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第1章 大砲女と黒髪の技師

かつて神は地上に魔法をつくり、次に精霊をつくり、最後に人をつくった。そして神は、一部の人に魔法と精霊を操る力をさずけ、この力をもって人々を豊かにするよう、神は言った。

やがて、魔法使いと精霊使いと人々はトーリアと呼ばれる君主の収める帝国を作り上げた。トーリア帝国は周辺国を飲み込み、大陸を手にし、大海を手にした。

しかしトーリア帝国は内紛におちいり、神の怒りを買った。そして火の雨により帝国は滅んだ。大図書館は焼かれ、城は崩れ、人々は逃げまどい、そして数百年混乱の時代が続いたとき、魔法は失われていた。人々は枯れた土地とかろうじて残っいいた精霊を頼り生きながらえた。


カナーン文書より抜粋


トーリア帝国の崩壊後、帝国領は細分化されいくつもの後継国が生まれた。その中で比較的大きな勢力を持つのがバイアルン帝国である。貴族共和制をとるこの国は、トーリア帝国には遠くおよばないものの「帝国」の名にふさわしい力を持っていた。


そのバイアルン帝国の地方都市ハバサは、大河ミラトーネ川と中央山岳地帯の隣に位置し交通の要衝として知られている。この都市ではミラトーネ川から引かれた水であちこちに運河が作られ、縦横に水路が張り巡らされ、多くの船が行き交っている。そしてその船がもっぱらハバサの人々の足になっていた。とくに港には機帆船から手漕ぎのボートまであらゆる船が停泊してごった返しており、無秩序さと活気が感じられる。

そんな都市の中心部から少しはずれたところ、例にもれず水路と並走した大きな通りに、帝国精霊協会の支部が建てられていた。そしてそこでは小柄な少女がひげを生やした初老の男になにかをまくしたてていた。


「精霊協会にはもっと平和な仕事は来ないの!?」

少女の高い声が乾いた空に響き渡る。カウンターの中に座っている男に少女がつっかかっていた。少女は今にもとびかかりそうなほど体を前のめりにしているが、一方の男はというと慣れたもんだというように書類を見ている。

「来てるぞ。お前さんに斡旋できるものではないが。それにこの仕事も平和だと思うけどな」

「傭兵なんてどっこも平和じゃない!」

帝国精霊協会は精霊使いを取りまとめるために設立された協会で、精霊使いに仕事を斡旋することも業務の1つだ。加入は義務ではないと謳っているが、帝国の精霊使いはほとんどがこの協会に加入していると言っていい。この少女もまた仕事をもらうために協会支部に来ているのだがー。

「傭兵じゃない、キャラバン護衛だ」

書類から目を上げずに男が答えた。しかしその肩は小刻みに震えている。

「同じことだよ! 私はもっと和やかな仕事をやりたいの、隠してないで出してよ!」

「うるさい! 船の荷下ろしで積み荷を吹き飛ばしたのはどこのだれだ!」

我慢の限界が来たというように男が怒鳴り返した。手にしていた書類をカウンターに叩きつける。そう、この少女ソフィア=ヴィクターソンは斡旋された仕事で失敗を繰り返したため、もはやまともな仕事は回ってこないようになっているのだった。

「積み荷の半分は水没、それだけならまだいいものの陸揚げ機とクレーンの破損・・・」

その結果精霊協会は、破壊した港湾設備と積み荷の補償費用を払わされることになった。

「風車の試運転やらせたら、風車破壊するし・・・」

このときも破壊された風車の補償費用を払わされることになった。

「丸太の運び出し依頼したときは、丸太を砲弾みたいに吹っ飛ばしやがったよな」

このときは丸太を切り出していた人夫が腰を抜かしただけですんだ。

「風の精霊は気まぐれであつかいにくいの!」

「それを何とかするのが精霊使いだろうが! この大砲女が!」

いままでの仕事の失敗からソフィアにつけられたあだ名がこれだ。茶髪に小柄で華奢な体は「大砲」などどいうぶっそうなものとは似ても似つかないが、仕事ぶりから考えるとそうあだ名がつけられるのもしかたのないことだった。

