第2章 新型電信機
「ついに完成したのか?!」
色黒で柔和な顔をした男が、しかしそのやさしそうな顔に興奮をにじませながらヨハネスにたずねた。ヨハネスは大きくうなずく。
「完成しましたよ村長。これが新型電信機です」
ヨハネスは先ほどの木箱を誇らしげに村長に示して見せた。
電信機とは電気を使って合図を送る装置のことだ。発明されたのは50年前、ある軍の将校が水に電気を流すと泡が発生する性質を発見したことからだった。電線の片方に発電機をつなげもう片方に水槽をつなげれば、発電機で水槽の泡を遠くから操作できる、つまり遠くから合図を送ることができるということだ。しかし泡の発生は微調整が効かず、1本の電線では非常に簡単な合図しか送ることができない、という欠点があり、実用化まではされていなかった。
「この電信機なら1本の電線で実用に耐えられます。これはー」
「儲かるな」
「村長?」
「冗談だよ、お金が欲しいならこんな研究に最初から出資するものか」
ヨハネスの電信機の研究を支援していたのはこの村長だった。研究用の小屋ももとは村長のものだったのをヨハネスに譲ったものだ。そしてヨハネスの研究を支援していた人物がもう1人―。
「マティアス区部長には伝えたのかい?」
「まだです。実を言うと電信機を作ってたこともまだ言ってないんですよ」
マティアス=ミュラー、精霊協会第12区の区部長を務める貴族だ。その地位からくるコネを生かして、ヨハネスの研究を手助けしていた。
「ちょうど今から手紙を出そうと思ってたんですよ。この電信機を完成させるにはあともう一押し必要なんで」
「もう一押し?」
ヨハネスはうなずいた。
「簡易精霊陣では風の精霊が十分に集まらなかったんです。風の精霊使いを呼んでもらって実験してみたいと思いまして」
けっこう無茶なお願いだが、それで電信機が完成するとなればマティアス区部長も協力してくれるだろう。
ヨハネスはマティアスにかなりの信頼を寄せていた。
「マティアスさんに手伝ってもらうわけにはいかないのかい?」
「あの人は火の精霊使いですから、風の精霊はあつかえませんよ。できれば風の精霊でやりたいんです」
「そうか」
村長はそう言ってうなづいた。
「首都ですから、手紙を出せば3日くらいで着きますね」
「3日か。さすが魔法だな」
トーリア帝国の滅亡とともにほとんどの魔法は失われたが、1つだけ失われずに受け継がれてきた魔法があった。それが伝声魔法だ。自分の声を遠く離れた人に伝えるこの魔法は、伝声官という特殊な訓練を積んだ人々しか使えないが、帝国の郵政網の大事な構成要素となっていた。出した手紙を差出人の近くの支局にいる伝声官が声に変え、宛先の近くの支局にいる伝声官に伝え、その伝声官が代わりに手紙を書く。この方式をとれば、本来数週間近くかかる手紙のやり取りをわずか数日で終わらせるられるのだ。
そしてこの伝声郵政網は帝国内で唯一の情報伝達手段のため、巨額の利益を生んでいた。その利益を享受しているのは伝声通信を管轄している精霊協会であり、精霊使いが主体の精霊協会が魔法による伝声通信を収入源としているという皮肉な事態になっていた。
「うまく行けば、マティアス区部長と風の精霊使いが一緒に来てくれたりして」
めずらしく自分に都合の良い想像を巡らせるほど、ヨハネスは舞い上がっていた。
「念のためボルジオさんにも手紙を出しておいたらどうだ」
村長の言葉にヨハネスは我に返った。ボルジオ=ベッカー、精霊協会の研究室の室長だ。ヨハネスにとっては1度顔を合わせただけの仲だったが、そのときにヨハネスの研究を気に入っていた。
「そうですね。えーと、たしか首都の研究室あてに出せばいいんですよね」
「ああ。楽しみだな!」
村長もまた湧き上がる感情を抑えられずにいた。