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【六話】

朝陽が木立を揺らし、小屋の窓から差し込む柔らかな光が私を起こす。苔ベッドは相変わらず寝心地が良く、目覚めも最高。ゆっくり伸びをして、さあ今日も新たな一日が始まる。


昨日はチーズ風味のパンが大成功だった。思い返せば、もう森で暮らし始めてそこそこ日が経った気がする。魔法で何でもできるから、時間感覚が適当になっちゃうけど。そろそろコルベとエイダに再訪して、新作パンの品評会をしてもらおうかな。ついでに村の話ももっと聞き出したい。どんな人が暮らしているのか、交易はあるのか、もしかしたら市場で私のパンを売るなんて夢もあるかもしれない。


「よーし、今日もパンを仕込むか!」

そう意気込んで小屋を出る。庭には昨日生え始めた穀物がもう穂を垂れている。魔力恐るべし。収穫して製粉すれば、ふわふわ粉は無限大。パンだけでなく、麺類やお菓子にも応用できるぞ。わはは、私はこの世界でグルメ魔女になる運命なのかもしれない。


摘んだ穀物を魔法で挽いて粉にし、豆っぽい実から搾った即席チーズ風液体を混ぜ込む。今日はそこに、果物の甘みではなくハーブの香りを足してみることにした。エイダが淹れてくれたハーブティーの香りを思い出して、それっぽい草花を摘んで混ぜる。さすがに苦すぎるとアレなので、ほんの少し控えめに。魔力で味を微調整し、試しにちょっと舐めてみる。うん、後味にふんわりと爽やかな風味が残る。いいじゃないか!


今度は焼き加減を研究だ。火球の温度を魔力で細かくコントロールし、程よく蒸し焼きにするイメージ。ふっくらとしたパンが熱気とともにふわりと浮いて、内部までふんわりと火が通る。割ってみると、内部は小さな気泡が均一に並び、シルクのような食感が期待できそうだ。ひとかじりすると、優しい酸味とハーブの香りが絶妙なハーモニーを奏でている。


「うわー、これはもう職人の域だわ。」

思わず自画自賛。前の世界では考えもしなかった才能が開花している気がする。かつてはただの村娘として、薬草摘みくらいしかしていなかったのに、今や魔法と発想力で新食文化を創造しているんだから面白いもんだ。


さて、パンの準備は万端。かごに詰めて、今日は再び川を渡ろう。あの家にお邪魔する前に、もう少し村の辺りを探ってみるのもいいかもしれない。昨日のパンと比べ、どう変わったかを意見聞けば、さらに改良できるはずだ。


森を抜け、小川を飛び石で渡る。今日も風は穏やかで、空は青い。遠くに小屋が見える…あれ、畑を耕しているのはエイダかな? 昨日とは違う服装をしている。スカーフを巻いて日よけ対策をしているようだ。やっぱりここでもファッションは大事なんだろうなぁ。私も次は帽子っぽいものを作ってみようか。


家の近くまで来ると、エイダがこちらに気づき、軽く手を振った。昨日よりずっとフレンドリーな感じだ。これはありがたい。私も笑顔で手を振り返す。


「こんにちは、エイダ! またパン焼いてみたんだ。」

エイダはスコップを地面に立てかけ、そばに来る。「あら、本当にパンの人になっちゃったのね。昨日のパン、あれ本当に評判良かったのよ。父さんも久々にあんなおいしいもの食べたって喜んでた。」


おお、これは嬉しい報告。「そうなの? よかったぁ。今日はまた違う風味に挑戦してみたんだ。よかったら味見してくれない?」


エイダは少し緊張した面持ちでパンを受け取り、一口かじる。すると目を見開き、「ん…あれ?なんだろう、これ。昨日と違ってさっぱりしてる。ハーブの香りかしら、すごく上品な味がする。」と嬉しそうに微笑む。


