第19話 セルヴァン、影の王座にて―百万魔獣の臣下
本拠地での戦闘直前、敵10万の本体がエルドへ侵攻を開始していた。
しかし――レンは“微動だにしなかった”。
理由はただひとつ。
そこにいるのが、“セルヴァン本人ではないから”。
本当のセルヴァンは、すでにエルドで――
今回の19話は、セルヴァン主役回。
それでは本編をどうぞ。
◆エルドの町――迫る大軍と、静かな老人
エルドの空には不穏な雲が流れていた。
遠方の地平線に黒い帯が現れ、それがゆっくりと、しかし確実にこちらへ迫ってくる。
「ひ、ひええ……! あれ全部、敵の軍勢かよ!?」
「数が……多すぎる……」
「街壁なんて一瞬で突破されるぞ……!」
町は大騒ぎとなっていた。
兵士は震え、住民は荷物をまとめて避難の準備を始め、子供たちは泣き叫ぶ。
だが――
その中心で、ただ一人。
石畳に腰を下ろし、子供たちに囲まれて話をしている老人がいた。
セルヴァンだ。
「でな、その昔わしがまだ若かったころ……」
「えー!? セルヴァンじいちゃん、若かったの!?」「今はおじいちゃんでしょ?」
「ぬ、ぬぅ……まあ否定せんが」
子供たちはクスクス笑う。
セルヴァンは目尻を下げ、穏やかに笑った。
そこへ、ひとりの少女が袖をつまんだ。
「……セルヴァンじいちゃん。悪い人たち、こっちに向かってるんでしょ? こわい……」
その声に、セルヴァンは優しく微笑む。
「心配いらん。わしが、お主らを必ず守る。
――この命に代えても、な」
子供たちは顔を見合わせ――
「じゃあ、じいちゃんは、僕たちが守るからね!」
そう言って胸を張った。
その瞬間――セルヴァンは動けなくなった。
胸の奥に何かが刺さるような衝撃。
(……守られると、誰かに言われたのは……いつ以来じゃ?)
自分でも気づかぬほど、深く刻まれた孤独が揺れた。
そんな中―町の見張り台から叫び声が上がった。
「敵軍が……!
敵軍が一斉に速度を上げて接近中!!」
ついに来た。
人々に緊張が走る。兵士たちは武器を構えるが、その手は震えている。
セルヴァンは立ち上がり、子供たちに言った。
「少し……厠に行ってくる」
「えっ、こんな時に!?」「じいちゃん肝が座ってるねぇ!」
そう笑う子供たちを背に――
セルヴァンは路地裏に入り、そっと指を鳴らした。
次の瞬間、子供たちの前に、セルヴァンの分身体が現れた。
「おおっ!? 分身したー!」
「じいちゃん、すげー!」
分身体は微笑み、子供たちの傍に腰を下ろす。
そして――
本体は天へ跳び上がる。
「さて……わしの領域にて、客人を“歓迎”するとするか」
その声は、老人のものではなかった。
静かに、深く、絶対なる王の声音だった。
◆突如消えた十万の兵――エルドの混乱
見張り台の兵が叫ぶ。
「て、敵軍が……!
敵軍が、消えた……!?
どこにも……どこにもいない!!」
「は……? そんな馬鹿な」
「幻だったのか?」
「ど、どこへ……?」
町中が騒然となる。
ただ一人 分身体のセルヴァンだけが、子供たちの前で優しく微笑んでいた。
(……心配は不要じゃ。
いま、本体が“片付けておる”)
そう、静かに。
◆異界――セルヴァンの亜空間
一方その頃。
敵の将軍を含めた十万の兵は―
一瞬のうちに視界が暗転した。
「……な、なんだここは……?」
「さ、寒気が……」
「空が……黒い……?」
霧がゆっくり晴れていく。
その先に現れた光景に―
十万の兵は膝から崩れ落ちた。
「……あ……あれは……」
その場所は巨大な宮殿のような空間。
地面は闇色の鏡のように光り、空は星々が渦巻く虚空。
そして――
彼らを幾重にも取り囲む、“魔獣の海”。
地上には、夥しい数の魔獣が牙を剥き、
空にはそれ以上の魔獣がうねりを描いて飛び交っていた。
数は――数百万か、数千万か。
もはや数える意味が無い。
「ひ……ひぃっ!!」
「む、無理だ……無理だぁぁああ!!」
「お、お母さ……!」
兵士たちは泣き叫び、失禁する者すらいた。
そして、霧の奥から―歩く影が現れた。
最初は老人の姿をしていた。
だが、近づくにつれ――
その姿はみるみる若返っていく。
皺が消え。
背が伸び。
髪は闇色の炎のように揺れ、
空気そのものが震えた。
「……なんだ、あれは……? 人……か?」
十万の兵士が――本能で理解した。
“格”が違った。
その場に立っているだけで、意識が崩壊しそうだった。
魂が、彼の存在圧に潰されそうだった。
そして――
“王”はゆっくりと手を上げた。
百万の魔獣が、同時にこうべを垂れた。
天地が震えるほどの、服従の音。
「……ば、化け物……? まさか……神……?」
将軍は膝をつき、涙を流しながら呟いた。
「かつて名を捨てし者よ。
いま、名乗る必要もあるまいが――」
セルヴァンは静かに言った。
「わしは“影界の王”。
この領域の、唯一の支配者じゃ」
背後の魔獣たちが、咆哮を上げる。
そのうねりは大地を揺らし、虚空を裂くほどだった。
将軍の顔色が音を立てて消える。
そしてセルヴァンは、一言だけ。
「――将軍一人を残し。
他は……食い尽くせ」
世界が――ひっくり返った。
数百万を超える魔獣たちが一斉に動いた。
どんな悲鳴も、どんな武具のきしむ音も、すべてが虚空に吸い込まれる。
わずかな時間で、十万の兵は跡形もなく消えた。
血も肉も、武具すら――
すべて、闇の領域に“取り込まれた”。
ただ一人、震える将軍だけが残った。
セルヴァンはその前に立つ。
「安心せい。
お主は殺さん。わしが戻るための“伝令”じゃ」
指を軽く弾く。
将軍の体に走る破壊の波動を、セルヴァンが修復した。
「国へ帰れ。
そしてこう伝えよ――
『貴様らが敵に回したのは、“世界の影そのもの”だ』とな」
将軍は涙を流しながら吠えた。
「は……はいっ!!
命に代えても伝え……ましょう……!!
あなた様こそ――神……!!」
セルヴァンは微笑んだ。
「神ではない。
――ただの、仲間を守る者じゃ」
その瞬間、将軍の視界は白く包まれ――
次に目を開けたときには、エルドから遠く離れた荒野に立っていた。
今回はセルヴァン回、全力で書きました。
十万の大軍を一瞬で消し飛ばす圧倒的スケール、
そして“影界の王”としての本性開放。
レンたちと合流した時、この力がどう物語に絡むのか。
次回もお楽しみに!




