第1話 片思い
教室の窓際でノートに意味のない線引いてると、隣から月見 美緒の笑い声が響いてくる。
中3の6月、修学旅行の計画で女子たちが騒いでる。
「京都の夜ってロマンチックだよね!星も綺麗そうだし!」って美緒が言うと、クラスの女子が「さすが美緒、夢見がち!」ってからかう。
栗色のショートカットが揺れて、毛先が少し跳ねてる。
笑うと三日月みたいな形の目がこっちを向いて、「ねえ、悠翔も何か提案してよ!」って俺に声かける。
窓から差し込む陽射しが美緒の顔照らして、白いセーターの袖口が少し伸びてるのが目に入る。
喉が詰まって、「あ、うん…京都のほうがいいかも」と合わせるように呟く。
声が小さすぎて自分でも情けない。
でも、美緒は「だよね!」って笑ってくれる瞬間、胸が締め付けられる。
しかし、すぐ別の男子が「奈良の方が面白いって!鹿とかいるし!」って被せてきて、美緒の視線はあっちへ。
笑い声が教室に広がって、俺はまたノートに目を落とす。
指先で鉛筆握り潰しそうになるくらい力が入る。
いつもこうだ。
美緒は誰にでも優しくて、幼馴染の俺なんか特別じゃない。
クラスの人気者で、笑顔が星みたいに眩しい。
俺みたいな地味な奴がそばにいるだけで奇跡なのに、それ以上望むなんておこがましいって頭じゃ分かってる。
でも、心が言うこと聞かない。
あの笑顔見てるだけで、息苦しくなるほど好きだって気づいてしまう。
放課後、校門を出て並んで歩く。
「悠翔ってさ、小さい頃からなんだかんだずっとそばにいるよね。なんか安心する」って笑う。
星型の髪飾りが揺れて、栗色の髪が風に舞う。
「うん、まあ…ね」としか返せない。
言葉詰まって、心臓がバクバクしてる。
小学生の時、夜の公園で星見上げてた美緒のこと思い出す。
「将来、星に名前つけたいな」って言っていたあの日、「じゃあ俺も手伝うよ」と約束した。
空に浮かぶ星を眺めながら、隣で笑う美緒が眩しくて、ずっとそばにいたいって思った。
でも、あの約束なんてもう覚えてるわけないよな。
家に着く前、美緒が「また明日ね!」って手を振る。
俺はただ頷いた。
部屋に戻って布団被ると、暗闇の中で「もっと勇気があればって」と、考える。
鏡に映る眼鏡かけた冴えない顔見て、「俺じゃ無理だよな」なんて諦めたように呟いた。
胸の奥が締め付けられて、眠れないまま朝を迎える。
◇
体育の時間、グラウンドで授業の準備してると、美緒が走ってくる。
汗で白いシャツが少し濡れてて、陽射しに光る。
「悠翔、手伝ってくれてありがと!やっぱ頼りになるね」と、肩叩いてくる。
笑顔が近すぎて、目を逸らすしかできない。
友達として幼馴染として信頼されてるのは分かる。
でも、それ以上近づけない。
美緒が他の女子と笑いながら離れていく背中を見てるだけで、足が地面に根付いたみたいに動かない。
あと一歩が遠く感じた。
その日の夜、家で姉の瑠璃に「美緒のこと、どう思う?」と、聞いてみた。
テレビの音が部屋に響いてて、彩葉はカップ麺啜りながら冷たく返す。
「急に何?まぁ、天然で優しすぎるから勘違いする男は多いだろうなーとは思うよ。お前も気をつけな」
幼馴染だからと勘違いしないようにと、忠告された。
小さい頃、風邪を引いて寝込んでた時、美緒が星の折り紙持ってきて「これで元気になってね」と、置いていったこと、瑠璃も知ってるはずだ。
玄関先に置かれた黄色い折り紙、ベッドで握り潰すくらい嬉しかった。
あの時、初めて「好き」って気持ちが胸に芽生えたんだ。
けど、それを込みにして、加味して、幼馴染という要素を付け足したとしても俺では釣り合わないと、突きつけられたのだ。
◇
次の日、校舎裏で美緒がクラスの男子に告白されてるの、見てしまった。
「ごめんね、私まだそういうの考えられない」って断る声。
相手はイケメンなクラスメイトだった。
そのことは今でも覚えている。
そばにいた男子が「まあ、正直、美緒なら本気出せば誰でもすぐ彼氏できるよな。可愛いし、頭いいし、優しいし。高校行ったら豹変するかもな」って笑う。
そんな尻軽な発言を否定したくて口開くけど、声出ない。
指先が震えて、下向くしかない。
俺なんかが美緒の隣に並んだら、みんな笑うだろ。
自分に価値なんてないって、心が分かってる。
分かってるんだ。
◇
中3の冬、教室で暖房の効いた空気吸いながら、窓の外見つめる。
頭の中で色んな言葉ぐるぐる回って、受験勉強してても美緒の笑顔がちらつく。
卒業式に告白なんて考えて、でも怖くて…。
ノートに書いた数式が滲んで見えなくなって、鉛筆置く。
そして迎えた卒業式の日、体育館並んでると、美緒が隣に来る。
「悠翔、卒業おめでとう!」
勇気振り絞って「高校でもよろしくな」と、返した。
美緒が「うん!ずっと友達だよ」とそう言った。
あの「友達」って言葉、胸に突き刺さる。
校門出て、友達のところに駆け寄る美緒を見送る。
夏祭りの夜、浴衣着た美緒が「悠翔と花火見れて嬉しいな」と、言われたことを思い出した。
花火の光が空に広がって、隣で笑う美緒の手、繋ぎたかった。
でも、指先が震えて、やっぱりできなかった。
あの時、告白できてればって頭よぎるけど、踏み出す勇気なんかなかった。
そして今も、背中を見つめることしかできずにいた。
美緒の背中が遠ざかるのを見ながら思う。
このままじゃ、ずっとこの距離のままなんだ。
わかっていても何もできないんだ。
家に帰って、部屋の電気消す。
机の上に置いた卒業アルバム。
開く気にもなれなくて、ただ天井見つめる。
胸の奥が締め付けられて、涙が溢れてくる。
◇2025年 2月
アパートの薄暗い部屋で数年ぶりに中学の卒業アルバム開く。
蛍光灯がチカチカしてて、壁のシミが目に入る。
美緒の写真に指這わせて、「あの時、言えてれば」なんて。
机には彼女の結婚式の招待状。
封筒の角が少し折れてて、使い古した眼鏡が隣に置いてある。
窓の外、雨が降っている。
カーテンの隙間から街灯の光が差し込んで、床に影を作る。
目から涙が溢れてきて、アルバム閉じた。
あの笑顔が遠すぎて、手が届かない。
15年前の俺、何もできなかった。
美緒の幸せ、隣で見てるだけでいいって自分に言い聞かせてきたけど、心が壊れそうになる。
雨音が耳に響いて、頭の中ぐちゃぐちゃになった。