第3話 崩れる幸せと届かない想い
2025年10月下旬。
仕事終わりにアパート帰って、冷蔵庫から缶ビール取り出す。
薄暗い部屋でソファに沈み込んで、スマホ開く。
SNSのタイムライン流してると、美緒の投稿が目に入る。
「家族で箱根行ってきた!紅葉が綺麗だったよー」と書かれてて、写真が何枚か並んでる。
1枚目は美緒とあいつが温泉街で笑ってる写真。
美緒の髪が肩まで伸びてて、ニットのセーター着てる。
あいつはスーツじゃなくてカジュアルなジャケット姿で、相変わらず自然に流れる黒髪が映える。
2人が並んでる姿、絵になるくらいお似合いだ。
次の写真は、最近生まれた娘の写真だ。
名前は陽菜って言うらしい。
美緒が『陽菜、可愛いー』というコメント添える。
最後は家族3人で家の中で楽しそうに笑っている写真。
美緒が陽菜を抱いてて、あいつがその肩に手を置いてる。
幸せそうな笑顔が眩しすぎる。
スクロール止めて、写真を見つめる。
胸の奥が締め付けられて、ビール一口飲む。
冷たい液体が喉通っても、心の熱は消えない。
美緒の投稿、毎回こうだ。
去年は沖縄旅行の写真で、サンゴ礁の海バックにあいつが美緒を肩車してた。
陽菜が生まれた時は、病院のベッドで美緒が赤ちゃん抱いてる写真に『新しい家族が増えたよ』ってキャプション。
いいねが2000超えてて、コメント欄は『美緒ちゃんおめでとう!』『奏斗くんイクメンだね!』で溢れてた。
俺は毎回、画面越しにそれを眺めてるだけ。
いいねを押す勇気すらもない。
美緒の幸せ、好きになってからの15年が頭よぎる。
あの笑顔、昔は俺にも向いてた。
でも、今はあいつだけに向けられている。
俺には何もない。
彼女もできないまま、30歳になり、部屋の壁に掛けられた古いカレンダーは去年の10月のまま。
窓の外、遠くの街灯がぼんやり光ってて、寂しさが染み込んでくる。
別の日、SNS開くとまた美緒の投稿。
『陽菜のハロウィン仮装!可愛すぎて悶絶!』
陽菜がカボチャのコスチューム着て、あいつが隣でピースしてる写真。
『奏斗が仕事忙しい中、仮装作ってくれたんだよー』
あいつ、昇進したばっかで忙しいはずなのに、そんな時間まで作るのか。
俺ならそんな器用さもないし、そもそも彼女どころか友達すらいないから、思いつきすらしない発想だ。
スマホ握る手が強張って、画面を暗くする。
でも、あんな風に家族を支える姿を見たら俺じゃ勝ち目ないことは分かる。
ビール空にして、缶を机に置く。
音が部屋に響いて、心がさらに沈む。
◇
11月のある日。
仕事帰り、駅前の雑踏抜けてコンビニ寄ろうと歩いてると、ふと見慣れた背中が目に入る。
あいつだ。
スーツ着ててもあの自信たっぷりの歩き方は間違えようがない。
でも、隣にいるのは美緒じゃない。
知らない女だ。
20代半ばくらい、派手な赤いコート着てて、あいつと手繋いでる。
信号待ちの交差点で2人が立ち止まる。
女があいつの腕に絡みついて何か囁くと、笑う。
そのまま駅裏のラブホ街へ曲がってく。
思わずスマホ取り出して、シャッター切る。
ブレた写真に映る2人の姿、頭が真っ白になる。
そのまま連写して、横顔まで捉えた。
あいつが浮気してるなんて、信じたくない。
でも、目の前で起きてることは現実だ。
指が震えて、スマホ落としそうになる。
家に帰って、缶コーヒーを開ける。
机には美緒の結婚式の招待状、まだ捨てられずに置いてある。
あいつと美緒が結婚した時のあの幸せそうな美緒の顔は今でも焼き付いてる。
それがこんな形で裏切られてるなんて。
