第4話 新しい距離と揺れる視線
目が覚めた時、春の陽射しが眩しかった。
2010年4月、高校1年の教室だ。
机に突っ伏してた俺、顔上げると、目の前に美緒がいる。
「悠翔、おはよ!寝すぎだよー」って笑う。
柔らかい声、変わらない笑顔。
頭が混乱する。30年分の記憶が胸を締め付ける。
あの「気持ち悪い」って言葉と、事故の衝撃、全部鮮明だ。
やり直せるならってずっと思っていた。
けど、今はもうそんな気持ちもない。
美緒の笑顔見ると、あの結末が頭をよぎるから。
なるべく、美緒とは関わらないようにしている。
朝、教室で「おはよ!」って声かけられても、「おはよう」って短く返して席に着く。
休み時間、美緒がガラケー弄りながら友達と笑ってても、俺は窓際で教科書を開く。
昔みたいに一緒に帰ったり、雑談したりもしない。
美緒が「悠翔、最近冷たくない?」と、首傾げてくる。
「忙しいだけ」って誤魔化すけど、心の中じゃあの未来の痛みが疼いていた。
教室の空気はまさに2010年の春っぽい雰囲気だった。
みんなガラケーでメールを打ったり、AKB48の「ポニー◯ールとシュシュ」の着うた流していたり。
美緒も「この曲、好きなんだよねー。あと乃木坂の…あっ、何でもない!」って友達と盛り上がってる。
俺はイヤホンで別の曲を聴いて、その輪には入らない。
放課後、部活の勧誘で野球部や吹奏楽部の先輩がうるさい中、美緒が「悠翔、部活入る?」と、聞いてくる。
「まだ決めてない。多分入らない」
そう答えて、早足で教室出た。
そんな態度を取ってから1ヶ月経って、美緒の態度も少し変わってくる。
「ねえ、最近全然話してくれないじゃん!」って教室の隅で絡んでくる。
少し拗ねた声で、構ってちゃんっぽく。
「勉強とか、色々忙しいから」ってまた逃げるけど、美緒が「昔はもっと一緒にいたのにさぁ」って言う。
俺だって本当はずっと一緒にいたかった。
離れて行ったのはそっちだろという言葉が漏れそうになる。
帰り道、校門で「一緒に帰ろうよ!」って誘われても、「寄るところがある」と断る。
美緒が「ふーん?どこ?」って聞かれても「教えない」と、濁した。
すると、「そっか」と、少し寂しそうな声を出す。
少しだけ心が痛むが、どうせ1年もすればあいつと結ばれるんだ。
俺のことなんかさっぱり忘れて。
◇
そんなある日、下駄箱に白い封筒が入ってる。
折り目が綺麗で、裏に何も書いてない。
開けると、細い字で『放課後、図書室で待ってます』と書いていた。
差出人の名前はないし、心当たりもない。
誰かのイタズラか?
