【五話】
小屋へ戻る足取りは軽い。異世界の人々との初コンタクトが、こんなに上手くいくなんて思わなかった。パンを差し入れたら警戒を解いてくれて、ハーブティーまでご馳走になった。コルベとエイダ、なかなかいい人達じゃないの。むしろ私が一番怪しいのに、こんな無防備でいいのかな、とちょっと苦笑いしてしまう。
「あー、ただいま我が家!」
魔力でこしらえたドアを開けて小屋へ戻り、木製テーブルの前に腰を下ろす。驚くほど自然になじんだこの生活。昼下がりの陽光が差し込む小屋で、早速パンを焼くための材料を確認。今日コルベたちと交わした“パン教室”の約束がなんだか楽しみになってきた。
「よし、もう少しレシピを増やそうかな。今のパンは甘みがあるけど、チーズみたいな風味を足せたら更に面白いかも。乳製品はどうやって作ろう?」
問題は原材料だ。ミルクがあればいいが、この森で牛や山羊を見かけていない。かといって、いきなり家畜を飼うのは大変そうだ。ここは魔力で代用できるか試してみよう。とりあえず植物から白くてクリーミーな液体を抽出してみる。イメージは豆乳みたいなもので、魔力で適当な豆っぽい実から汁を搾り出すと、白濁した液体が得られた。
一口なめてみる。うん、ほんのり豆の風味があるけど、クセは強くない。これを魔力で発酵させてみよう。チーズのようなコクが出れば大成功だ。イメージは発酵菌を呼び出して、微生物たちに仕事をさせる感じ。もちろん目に見えないけれど、魔力でそれっぽい働きを強引に再現すれば何とかなる。
「いけ! 微生物軍団! チーズっぽい風味を生み出せ!」
勢いで叫んでみるが、誰からもツッコミはない。そりゃそうだ、一人暮らしだからね。でもこういう独り言を言ってると楽しいし、もう恥ずかしさなんて微塵もない。魔女ライフは自由でいいなぁ。
数分待つと、液体が少しとろみを増した気がする。味見すると、ふんわり発酵っぽい酸味が加わっている。お、これは使えそう! この即席チーズ風液体をパン生地に混ぜ込めば、チーズパンもどきができるかもしれない。形や食感も試行錯誤して、様々な種類のパンを生み出そう。そうすれば次回エイダに会う時、“パン職人ミーシャ”としてもう一歩成長した姿を見せられる。
「あれ、私いつのまにパン職人になったんだろう…」
思わず笑ってしまう。元いた世界じゃ火あぶりの魔女扱いだったのに、今は森でパン焼き職人。人生何があるかわからない。魔女狩りで殺されかけたのは確かに悲惨だけど、今こうして自由を謳歌できているのは、むしろ幸運だったのかもしれない。
そういえば、コルベが言ってた「村」も気になる。もう少しこの異世界の人々と交流を深めて情報を集めれば、もっと面白い生活が広がりそうだ。いつかは村へ足を運んでみるのもいいかもしれない。そこで市場や祭りなんかがあったら、私の魔力で創造した食べ物で大儲け…いやいや、そこまで考えるのは早いか。まずは地盤固め。人間関係は徐々にだ。
パン生地を捏ねながら、私は自分の計画を練る。まずは数日後、もう一度コルベたちのところへ行って、今回作るチーズ風味パンを振る舞ってみる。彼らが喜んだら、今度は別の食材も探してみよう。森の果物だけでなく、他の穀物、野菜っぽい植物、スパイスらしき物…試せるものは無限にある。
おっと、パンを焼きすぎると炭になっちゃう。魔力で熱を微調整し、程よい焼き加減で止める。取り出したパンは、表面は軽くパリッとして、中はふわっと香る酸味。割ってみると、薄いクリーム色で優しいチーズっぽい香りがたちのぼる。うわ、これは絶対美味しいやつ!
ぱくりと一口。うまい! 前の世界じゃ到底考えられなかったほど贅沢な味だ。素材は全て森と魔力由来だが、独創的なアレンジでこんなにバリエーションが生まれるなんて。なんかもう、どんどんやりたいことが増える。パンの次はパスタ、スープ、スイーツ…あれこれ夢が広がって困っちゃうな。
「うーん、食べ過ぎちゃう。太ったらどうしよう。」
魔法でダイエットとかできるのか? 微生物で発酵ができるなら、カロリーコントロールなんてお手の物…になるのかな。ま、この世界では体型気にする人もいないだろうし、運動したければ魔法で森を切り拓いてランニングコース作るとか、何でもできちゃう。それを考えると太る心配は二の次だ。
満足したところで、今日はちょっと庭いじりしてみようか。小屋の周りを整え、畑を作ってみる。まだこの世界の農業方法はわからないけど、魔力で土壌改良すれば何だって育ちそうだ。種もどきの粒を地面に植え、水をやり、魔力で成長促進してみる。もしここでパンの原料になる穀物を量産できれば、いちいち森に取りに行かなくて済む。
「ほらほら、育てよー。がんばれー。」
種たちはモゾモゾっと動き出し、柔らかな芽を出す。魔力のせいで成長速度は異常なほど速い。数時間後にはもう小さな穂が揺れている。これで原材料は安定供給だ。
日が暮れかける頃、私は小屋の前で今日の成果を振り返る。チーズ風味のパン成功、畑も完成。異世界での生活は、こうも順調でいいのだろうか。前の世界で感じた惨めさや恐怖はどこへやら。今では笑顔で暮らせている。
とはいえ、私の中にはまだ静かな炎がある。いつか、あの世界に戻って連中を見返してやりたい。そのためには、もっと魔法を極め、もっと世界を知る必要がある。この新天地で力と知識を蓄えれば、復讐なんて容易なはずだ。でも、今は急がない。幸せを味わいながら、ゆっくりと計画を練ればいい。
「明日はどんなパンを作ろうかな。あ、果実酒なんかも面白そう…」
そんなことを考えながら、私は苔のベッドに横になる。柔らかな光球ランプが小屋の中を照らし、森の音が子守唄のように響く。異世界での魔女ライフ、今日も平和に終わりそうだ。
(第5話 了)
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