第14話 影を裂く者―黒紋追跡者との初接触
子供誘拐事件は“竜族を犯人に仕立て上げる罠”だった。
夜に現れた黒紋の追跡者は、セリスとカイを連れ去るため町に残留コードを散布していた。
レンはその真意を解析済みだが―仲間の心を守るため、真実を胸に秘めて北へ向かう。
そして、霧深い北方街道で“黒紋追跡者”との初接触が始まる。
北へ向かう街道は朝霧に包まれ、木々の影が薄灰色に滲んでいた。
子供がさらわれてから数時間。
“黒竜の祭壇”に向かったというコードの断片を追い、レンたちはひたすら走り続けていた。
セリスはフードを深くかぶり、震える手で弟の肩を押さえていた。
「レン……あの子、本当に無事でしょうか……?」
「間に合う。誘拐犯は祭壇で“儀式の準備”をする必要がある。
まだ殺す気はない」
本当は――
《儀式素材の血は新鮮であるほど効果が高い》
そんな物騒なコードが残されていた。だが言わない。言えない。
カイが拳を握って前を睨む。
「姉ちゃん、絶対助けるからな。俺のせいで疑われたなんて思わせない」
ミオは少し遅れてついてくる俺の腕を引く。
「レン、あんた……何か隠してるでしょ?」
「ん? 何も」
「嘘の時の顔してる」
……最近こいつ、俺の仕草を完璧に覚えてきてる気がする。
「大丈夫。最悪の場合、俺が書き換える」
「……うん、信じてるわよ」
そう呟いたミオの横顔は、朝の光に照らされて少し赤かった。
◆霧の中に立つ“黒紋”
街道のカーブを曲がったときだった。
フッ……と霧が不自然に割れた。
それは“自然現象”というより
“何者かの意図で空間ごと切り裂かれた”ような感覚だった。
セリスが息を呑む。
「……こ、黒紋……!」
霧の奥に、黒い外套をまとった影が立っていた。
昨夜、屋根の上に現れた“あの人物”だ。
外套の表面には龍を模した黒い文様―黒竜教団の紋。
額にはわずかな角。竜族に近い何者か。
追跡者はレンの方へと首を傾ける。
「……視る者。反応速度、昨夜より向上」
「成長率“基準値超過”。捕獲優先度を一段階引き上げる」
ミオが杖を構える。
「やっぱり……レン狙いじゃない!」
「違う、ミオ。狙いは――」
言いかけた瞬間、追跡者の視線がセリスへと向く。
「――“女竜”。主祭儀の媒介として確保する」
セリスが青ざめ、カイが一歩前に出た。
「姉ちゃんには指一本触れさせない!」
追跡者は淡々と告げた。
「抵抗行動を確認。
……無意味だ」
◆レン、視覚化システム最大展開
レンは深呼吸し視覚化を全開にした。
追跡者にまとわりつくコードは、昨日より圧倒的に濃い。
黒紋の力か。外部から供給されている魔力の流れも見える。
(……補助式の疑似竜核。道理で昨夜より反応が早い)
さらに深層コードが浮かび上がる。
《主目的:女竜の確保》
《副目的:視る者の奪取》
《失敗時:現地対象の排除》
《優先度:女竜>視る者》
(やっぱり……セリスが主目的か)
セリスに告げるべきか……一瞬迷う。
だが言えば動揺が広がり、判断を鈍らせる。
「ミオ、セリスとカイを守ってくれ」
「……あんた一人でどうするつもりよ?」
「こいつのコード、弱点が見えた」
本当は“弱点”なんて大げさなものじゃない。
だがミオを安心させるため、あえてそう言った。
追跡者は無表情のまま、右腕をこちらに向ける。
黒い魔力が渦を巻く。
「……抵抗を確認。捕獲手順を第二段階へ移行する」
その瞬間、霧の中から――
バシュッ!!
