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【七話】

翌朝、まだ陽が昇りきらぬ柔らかな光の中、私は庭に立っていた。畑は順調に育ち、今日も新たな穀物の穂が風に揺られている。魔力のおかげで、ここはまるで私専用の農場だ。昨日のハーブ入りチーズパンは好評だったし、そろそろ別のアプローチもしてみたい。


「よーし、今日はもっと風味豊かなパンに挑戦するか。」


エイダたちが驚くような味を目指したい。もっと香り高いスパイスがあればいいな。森の中を散策すれば、鼻をくすぐる香草や、ピリッと刺激的な木の樹液など、面白い素材が見つかるかもしれない。


小屋から少し離れた林へ足を運ぶと、朝露が葉先から滴り落ち、下草がキラキラと輝いている。柔らかな土と湿った苔の匂いが心地よい。魔力で植物に呼びかけると、スパイスになりそうなものが揺れるような気がした。とりあえず、香りの強い赤い実を一房手に取る。甘いだけでなく、微かに辛味がありそうな刺激的な匂いだ。これを粉末にして生地に練り込めば、新感覚のパンができるかも。


小屋に戻り、早速実をすり潰してみる。鼻を近づけると、蜜のような甘さと唐辛子ほどではないがジワリと広がる温かいスパイス感がある。これを生地に混ぜ、軽く発酵させてみるか。そうすれば内部で風味がより深まるはず。


「微生物軍団、出番よ! …とか言いつつ、正体不明の発酵だけど、イメージ力と魔力でどうとでもなるわよね。」


ふんわり軽く発酵させ、生地がもちもちになったところで、魔法オーブン(要するに熱をコントロールする火球)で焼く。こんがりと色づくパンの表面を見ていると、もうよだれが出そうだ。


ひと口かじってみる。おお、じんわりと甘さとコクが広がった後、ほんのり舌先がピリッとする。このくらいの辛さなら刺激的で面白いかも。甘味と辛味が絶妙に絡み合い、異世界スパイスパンの完成だ。


「これ、またコルベたち驚くかな。」


そう思いながら、かごにパンを詰め込む。そろそろ彼らともう一歩先の話をしてもいい頃だ。村のことを詳しく教えてもらって、いつか訪ねるための道筋を聞くのもアリだろう。私は少し心躍らせながら、森へと踏み出した。


川を渡り、草原を抜ける。今日はエイダの姿が見えない。家の扉をノックしてみると、中から声が聞こえた。「はーい、どうぞ!」と返ってくる。お邪魔します、とドアを開けると、エイダとコルベがテーブルで何やら地図のようなものを見ている。


「あら、ミーシャ! 今日は早いわね。」

エイダが笑顔で迎えてくれる。コルベも軽く手を挙げる。「また新作パンか?」


私は得意げにかごを差し出す。「ふふふ、今度はちょっとピリ辛系よ。甘い風味の中に軽い刺激を忍ばせてみたの。」


エイダが興味津々にパンを手に取り、ちぎって口に入れる。すると目を丸くし、「すごい…なんだろう、初めて食べる味! ちょっとピリッとくるけど、すぐ甘さが追いかけてくるわ!」と感激している。コルベも一口食べて、「うむ、面白い味だな。こんなパン、一体どうやって思いつくんだ?」と首をかしげる。


「私、昔から自然を観察するのが好きでね。面白そうな実があれば試したくなる性格で、まあ、創作意欲があるってことかな。」

適当な返答をしながら、テーブルに目をやる。そこには手描きらしき粗末な地図がある。村周辺の地形が描かれているっぽい。


「あ、それ地図かな? 村まで半日って言ってたけど、こうして見ると本当に森や丘がたくさんあるのね。」

私が声をかけると、コルベが地図を指差す。「ああ、これは村までの略図だ。俺たちは定期的に村へ行って、道具や種を交換してくるんだ。丘の上の大きな木を目印にすると迷いづらい。」


なるほど、目印になる木があるのか。心の中でメモメモ。

「村ってどんなところなの? 人は多い? 市場みたいなものはある?」


エイダが答える。「そんなに大きくはないけど、広場があってそこに露店が出る日もあるわ。野菜や小麦を交換したり、肉を売る猟師もいるし、たまに薬師の婆さんが薬草や軟膏を売ってるわね。」

お、薬草師がいるとなると、いろいろと参考になるかも。私も薬草にはある程度知識があったけど、今は魔法で何とかしてしまうことが多いからな。


「面白そうね。いつか村にも行ってみたいなぁ。」

そうつぶやくと、コルベが少し戸惑った顔をする。「森から急に来たあんたを怪しむ奴もいるかもしれないぞ。村ではよそ者を警戒することが多いからな。」


ま、当然だ。私も昔、あの世界でよそ者扱いされて魔女狩りに遭った。だが、この世界では力がある。最悪の場合、逃げることもできるし、反撃もできる。それでもできれば穏便にすませたい。


「なるほど、警戒されるか。じゃあ、もう少しコルベたちと仲良くなってから、一緒に行くとかできる?」

エイダは微笑む。「うーん、そうね。数回顔を見せれば、私たちを介して紹介することもできるかもね。『森で不思議なパンを焼く人がいてさ…』って感じで話せば、興味をもつ人もいると思うの。」


おお、いい感じだ。パンが外交ツールになっている。美味しいものは人の心を和ませるからな。これは使える手だ。


コルベが地図を指でなぞる。「村に行くなら、この道順で進むんだ。途中に小さな川があって、そこで休憩するといい。あの大きな木の下では薬師婆さんがときどき寝てたりすることもある。変わった婆さんで、道案内してくれるかもしれないぞ。」


ふむ、薬師婆さん。興味深いキャラだ。私と同業(?)かもしれないし、もし魔法的な感覚を持っていたら、こちらの秘密を見抜かれるかも。でも、そこはそれ。上手く立ち回れば、情報交換くらいは可能だろう。私が作ったパンと交換で、特別な薬草や知識をもらえるかもしれない。


「なんだかワクワクしてきたわ。ありがとう、二人とも。」

パンを頬張りながら、未来の計画に胸を膨らませる。私にはこの世界での居場所があるし、力もある。食べ物を通して、人々と繋がる手段も手に入れた。次は一歩進んで、村へ足を伸ばしてみよう。


もちろん、すぐに行く必要はない。もう少しパンのバリエーションを増やして、エイダたちとの信頼関係を築いてからがいいだろう。せっかくなら、村に行くときは最高のパンを持って行って、みんなを驚かせたい。


家を出て、私は空を見上げる。澄んだ青い空に浮かぶ小さな雲。この世界は残酷な面を未だ見せていない。前の世界と違って、魔女狩りの炎に焼かれることもない。もしかしたら、この世界で完全に新しい人生を歩めるのかもしれない。


「また新しい素材探しに行こっと。今度はもっと強烈なスパイスでも見つけようかしら。」


鼻歌まじりに森へ戻り、未知なる実や花を探す。私の魔法と発想力があれば、パンは無限に進化するだろう。そしてそのパンが、人々との関係を深め、私の世界を広げてくれるに違いない。もう、怖いものは何もない。




(第7話 了)





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