【八話】
早朝。まだ薄暗い森の中、私は魔力で作った小さな光球を手のひらに浮かべ、足元を照らしながら歩いていた。今日は新しいスパイスを求めて、少し遠くまで足を伸ばしている。いつもより静かなこの森、しんとした空気が肺に染み渡り、頭が冴える感じがする。
「さあ、どんな素材が見つかるかしら。」
村へ行く準備は徐々に整いつつある。コルベたちには何度もパンを届けて、好印象を植え付けることはできた。あとは何か特別な“秘密兵器”と言えるようなレシピが欲しい。村の人々を一発で魅了する、そんな味を用意できたら強いだろう。そこで思い立ったのが、パンだけでなくスープやソースっぽいものにも手を出してみることだった。
森を進むうちに、木々が少しずつ姿を変えてくる。太い幹の木が少なくなり、背の低い灌木や、つる草が絡まるエリアに入り込んだらしい。鼻をクンクンと鳴らし、甘い香りや刺激的な匂いを探すと、ほんのりスモーキーな香りが漂う一角があった。
木の根元に近づいてみると、黒い小さな塊が転がっている。触ってみると乾燥したキノコのような手触りだ。割ると、中から独特の香りが立ち上る。スモーキーで、わずかに甘みと苦みが混じったような複雑な匂い。これはスープやソースのベースにできそうな気がする。煮出せばコクが出るんじゃないだろうか。
「これ、スープベース決定!」
さっそく数個拾い上げ、バッグに収める。帰ったら実験だ。キノコ風味の出汁っぽいものが作れれば、パンとの相性も良くなるかもしれない。パンをちぎってスープに浸すとか、パングラタン的なものもできるかも。考えるだけでワクワクする。
上機嫌で森を引き返す途中、ちょっとした気配を感じた。ざわり、と茂みが揺れ、細長い何かが横切る。動物か? この世界では動物にもまだよく遭遇していない。そっと近づいてみると、そこには青い模様のリスらしき生き物が。以前も見かけたが、今日は私に興味を示しているように見える。
「おはよう、リスさん。」
声をかけても返事はないが、リスは首を傾げてこちらを見る。試しに魔力をほんの少しだけリスへ向けて、警戒を解いてやると、ひょこっと近づいてきた。バッグの中から小さなパンくずを取り出して、そっと差し出す。すると、リスは警戒しつつも前足でちょんちょんと触り、パクッと口に入れた。
「かわいい! 気に入った?」
リスはしばらく口をもぐもぐさせ、満足げに鳴いてから森の奥へ消えていった。動物もパンが好きなら、もし村に行った時、動物好きの人に話せるネタになるかもしれない。森で不思議なパンを食べるリスがいるって聞いたら、子供たちが喜びそう。そんな小さな交流が、私をこの世界に馴染ませていく。
小屋に戻る頃には、すっかり朝日が昇って森を黄金色に照らしていた。さっそくキノコらしき塊を水につけ、魔力で加熱してみる。ぐつぐつ煮込むと、深い琥珀色の出汁が出てきた。スプーン代わりに魔力で形を作り、すくって舐めると、苦みと甘みが溶け合い、後味に独特の旨みがある。ちょっとクセが強いが、スパイスやハーブを足せばバランスが取れるかも。
さっそくハーブと少量の果汁、そして豆乳的液体を加えてみる。混ざり合った液体は濃厚な出汁系スープになった。パンをちぎって浸してみると、パンがコクを吸って、格段に深い味わいになる。これ、すごいじゃない!
「やった! これは村でも絶対ウケるはず。」
自信満々でパンとスープを楽しむうちに、ふと思いつく。コルベやエイダに、今度はこのスープを試してもらおう。そして、近いうちに村へ行く計画を相談してみようか。私一人で行くより、エイダたちに先導してもらえば、怪しまれずに済むだろう。パンとスープセットで村の人々を唸らせれば、もう立派な“森のパン屋”として受け入れてくれるに違いない。
午後になり、試作が安定したところで、またあの家へ足を向ける。かごには新たなパンと小瓶に詰めた出汁スープを入れた。川を渡り、草原を抜けて家の前で声をかけると、エイダが出てきた。
「ミーシャ、またパン? 昨日もすごかったけど、今日は何?」
「ふふん、今日は新メニューよ。パンをスープにつけて食べてみて!」
エイダが目を輝かせてテーブルを用意し、コルベも呼ぶ。二人の前でパンをちぎり、スープを注いだ椀に浸して渡す。エイダが口に入れた瞬間、その目がさらに丸くなった。
「なにこれ!? 深みがあって、パンとの相性が抜群! こんな食べ方、初めてよ!」
コルベも感心して頷く。「スープか。確かに、これなら暑くても食欲をそそるな。腹に優しいし、体が元気になる気がする。」
大成功だ。エイダは「村の人がこれを知ったら驚くわね!」と大興奮。今がチャンスだ。
「ところで、エイダ、コルベ。そろそろ私、村に行ってみたいんだけど…一緒に行く日を作ってくれないかな? 最初から一人で行くと怪しまれそうで。」
二人は顔を見合わせ、困ったような笑みを浮かべる。エイダがため息をつく。「そうね、私たちが紹介すれば、よそ者扱いがマシになるかもしれないわ。でも、村の人は頑固な人もいるから、どうしたらいいか…」
コルベが腕組みして考える。「次の週末、村の広場で小さな集まりがある。そこで簡単な交易が行われるから、その機会に行ってみるか。俺たちと一緒に行けば『この人は俺たちの知り合いだ』って言えるし、パンとスープを振る舞えば、印象も良くなるだろう。」
おお、週末のイベント。それは渡りに船だ。
「ありがたい! じゃあ、その日までにもっとパンとスープの腕を磨いておくわ。あと、お礼に何か欲しいものがあれば言ってね。森には不思議なものが多いから、材料なら大体何とかなるかもしれない。」
エイダが恐縮したように笑う。「そんな、こちらこそ助けられてるわ。おいしいパンとスープが食べられるんだもの。村で君のことを紹介するくらい、お安い御用よ。」
コルベも頷く。「それに、あんたが作る食い物は間違いなく価値がある。俺たちも村でちょっと偉そうにできるかもしれないな。」
なんだかWin-Winの関係になりつつある。私の魔力と発想で作る食べ物が、彼らの立場を強化してくれるなら、村での待遇も良くなるだろう。異世界での人間関係って、こんなに簡単に築けるものなのか。
夕暮れ、私は小屋へ帰りながら胸を弾ませる。週末には村へ行くチャンスが来る。あの世界では火あぶりにされた私が、この世界ではパン職人兼スープ創作者として歓迎されるなんて、人生わからないものだ。
「よし、あと数日で最高のメニューを完成させよう。それまでにスパイスパン、ハーブパン、そしてこのスープの改良版も用意しちゃうか!」
鼻歌交じりに、森の道をたどる。光球が柔らかく揺れて、木々がささやく。前の世界では絶望しか見えなかった未来が、今はキラキラと輝いている。魔女としての力は、ここでこそ意味を持つ。私は笑いながら小屋に戻り、さらなる研究に明け暮れるつもりだ。
(第8話 了)
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