黒い刃のような魔力が数本、一直線に放たれた。
「ミオ、伏せろ!!」
レンが叫ぶと同時にミオが倒れ込み、刃が背後の大木を裂いた。
幹が一瞬で黒く焦げ、崩れ落ちる。
◆黒紋追跡者、真の姿へ
追跡者の外套が風にめくれ、影から黒い鱗がのぞいた。
その瞳はつり上がり、爬虫類のような縦長の瞳孔が細く光る。
「竜……の血?」
セリスがぽつりと呟く。
追跡者はその言葉に反応したように顎を持ち上げた。
「我は“黒竜王復活の眷属”。
汝ら半端な竜族とは異なる」
黒竜王――
昨夜のコードでも出てきた名前だ。
(復活の計画はかなり進んでいる……)
追跡者が地面を蹴った。
黒い残像が霧を裂く。
速い――レンの視覚でもぎりぎり追えるかどうか。
ミオが叫ぶ。
「来るわよ!!」
レンは即座にコード書き換えを開始した。
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◆迎撃――“反射コード”
(速度優先……反射系、ここだ!)
追跡者が跳びかかる瞬間、レンは空中に浮かぶコードへ指を差し込み――
《反射率+120%》 を付与。
バンッ!!!
衝撃が爆ぜ、追跡者の体が後方へ吹き飛ばされた。
黒い外套が裂け、追跡者は地面を転がりながら体勢を立て直す。
「……反射行動。予期せぬ成長を確認」
ミオが息を呑む。
「レン、今の……もしかして新しい技?」
「まあ、そんなところ」
セリスとカイは驚きで動けずにいた。
追跡者は、外套の破れから覗く黒鱗をゆっくりと撫で――
「……捕獲優先度を最上位に引き上げる」
そして、背中から黒い翼のような魔力を広げた。
黒紋追跡者の“本気”が始まる。
黒紋追跡者の背に広がった“黒い翼”。
霧の中でゆらめく黒鱗は、光を吸い込み、まるで闇そのものが形を持ったようだった。
ミオが息を呑む。
「なんなのよ……あれ、竜でもあんな気配しない……!」
セリスは顔色を失いながらも、弟をかばうように立ちふさがる。
「ちがう……あれは竜族じゃない。もっと……どす黒い何か……」
黒紋追跡者は無表情のまま、低く呟いた。
「抵抗対象への警告……
――これより“強制捕獲処理”に入る」
瞬間、空気が爆ぜた。
地面に走る黒い紋章。
魔力が霧を重く沈め、周囲の温度が一気に下がる。
(まずい……本気で潰しにきた)
追跡者が一歩踏み出すたび、視界が黒いコードで埋め尽くされた。
《黒竜核補助/疑似竜形態・第二段階》
《身体能力+320%/反応速度+480%》
《対象:女竜=最優先捕獲》
セリスが小さく声を漏らす。
「どうして……私が……?」
ミオが叫ぶ。
「セリス、考えてる暇ない! 来るわよ!」
追跡者が霧を切り裂いて突進する。
一瞬、影が分身したかと思うほどの速度だ。
「ミオ、右へ!」
レンが叫ぶより早く、追跡者の腕が闇の刃となって振り下ろされた。
ザッ!!
ミオの頬をかすめ、地面がえぐれる。
石が悲鳴を上げて砕ける。
「っ……危っぶな!!」
ミオは転がりながら距離を取る。
追跡者は振り返らず、次の標的へと視線を移す。
カイ。
そして――セリス。
「セリス、伏せろ!!」
レンが叫ぶと同時に、追跡者が再突進。
黒い光跡が一直線に走る。
その瞬間――
レンはセリスの視界に浮かぶコードへ指を叩き込んだ。
《反応速度補助+200%》
《危険回避本能強制発動》
セリスの体が、まるで見えない手に引かれるように横へ跳ぶ。
刹那。
追跡者の腕が彼女のいた空間を抉り取った。
セリスは信じられないものを見るような目で俺を見た。
「いま……私、勝手に動いた……?」
「ごめん。緊急だったから」
カイが驚愕の声を上げた。
「レン兄ちゃん、姉ちゃんの身体を……操ったのか?」
「操ったというか、反射を引き出しただけ」
ミオはそんな状況でも叫ぶ。
「ねぇレン!? なんか最近チート度増してない!?!?」
「いや、気のせいじゃないかな……?」
ほんの一瞬の会話。
だが、その間にも追跡者の足元で黒紋が再展開される。
(やばい……本格的にヤる気だ)
◆レン、視覚化オーバーヒートへ
追跡者が黒翼を広げた瞬間――
霧が爆音を立てて弾け飛んだ。
黒い閃光がレンの腹部を目掛けて一直線に突っ込んでくる。
(間に合え……!!)
