第16話 漂う闇のざわめき―《黒紋》再来の予兆
黒紋との交戦、そしてセルヴァンを救い出した一行は、
急速に迫りつつある“何か大きなもの”の気配に気付く。
それは黒紋の再来なのか、竜王封印の覚醒なのか。
子供救出の余韻が消える前に、世界は静かに動き始めていた。
今回の16話は“嵐の前の静けさ”の回。
森の奥での戦いと、子供たちの救出。
長い夜を越え、レンたちは町へ戻る道のりを歩いていた。
白い霧が薄く漂い、湿った土を踏む音だけが、早朝の静けさに混じる。
疲労はあった。だが――それ以上に、胸の奥のざわめきが消えない。
レンは歩きながら、無意識に視覚化を起動していた。
《周囲データ:異常なし……のはず》
表示された文字列は、妙に揺らいで見えた。
「レン、また考え込んでる?」
隣を歩くミオが、少し眉を寄せて覗き込んだ。
「……コードが、変なんだ。揺れてる。読み取りづらい」
「敵の罠とか?」
ミオの声には薄い不安が滲む。
レンは首を振った。
「違う。もっと……世界そのものが動いてるみたいな、“揺れ”だ」
後ろからセリスが静かに口を開いた。
「竜王の封印が弱まり始めると、世界の魔力流は乱れます。
視る力を持つあなたなら……感じてしまうのでしょう」
その言葉に、ミオがぎょっとして振り向く。
「ちょっ……竜王ってあの、封印されてる大昔の竜王のこと!?
それ、聞いてないわよ!」
セリスははっとした顔で口を塞ぐ。
「あ……っ、す、すみません……!」
ミオはレンに詰め寄った。
「ねぇ! レン、知ってたの? 何か隠してない?」
レンは一瞬だけ視線を落とし、すぐにミオを見返した。
「……知らないことの方が多いよ。だから気にするな」
それは嘘ではない。
嘘ではないが――全部でもない。
昨夜、黒紋が残したコード。
そこにあった《竜王復活》の文字列。
そして“視る者であるレンも連行対象”という指令。
(言えない……今はまだ。タイミングを間違えたら、みんなが追い詰められる)
レンがそっと息を吐いたとき、前を歩いていたセルヴァンが振り返った。
「レン殿、少しよろしいかの」
老人の姿のまま、しかし昨日までの弱々しさは消え、どこか威厳すらまとっていた。
「お前の視えておる“揺れ”。
あれは、封印が軋む前兆じゃ。ワシもわかる。
魔族は大地の脈動を聞けるからの」
「セルヴァンさん……」
ミオが呆れたように言う。
「ちょっと、あんた……さらっと怖いこと言うわね……」
セルヴァンは穏やかに笑った。
「怖い話は続きがある。
――黒紋は再び来る。
しかも、次は“狩り”ではなく“回収”じゃ」
空気がひやりと凍った。
カイが拳を握る。
「姉ちゃんや、俺たちを……?」
「いや、それだけではないじゃろうな」
セルヴァンの瞳が細く鋭くなる。
「封印の崩壊を早めるための、最後の駒集め――そう読める」
ミオが後ずさりし、震えた声で問う。
「最後って……じゃあ、狙いは……」
セリスが息を呑む。
「私……?」
レンは違うと首を振った。
「セリスだけじゃない。子供たちを連れ去った理由……あれも“儀式強化”の可能性がある。生命力を奪うタイプだ」
ミオの顔色が急に青ざめた。
「じゃあ救えたのって……ほんとにギリギリ……?」
「今回は間に合って良かったわい、じゃが、他にも囚われている子らもおるじゃろう」
セルヴァンが静かに言う。
「じゃが――向こうは失敗を繰り返さん。
次は、場所を選び、時を選び、確実に仕掛けてくる」
霧の中、鳥の鳴き声すらしない。
どこかで闇がじわりと動いているような気配があった。
レンは拳を握った。
(黒紋は生きている……
しかも撤退したのは、ただの後退じゃない。
次の段階に進むための“間”を取っただけだ)
視界の隅でコードがちらついた。
《北方域魔力流:乱流/封印値変動:+1.2%/影出現予兆》
――影、出現予兆?
レンは立ち止まった。
「来る……!」
「なにが!?」ミオが身構える。
レンの視線は、霧の奥へ向いた。
霧の層を裂くように――黒い揺らぎが“ひとつだけ”現れる。
ひどく細い。
だが、その細さこそ異常で、まるで世界の縁が切れているかのようだった。
セルヴァンが低く唸った。
「……黒紋の“印”じゃ。ワシを追ってきた可能性もある」
「え? セルヴァンさんを?」
ミオが驚く。
「ワシを呪ったのは黒紋に連なる者。
もし儀式に必要なら、ワシでも彼らは狙うじゃろう」
霧の裂け目の奥で、カサリと何かが動いた。
セリスが息を呑む。
「……また戦うのですか?」
レンは首を振った。
「違う。たぶんこれは……“観測”だ。
向こうが俺たちを見てる。情報を測ってるだけ」
「見てる……?」ミオが眉をひそめる。
「怪我の回復、戦力、仲間……全部。“今回の失敗の補正”をしてる」
セルヴァンは長い杖を握り直した。
「ならばワシが――」
「いいえ」
レンが前に出た。
「ここで手を出したら、向こうの思うつぼだ。
戦うのは……“本陣を突き止めた後”にする」
霧の裂け目はゆらりと揺れ、
やがてそのまま霧と同化するように消えた。
風が吹き抜け、森全体が大きく息を吐いたようだった。
ミオが震える声で言う。
「……レン、ねぇ、本当に大丈夫なの?」
レンは歩き出しながら答えた。
「大丈夫じゃない。でも――
大丈夫じゃなくてもやるしかないだろ」
ミオは少しだけ安心したように微笑んだ。
「……それ、あんたらしいわね」
セルヴァンも静かに続く。
「黒紋の揺らぎは、必ず強まる。
じゃが――揺らぎを読める者がここにおる。
レン殿、お主の力が鍵になるじゃろう」
セリスが小さく頷く。
「私たち竜族も……力を尽くします」
町へ向かう道は、朝日でようやく明らみ始めていた。
しかしその光景の向こうに――レンには“揺れる未来”が見えた。
黒紋は、まだ終わっていない。
むしろ本番はこれからだ。
レンは拳を握り、息をひとつ吐いた。
「行こう。……嵐が来る前に、備えなくちゃな」
静かな道に、決意だけが響いていた。
次回17話では町に戻った一行が、
黒紋の残滓をもとに“敵の本陣”へ踏み込む準備を始めます。
次回もよろしくお願いします!




