第8話 期末の勉強と隠れた想い
2010年7月、期末テスト1週間前。
教室の空気が少しピリついてる。
夏休み前の最後の試練だ。
それも1年最初のテストということもあり、皆んな相当に頑張っているようだ。
ちなみに、30年間の記憶がある俺だが、当然高校の勉強なんてものも10年以上ぶりであり、あーなんとなくやったなとは思っていても、覚えているものはほとんどなかった。
窓から入る陽射しが強くて、黒板のチョークの跡が眩しい。
先生が「テスト範囲はここまで」とプリント配ると、みんなが一斉にノート開く。
俺も机に教科書並べて、範囲確認する。数学、国語、英語、理科、社会。量が多くて頭痛い。
朝のホームルーム後、彩愛が教室の前を通りかかる。
水色の髪が揺れて、白いシャツが夏っぽい。
後ろから男子の声。
「なあ、あの子誰だよ?」と誰かが呟くと、「1年B組の星乃さんだろ。図書委員の」と別の声。
「マジ可愛くね?あんな子いたか?」
「最近コンタクトになってから雰囲気変わったんだよ。めっちゃ可愛いよな」と興奮気味に言う。
「しかも、声も静かでいい感じだぜ」と別の男子が頷く。
「告白してみようかな」と冗談っぽく言うやつに、「お前、振られるって」と笑い声が響く。
彩愛は気づかず歩いてるけど、男子の視線が集まる。
どうやら、人気が出始めてきているようだ。
すると、俺の存在に気づいて、小さく手を振ると男子の視線が集まる。
俺も小さくてを振り返すと、「なんで九条と仲良いの?」「なんか図書委員らしいからな」「えー、俺も図書委員になろうかな」なんて声が聞こえてくる。
放課後、いつものように図書室に向かうと、ドアに張り紙。
『夏休み中の改築のため、本日より閉鎖します』って書いてある。
まじかよ…と、愕然としてると、彩愛が後ろから来て、「え、どうしたの?」と首傾げる。
「改築だって。使えないよ」と言うと、「えー、困ったね」と彩愛が困り顔。
「テストも近いし、どこかで勉強したいよね」と言うから、「じゃあ、俺の家でいい?」と提案する。
「九条くんの家?」と少し驚いた顔して、「じゃあ、お願いしようかな」と笑う。
こうして、俺の家に行くことになった。
◇
家に着くと、玄関開けて彩愛を招き入れる。
「ただいま」と言うと、母さんが台所から顔出す。「おかえり、悠翔。…あら?」と彩愛見てニヤッとする。
ついでに2つ下の妹の美咲もリビングから飛び出してきて、「お兄ちゃん、誰!?」と目を輝かせる。
「友達の彩愛だよ。勉強しに来た」と紹介すると、母さんが「まあ、可愛い子ね。よろしくね」とウインク。
美咲が「ねえ、もしかして、お兄ちゃんの彼女!?最近、美緒姉が来ないと思ったらそういうこと?」とからかうから、「違うよ、友達」と慌てて否定。
彩愛が「こんにちは、お邪魔します」と丁寧に挨拶すると、母さんが「遠慮しないでね」と笑う。
ニヤニヤする2人に囲まれて、少し気まずい。
俺の部屋に上がる。
8畳間で、本棚と机、ベッドが並ぶ。
壁に中学時代の写真と、美緒との幼い頃の写真が飾ってある。
彩愛が「へえ、九条くんの部屋ってこんな感じなんだ」とキョロキョロ見回す。
「まあ、普通でしょ。座ってよ」と椅子出すと、「うん、ありがとう」と彩愛が座る。
机に教科書とノート広げて、「どこからやる?」と聞くと、「数学が苦手だから、そこから」と言う。
ちなみに彼女の苦手というのは、あまりあてにならない。
5教科の中では苦手な方というだけで、数学に自信がある俺よりはるかにできるのだ。
そうして、無言で勉強を始める。
数学の関数問題を開いて、彩愛と解き方見直す。「このグラフ、どうやって書くんだろう?」と彩愛が鉛筆止めて聞いてくる。
「多分、まず頂点求めて…こうだよ」とノートに書き出す。
「あ、そうか。分かりやすいね」と彩愛が笑う。