「だれが大砲女だ!」

ソフィアは思わず右手に力を込めた。風の精霊がソフィアの右手に集まる。しかしー。

今こいつを吹き飛ばしてもなんにもならない、というか下手したら精霊協会から除名されて・・・。

思いとどまり手から力を抜いた。協会から除名されれば帝国内で精霊使いとして仕事をすることは、実質的に不可能になると言ってよい。

「ひとまず護衛の仕事をいくつかこなして実績を作れ。贅沢は言うな、風の星に生まれたんだからな」

「・・・わかった」

ソフィアはひとまず引き下がることにした。

わかってる、風の精霊使いに生まれただけで運はよかった。

「風の星のもとに生まれた」、これはソフィアが風の精霊使いであることを言っている。あらゆるものに宿るとされる精霊だが、精霊使いが扱えるのは風、火、水の精霊のみ。そして風の精霊が一番「使い勝手がいい」とされていた。ものを軽々と運んだり風車を経由することで装置を動かすことのできる風の精霊使いは、機械化が進展してきた現代においても産業の重要な存在だった。

火や水の精霊使いだったら、ほんとに傭兵稼業しかないものね。

とくに火の精霊はランプとマッチが普及した現代の日常ではほとんど使う場面がなく、火の精霊使いは兵士か大道芸人かどちらかになるしかないといわれている。産業革命による機械化と新製品の発明により、かつては日常に欠かせなかった精霊使いも肩身のせまい思いを強いられるようになってきた。

まぁキャラバン護衛も気楽っちゃ気楽かもね。敵が来たら細かいこと考えずに風で吹っ飛ばせばいいんだもん。

ソフィアは複雑な気持ちをかかえつつ精霊協会に背を向けて歩き出した。


ミラトーネ川下流域にカナーンという地方都市がある。ハバサを商業の都としたら、カナーンは造船の都だ。ミラトーネ川の河口に近いこの都市は、河川用でも外海用でも船を作るには最適な場所に位置していた。

そしてカナーンから徒歩で1日ほど行ったところにあるヴィレド村は、風車で有名でちょっとした観光名所になっていた。風と水に恵まれたこの村では小麦を育て、その小麦を風車で製粉し収入を得てきた。


この村のはずれにある小さな小屋、そこにヨハネス=シュミットはいた。年齢にしては小柄な体を持つこの青年だったが、何より目を引くのはこの国では珍しいその黒い髪だった。

小屋の中は暗くどこかじめじめしている。一応明り取りの窓はあるのだが小さすぎてその役目を十分に果たしていない。そしてヨハネスはその暗い小屋でなにやら作業に没頭していた。


穴の開いた木箱を熱心にのぞき込む。木箱はフタがしてあり、その中にはよく見るとガラス瓶が入っている。穴から覗くことでフタを開けずともガラス瓶の様子がわかるようになっていた。そしてこの箱からは黒い線が走っており・・・その線の先は、レバーのついたより小さな木箱につながっていた。

よし、始めよう。

ヨハネスはペンを右手に持つと、左手でポケットから文様が書かれた紙を取り出した。簡易精霊陣―精霊使いでない人でも精霊術を使えるようにと編み出された道具だ。ヨハネスが取り出したものは短時間だが風の精霊を集める効果を持つものだった。

時間との勝負だ!

ペンを紙に走らせ、精霊陣を完成させる。風の精霊が細くうなりをあげて精霊陣に集まり始めた。つむじほどの小さな風の渦が紙の上に形成される。急いで木箱に駆け寄り、木箱のフタを開ける。そして中からガラス瓶―こちらにも黒い線がつながっているーを取り出すと、ガラス瓶のコルクのフタを外し、まだうなりのおさまっていない先ほどの紙を瓶の中に突っ込む。

間に合った・・・か? 精霊が逃げる前に閉じ込められたと思うが・・・。

コルクでガラス瓶にフタをしたあと、ヨハネスは一息ついた。額には汗がにじみ、たいして激しい動きをしていないはずなのに息が上がっている。ヨハネスのこの急ぎ様は、風の精霊を集めた後、逃げ出す前にガラス瓶に閉じ込めるためのものだった。

そういや事前に瓶と木箱のフタを開けておけばもっと時短になったな。なにやってるんだろ。まぁいい。ものは試しだ。

ガラス瓶をゆっくり木箱の中に戻し、木箱にフタをする。腹ばいになり、木箱の穴に目を当てて瓶の中を覗き込む。さらに右手で小さい木箱をたぐりよせ、その木箱のレバーを握った。

一呼吸おいて、レバーを押し込む。そして次の瞬間―。

「成功だ!」

ヨハネスは立ち上がって叫んでいた。

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