でも、どこかで納得してる自分もいる。
あいつならやりかねないって、心の奥で分かってた。
いや、やってくれと願っていたのかもしれない。
◇
数日後、美緒からLINE来る。
『久しぶりに家来ない?奏斗が出張でいないからさ』
土曜の昼、送られてきたマンションを訪ねる。
インターホン押すと、美緒の声が「はーい」って響く。
玄関開けると、ミルクの匂いと柔らかい光が広がってる。
リビングにベビーベッドあって、陽菜がスヤスヤ寝てる。
美緒が「静かにね、ようやく寝たばっかだから」と、笑う。
エプロン姿で、テーブルに手作りのクッキー並べている。
ソファに座って、コーヒー飲みながら話す。
「奏斗さ、最近忙しくて。ほら、昇進決まったから!やっと落ち着けるかな」って美緒が言う。
幸せそうな声、昔と変わらない。
でも、俺の頭の中じゃあの光景がちらつく。
黙ってクッキー手に取り、食べるが味がしない。
美緒が「悠翔ってさ、昔から変わらないよね。こうやって一緒にいると安心する」と言った。
その言葉は心に響いた。
我慢できなくなって、口開く。
「美緒、ちょっと話したいことある」
「何?」って首傾げる。
スマホ取り出して、あの写真見せる。
「これ、奏斗だよね。駅裏で撮った。女と一緒にいた」
美緒の顔が一瞬固まる。
「…は?何?冗談でしょ?…悠翔、なんでそんな嘘つくの?」って、声が尖る。
何故か俺が責められる。
「嘘じゃない。見てよ」ってスマホ差し出す。
その写真を見ると、手が震えながら画面触って、写真を拡大する。
赤いコートの女とあいつの姿がはっきり映ってる。
「うそ…そんなわけ…」って呟いて、美緒が目を逸らす。
でも、次の瞬間、涙が溢れてくる。
「何で?何で奏斗が?私、信じられない!」って声は震えて、ソファに崩れる。
「まだ、陽菜だって生まれたばかりなのに…!」
俺は慌てて「落ち着いて、大丈夫だよ」と、肩に手置く。
泣きじゃくる美緒見てると、抑えてた気持ちが溢れ出してしまう。
「美緒、俺…ずっと美緒が好きだった。30年間ずっとそばで見てきた。あいつの裏切りなんか許せない。陽菜も俺が守るから…だから」って言葉が止まらない。
美緒が顔上げて、涙でぐしゃぐしゃの目でこっち見る。
「だから、俺と一緒に…!」
驚いた表情のまま、肩に置いた手を弾いて、ぽつり呟く。
「気持ち悪い」
その一言が頭に突き刺さる。
息が止まって、目の前が暗くなる。
「ごめん…俺、変なこと言った」って立ち上がるけど、足が震える。
美緒が「待って…」って何か言いかけるけど、聞く余裕なんかなかった。
玄関を飛び出して、エレベーター待たずに階段を駆け下りる。
外に出ると、冷たい風が顔に当たる。
涙が溢れてきて、止まらない。
◇
走る。昼の街、周りの目なんか気にせず、泣きながら叫ぶ。
「何でだよ!何で俺じゃダメなんだよ!」って声が喉から絞り出される。
そして、信号のある交差点、足は止まらずに突っ込む。
多分、信号は赤だった気がする。
けど、もうそんなのどうでもよくて、横からクラクション鳴る。
「危ない!」って叫び声が後ろから遠く響く。
次の瞬間、衝撃と暗闇。
覚えてるのはそこまでだ。
◇
目が覚めると、春の陽射しが眩しい。
それは…高校の教室だった。
机に突っ伏してた俺は顔上げると、目の前に美緒がいる。
「悠翔、おはよ!寝すぎだよー」って笑う。
あの柔らかい声、変わらない笑顔。
頭が混乱して、言葉出ない。
でも、心の奥で何か燃え始める。
あの15年、やり直せるなら、今度は…。
今度はもう美緒とは関わらないと決めた。