レンは視覚化を最大に開き、追跡者の動きに合わせてコードを読んだ。
脳が焼けるように熱い。
情報が奔流のように流れ込み、視界が白くノイズで染まる。
(っ……くそ、オーバーヒートの前兆……!)
しかし止めるわけにはいかない。
頭の奥で“視界の閾値”が外れる音がした。
視覚化が本来の制限を越え、追跡者のコードだけでなく“その先”の構造が見える。
《黒竜王復活計画/進行度:68%》
《必要素材:女竜の血、竜核断片、視る者の情報素子》
《復活条件達成まで残り:二柱の子竜の捕獲》
(……やっぱりセリスとカイが鍵か)
《付帯命令:視る者は生け捕り優先
理由:視覚化能力の転用計画》
(俺まで利用する気かよ……)
情報の奔流が脳を焼く。
鼓動が速すぎて、呼吸が追いつかない。
(やべぇ……これ本格的にオーバーヒート……
……情報を“切る”……!)
必死に不要なデータをフィルタリングし、視界のノイズを押さえ込む。
ミオが遠くで叫ぶ声が聞こえた。
「レン!? 顔色が……っ!」
「全然……余裕……!」
余裕ではなかったが、今のミオを不安にさせるわけにはいかない。
追跡者が鋭い声で告げる。
「視る者。
――その“制御未完成の力”は我々のものとなる」
「悪いけど……今は返せない」
レンは地面に手を下ろし、霧の中に浮かぶコードを一気に書き換えた。
《地形干渉/摩擦係数激増》
《対象:追跡者の足元》
追跡者の足が霧の中の地面に沈み込み――
ズルッ!!
バランスを崩した。
カイが叫ぶ。
「今だ姉ちゃん! 一緒に攻撃しよう!」
「う、うん!」
セリスが竜力を指先に集中させる。
青い光がほとばしる。
「――《竜爪閃》!」
黒紋追跡者に蒼い爪のような斬撃が突き刺さる。
黒鱗がひしゃげ、追跡者が一歩下がった。
ミオが続けて詠唱。
「レン、足止めありがと!
――《光槍》!!」
光の槍が追跡者の胸を貫く。
黒い外套が焼け焦げる。
追跡者はよろめくが、致命傷にはならない。
黒紋が自動修復を始めていた。
(さすがにしぶてぇ……やっぱり今回は撃破まではいかないか)
追跡者は距離を取り、黒い翼を広げる。
「……記録完了。
視る者の能力――想定以上。
女竜の保護が優先。
今回は撤退する」
霧が再び裂け、追跡者の姿は風に溶けるように消えた。
セリスが崩れ落ちる。
カイが急いで支える。
ミオは大きく息を吐き、レンに詰め寄る。
「ねぇ! レン! あんた、無茶しすぎ!!
顔真っ青よ!」
「……ちょっと視えすぎただけ」
レンは額の汗を拭きながら立ち上がる。
追跡者は撤退した。
だが、これで終わりではない。
“黒竜王復活計画”
セリスとカイを狙う本当の理由。
そして――レンの力の“転用計画”。
すべてが、霧の中の影となって迫ってくる。
レンは仲間の方へ振り返り、宣言した。
「行くぞ。
子供を助けて……黒紋を叩き潰す。
ここからが本番だ」
霧が晴れ、北方の荒野が姿を見せた。
“黒竜の祭壇”は、もうすぐそこだ。
黒紋追跡者との初戦闘回でした。
レンの“情報奔流→制御”が本格的に描かれ、黒竜王計画の核心も明らかに。
追跡者はまだ本領ではありません。
次回も見どころ盛りだくさんでお送りします!