「ふふふ、ちょっとアレンジしてみたのよ。お父さんいる? また一緒に味見してもらえると嬉しいんだけど。」

エイダは家を指差す。「中にいるわ。ちょうど休憩してるところだから、入って行って。」


お邪魔します、と声をかけて家に入ると、コルベがテーブルにつっぷしている。疲れたのか、それとも暑さに参っているのか。私がパンを手にニコニコしてると、彼はすぐ気づいて顔を上げた。


「あんた、また来たのか。昨日のパンは格別だったな!」

そう言うコルベの顔は、少しやつれて見える。私が首をかしげると、エイダが「最近、暑くて畑仕事がきついのよ」と小声で教えてくれた。なるほど、気候もあるか。じゃあ、食べ物で清涼感を出すことはできないかな。


「ねえコルベ、今日のパンは昨日より爽やかな感じになってるから、食欲ない時でも食べやすいと思うわ。」

パンを手渡すと、コルベは半信半疑でかじる。すぐに目を丸くし、「おお、さっぱりしてるな。口当たりが軽くて、これなら暑くても食える」と感心してくれた。


「暑さに参ってるなら、もっと冷たい飲み物や、爽やかなスープとかあればいいかもしれないね。」

私がそう言うと、エイダは首を傾げる。「スープはあまり作らないけど、冷やす手段も少ないし…どうすれば?」


ここで私の魔女力が生きるわけだが、魔法を人前で派手に使うのはまだ控えたい。何気なく、「森のあちこちには不思議な泉があって、そこの水は冷たいまま保てるらしいよ」なんて作り話を交え、「そういう水を汲んでくれば、冷たい飲み物も作れるかもね」と提案する。真偽は不明だが、とりあえずアイデアを投げる感じだ。


コルベは「そんな泉があるのか…」と半信半疑だが、エイダは「探してみてもいいかも」と前向き。いい感じに会話が弾んできたところで、私はさらなる一手を考える。


「私、今度は甘みを抑えた、もっと香ばしいパンに挑戦してみようと思うの。そしたら、素材を分け合ったり、いずれ村に出ていくこともできるかなぁって。興味ない?」

エイダは目を輝かせる。「それ面白そう! 村の人は質素なパンしか食べたことがないから、ミーシャのパンを知ったら驚くと思うわ。」


お、これは話が膨らんできた。この調子なら村で私のパンが噂になるのも時間の問題かも。噂になって魔女狩り…なんてことにはならないよね? ここまで話しても彼らは魔女とか言ってこないし、この世界では魔法使いは珍しいのかもしれないけど、私を魔女と断定する要素はないはず。だって何も見せていないから。


「あ、そういえば村はどっちの方にあるの?」

私がさらっと聞くと、コルベが丘を指差す。「ここから東へ丘を越えた先にある。半日も歩けば着くと思うが、森や草むらが多いから行くなら気をつけた方がいいぞ。」

半日か。遠いような近いような。でも魔法があるから、風を使って身体を軽くしたり、道を整えたりできる。気が向いたらすぐ行けそうだ。


今日はパンの新味を披露できたし、二人とも喜んでくれた。これで交流が深まり、次回はもう少し踏み込んだ話題もできそうだ。たとえば村の行事や、他の家族の話。友達が増えたら楽しくなるに違いない。


小屋に帰る帰り道、私は畑に立つエイダに手を振って別れを告げた。カゴは空っぽだが、心は満たされている。魔法で豊かな食生活を送り、他者と分かち合う喜びを知った。前の世界では火あぶりの悲劇があったが、今や笑顔で暮らせている。不思議な運命だ。


「次はどんなパンを作ろうか…」

鼻歌まじりに森を抜ければ、小屋が私を歓迎するように木々を揺らしている。穏やかな風、伸びゆく作物、魔法が生む恵み。ゆっくりと、着実に、この世界での居場所を築き始めている気がする。




(第6話 了)





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