逆に英語の長文読解で俺が詰まると、「ここ、主語がこれだから…」と彩愛が丁寧に教えてくれる。
頭いいだけあって、説明が的確だ。
「彩愛、すごいな」と言うと、「そんなことないよ」と笑う。
夏の暑さの中、扇風機の風がノートを揺らす。
◇
少し経って、彩愛が部屋を見渡す。
本棚のサッカー漫画を見て「九条くん、サッカー好きなんだ」と言う。
「うん、サッカーは好き。と言っても漫画で見るのだけね?実際にはできない。運動音痴だし」と返すと、「それは私も一緒」と笑う。
視線が壁の写真に移って、「これ…」と少し止まる。
美緒との写真だ。
幼稚園の頃、2人で公園で撮ったやつ。
「幼馴染だからね」と言うと、「うん、そっか」と小さく頷く。
でも、彩愛の目が少し曇った気がする。
モヤモヤしてる?気にしすぎか。
俺は「トイレ行ってくる」と席立った。
戻ると、彩愛が本棚の前で何か手に持ってる。
慌てて近づくと、「あ、ごめん!ちょっとどんな漫画あるのかなって見てて…」と顔赤くして何かを彩愛がカバンに隠す。
気まずい空気の中、「勉強戻ろうか」と言うと、「うん、そうだね」と彩愛が頷く。
夕方まで勉強して、「今日はここまでかな」と言うと、「うん、ありがとう。助かったよ」と彩愛が笑う。
母さんが「おやつ持ってきたよ」とお茶とクッキー持ってくる。
「母さん、ありがとう」と言うと、「可愛い子と勉強なんて、悠翔も頑張るね」とニヤニヤ。
「うっさい」と返答。
彩愛が「美味しいです」とクッキー食べて、母さんがいなくなると「お母さん優しいね」と言う。
そのまま、勉強を終えて彩愛を見送る時、美咲が「また来てね!」と手を振る。
彩愛が「うん、またね」と笑って帰る。
◇
彩愛の家。
彩愛がカバン開けて、持ち帰った漫画に気づく。
慌てて机に置いて、「どうしよう…」と呟く。
タイトルは『エ◯チな義妹ちゃんが毎晩夜這いしてくる件について』。
こういうことには疎いけど…もし、付き合うならこういうこともしないとだもんね…。
好奇心でページ開くと、エッチなシーンに目が点。
「こんなの…知らない//」と顔が熱くなる。
すぐに漫画閉じて、ベッドに寝転がる。
「九条くん、こういうの読むんだ…//」と呟いて、ふと考える。
じゃあ、私が恋人になったら…なんて想像して、「む、無理!!//けど…が、頑張らないと…だよね…//好かれたいし…」と顔を真っ赤に。
そのまま、枕に顔埋めて、「お、おほっ…オホ…」と練習するもすぐに自己嫌悪。
夏の夜、彩愛の心が少し揺れる。
◇
次の日、学校で彩愛と会う。
昼休み、廊下で「昨日、楽しかったね」と言うと、「うん、九条くんの家落ち着くよ」と笑う。
でも、どこか様子が変だ。
「何かあった?」と聞くと、「ううん、大丈夫」と誤魔化す。
テスト前で疲れてるのかな。
教室に戻ると、美緒が窓際で友達と話してる。
ガラケー片手に、「この着うた、めっちゃいいよね」と楽しそうに話すと、周りの女子が「美緒、センスいい!」と頷く。
男子もちらちら見て、「やっぱ可愛いよな」と小声で囁き合う。
誰かが「月見さんってさ、彼氏いるんかな?」「居ないらしいよ。まだ一回も彼氏作ったことないとか」と別の男子が食いつく。
「マジ!?あの可愛さで!?」「恋愛に興味ないんだろ」
俺は机でノート広げて聞いてるだけ。
美緒の明るい声と周りの視線、昔から変わらない人気っぷりだ。
テスト前でも彼女の周りは賑やかで、自然と人が集まる。
改めて自覚する。
やっぱり、彼女とは合わないということを。
そして、テスト前最終日、教室でみんながノート見直してる。
美緒が遠くからこっち見て、ため息ついてる。
テスト終わったら、夏休みだ。彩愛との約束、海とカフェ巡り。
楽しみだけど、美緒の視線が頭から離れない。