でも、14年前にこんなことをされた記憶は全くない。
美緒と距離をとったことで未来が変わったのか。
期待はしていないが、早く他に好きな人を見つけたくて、放課後、図書室に向かった。
扉を開けると、静かな空気が広がって、本棚の奥、窓際の席に女の子が座ってる。
星乃 彩愛
学校一可愛いって噂されてる同じ高校1年の女の子だ。
図書委員で、入学試験トップの頭脳を持つ。
しかし、彼女と同じクラスになるのは2、3年のことで1年は別々のクラスた。
ましてやまだ入学して1ヶ月ほどしか経過していないため、接点は本当に0だった。
髪は水色で長くて、肩に落ちるたび光が反射する。
縁のないメガネをしており、読書家で姿勢が良く、上品さが伝わる。
普段笑わないって聞いてたけど、俺が入ると小さく頷く。
「九条くん、来てくれるなんて意外。てっきり無視されるかと思ってた」って静かで上品な声でそう言った。
「手紙は…星乃さんが?」って聞くと、「うん。そうだよ。ちょっと話したいことがあって」と、本を閉じる。
窓から差し込む夕陽が彼女の横顔を照らして、落ち着いた雰囲気が漂ってる。
思わず「俺、何かした?」って聞くと、「違うよ。ただ…教室を通り過ぎるとき、いつも本を読んでたから、何を読んでるのか気になって」と、言う。
美緒と距離を取るためだけに読んでいた本。
まさかあの姿を見ている人がいるなんて。
「私はこの図書室好き。ここはすごく落ち着くんだ。きっと九条くんならわかってくれるって思って。だから、図書委員入らない?」と、星乃さんが窓の外を見ながらそういった。
その表情は穏やかで綺麗だ。
美緒の明るさとは違う、静かな魅力がある。
こうして話しているだけで、頭の回転が速いのが分かる。
「ちなみに私は歴史小説好きでね。この前読んだやつ、戦国時代の話なんだけど…」と、語り出す。
「…図書委員…。考えてみる。それと俺はSF派だけど、歴史も悪くないよね」と、返す。
すると、星乃さんは「へえ、SFなんだ。意外」って小さく笑う。
普段は無表情だったはずなのにその笑顔は自然で、胸が軽くなった気がして、居心地が良い空間だった。
◇
それから、図書委員になった俺は放課後に図書室で星乃さんと話すのが日課になった。
最初は本の話。
「この作家、文章が綺麗でね。おすすめなの」と本を貸してくれた。
その代わりに俺も一冊貸して、読んで返すたび感想を言い合う。
ある日、ガラケーで着うたを流れると「私、クラシックしか聴かないけど、これいいね」と、笑ってくれる。
J-POPには興味がないらしいが、俺の選んだ曲は積極的に聴いてくれた。
別の日は、授業の愚痴。
「数学の先生、説明下手すぎない?」って俺が言うと、「確かに。あの公式、私ならこう教える」ってノートに書き出す。
頭いいだけあって、ものすごく教え方が分かりやすい。
「すごいわかりやすい」
「そう?それはよかった」
美緒のことを忘れられる時間が増えた。
ある夕方、図書室で彩愛が「九条くんって、意外と面白いね」って笑う。
普段見せない表情が俺の前では増えてきて、なんか嬉しかった。
美緒の明るい笑顔とは違う、静かで深い繋がりを感じる。
でも、美緒の存在は消えない。
というか、結局高校も3年間同じクラスだったし、忘れることはできないだろう。
そして、彼女と話すようになってから1ヶ月ほどが過ぎた6月のある日。
教室で「悠翔、最近何してるの?放課後いつもいないじゃん」と、美緒が絡んでくる。
「図書委員になったから、図書室で色々とやってる」って返すけど、美緒が「ふーん、怪しいなー」って目を細める。
最近、距離をとっていることに勘づいて、前にも増して構ってちゃんアピールが強くなって来ていた。
その日も、「一緒に帰ろうよ!久しぶりにさ!」って誘われるが、「委員の仕事があるから」って断ると、「またそれ?何で急に図書委員なんか…」と、笑われた。
声に少し苛立ちが混じる。
俺はそれを無視して、背中を向けて歩き出す。
◇
放課後、図書室に行くと彩愛が本棚整理してて、「遅かったね」と笑う。
「貸してくれてた本、面白かったよ」と、彼女に本を返すと、「続きあるけど読む?」と聞かれた。
「あ、読みたい」
「うん、明日持ってくるね」
そんな会話をしながら本の感想を言い合っていると、ドアの方から視線感じる。
美緒がこっち見ていた。
彩愛と俺が並んでるの見て、目が合った瞬間、彼女の顔が曇る。
唇噛んでるみたいで、手に持ったカバンが少し震えてる。
そのまま踵返すと、足音が廊下に響く。
なんだよ、あの表情。
仲が良い幼馴染が取られて不満ってか。
自分だってそうするくせにと、心の中でつぶやいた。
すると、星乃さんが「どうしたの?」って首傾げる声で我に返る。
「いや、何でもない」と、笑うけど心の中は複雑だ。
美緒の嫉妬、あの未来じゃ見られなかったものだ。
あの15年と違う何かが、確かに動き始めてる。