの隣を歩いている。
これは、戦士の物語ではない。
戦いの“前”にしか生まれない、
ほんの小さな、心の物語。
夜のエルドは、昼とは別の顔をしていた。
石畳を照らすランタンの灯り。
遠くの酒場から漏れる笑い声。
その合間を縫うように、二人分の足音が静かに重なる。
ミオは、レンの横顔を盗み見る。
特別なことは何もない。ただ歩いているだけだ。
――それなのに。
(……なんで、こんなに落ち着かないのよ)
胸の奥が、微妙にざわつく。
視線を前に戻し、ミオは小さく息を吐いた。
「……ねえ、レン」
「ん?」
短い返事。
それだけで、少し安心してしまう自分に気づき、ミオは気持ちがこみ上げてくる。
「決戦……近いわよね」
レンは足を止めず、夜空を見上げた。
「ああ」
余計な言葉はなかった。
だからこそ、その一言に現実が詰まっている。
(この人も……ちゃんと、怖いのよね)
ミオは、胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。
しばらく歩いた先で、レンが立ち止まる。
「ほら」
「なに?」
「飲み物。冷えるだろ」
差し出されたのは、湯気の立つ甘い飲み物。
ミオは一瞬だけ驚き、それからそっぽを向いた。
「……気が利くじゃない」
「だろ」
少し照れたような声。
それが妙に可笑しくて、ミオは口元を緩めた。
二人で並んで、静かな広場に腰を下ろす。
沈黙が訪れるが、不思議と居心地は悪くない。
「……あんた、変わったわね」
「そうか?」
「前はもっと……必死で、余裕なかった」
レンは苦笑する。
「守るものが増えたからな」
その言葉に、ミオの心が跳ねた。
「……なによ、それ」
「事実だろ」
レンは視線を逸らしながら続ける。
「仲間もいるし……蒼紋の丘もある。
それに……」
言葉が途切れる。
ミオは、じっと待った。
急かさず、逃げ道も塞がず。
やがて、レンは静かに口を開く。
「……ミオも、いる」
一瞬、世界が止まった気がした。
「……ずるい」
「え?」
「そんな言い方……されたら……」
ミオは言葉を探すように視線を落とす。
夜風が吹き、星が瞬く。
蒼紋の丘は、すぐそこだ。
「正直さ」
レンは、夜空を見上げたまま続けた。
「俺、コードで無理やり何でもできるようになったけど……
それでも、“全部守れる”って自信はない」
「……レン」
「でも……」
彼は、ミオの方を見る。
「ミオだけは、守りたい」
軽い言葉だった。
大げさな誓いも、英雄みたいな宣言もない。
それでも――
逃げない言葉だった。
ミオの頬が、一気に熱くなる。
「……あんた、本当に……」
一歩、近づく。
「……いなくなるの、嫌だから」
レンの目が、少しだけ見開かれる。
「……戻ってくる。絶対に」
「……約束よ」
ミオは、レンの胸元をそっと掴んだ。
星空の下。
言葉はいらなかった。
レンが顔を近づけ、
ミオも、目を閉じる。
ほんの一瞬。
触れるだけの、静かなキス。
長くない。
深くもない。
けれど、確かに――
想いは交わった。
「……死んだら、許さないから」
照れ隠しに、少し強い声でミオが言う。
「それ、脅し?」
「本気よ」
二人は、同時に小さく笑った。
少し離れた場所で、その様子を見ていたセルヴァンが、ひとり呟く。
「……若いのう」
夜空には、
何も知らない星たちが、静かに輝いていた。
今回は、戦いのない一話でした。
けれど――
ミオは「守られる存在」から「帰る理由」へ。
レンは「世界のため」から「誰かのため」へ。
ここからが、本当の覚悟の始まりです。
星空の約束を胸に――。
平日昼の更新です。次回もお楽しみに!




