【四話】
朝日の差し込む小屋の中、私は昨日摘んだ花を眺めながら、今日の作戦を練っていた。昨日の偵察で発見した小さな集落。そこには少なくとも二人の人間がいた。名前は「エイダ」という女性と、その家族らしき男性。彼らは普通に農業を営んでいるらしい。私がこの世界で初めて出会った人間だ。
「さて、今日は思い切って会いに行くか。それとも、もう少しこっそり様子を見る?」
どちらにしろ、いきなり行って「こんにちは、魔女だけど仲良くしよ!」なんて言ったらビビらせるかも。魔法が理解されている世界ならまだしも、わからない段階で魔女アピールは危険だ。じゃあどうするか。
私はパンを頬張りながら考える。人間関係は慎重に、でも積極的に。まずは普通の人間を装って、食べ物をお裾分けする“謎の親切さん”として近づくのはどうだろう。何も悪さするつもりはないし、隠し味に少し魔力を込めれば、パンがふわふわで絶品になるから、彼らも喜ぶに違いない。
「よし、決まり!」
早速、昨日仕込んだ生地を取り出し、より一層ふわっとしたパンを焼き上げる。魔力で微細な気泡を作り込むようなイメージで生地を練ると、驚くほど柔らかく仕上がる。焼き上がったそれは、香りも豊かで、ちぎれば湯気がほわりと立つ。これなら私も人間社会に“お土産”として持って行ける。
さらに、ちょっとした果物も籠に盛る。バッグに入れて持参し、さりげなく渡してみよう。それにしても、会話は通じるのかな。昨日、男性が叫んだ言葉が何となく理解できたし、この世界に来た瞬間から言語面は不思議と問題なさそうだ。もし万一通じなかったら、適当に笑顔でジェスチャーをするしかない。最悪、魔力で意思疎通を図ることもできるかもしれない。
「よーし、出発!」
小屋を出て、森を進む。馴染んだ道を抜けて川岸へ。昨日と同じように魔法で飛び石を作って渡る。すると、遠くにあの家が見えた。畑でまた何か作業しているようだ。チラチラと姿を隠しながら近づくが、流石にずっとコソコソしていても怪しいだけ。ここは思い切って正面から声をかけてみるか。
私は草むらからゆっくりと姿を現し、「えーっと」と声を出してみる。男性がこちらに気づいて驚いた顔をした。エイダという名の女性も振り向いて、警戒心を露わにこちらを見ている。
「あ、あの、こんにちは!」
とりあえず挨拶。彼らが眉をひそめる中、私は両手でゆっくり胸元を開き、敵意がないことをアピール。籠を掲げて、にっこり微笑む。「これ、差し入れと言ったら変ですが、美味しいパンと果物があるんです。よかったら、どうぞ?」
男性は困惑し、エイダはあからさまに怪しんでいる。そりゃそうだ、見ず知らずの女が森の中から現れて、お土産を持って来るなんて不審者極まりない。でもここで怯んじゃダメだ。
「私はミーシャといいます。最近、近くに住み始めたんです。えっと、あなたたちはこの辺りで暮らしているんですよね?」
エイダが口を開く。「え…あなた、こんな森の近くに? 危なくないの? それに、見ない顔だけど…どこから来たの?」
よし、言葉が通じている。これは大きな進歩だ。私は慌てず、適当に話を盛る。
「えっと、ちょっと遠くから来たんですけど、こっちの方が自然が豊かで暮らしやすそうだなって思って。だから、森で小さな小屋を作って住んでるんです。」
事実をぼかしながらも嘘はついてない。森で小屋を作ったのは本当だ。
男性が警戒しつつも興味を示す。「ほう、森で一人で? 危ない魔物とか出ることもあるんだけど…」
魔物?そういやまだ強そうな生き物には遭遇していない。魔力のせいで近寄らないのかもしれないな。ここは適当に笑ってごまかす。
「うーん、運がいいのか、まだそういう怖いのには会ってません。自然が好きで、食べ物とかも自分で…あ、そうだ、このパン、本当に美味しいんで、食べてみてください。」
強引に話題を戻して、パンを籠から一つ取り出す。エイダと男性は迷いながらも、香りにつられたのか、ちょっと一口かじる。すると、目を丸くして「わっ、おいしい!」と声を上げた。エイダは疑いの目を少し緩める。
「あんた、こんな美味しいパンどうやって…畑もないのに?」
「まぁ、森には不思議な実がいっぱいあって、それを粉にして作ってみました。果物も甘くて美味しいですよ。」
そう言って果物を差し出すと、男性は感心したように頷く。「あんた器用だな…名前はミーシャって言ったね。俺はコルベ、こっちが娘のエイダだ。こんな辺鄙なとこまで来る物好きは珍しいが、うまいパンのお礼に、お茶くらいは出せるよ。」
やった! 予想外の好感触。警戒心は完全には解けていないけど、少なくとも不審者扱いからは一歩進んだ。私は微笑み、「お邪魔じゃなければ、ぜひ」と答える。こうして、なんと異世界で初の人間宅訪問が実現した。
小さな家の中は質素な作りだが、温かみがある。木のテーブル、簡素な椅子、焼き物のカップ。エイダがハーブティーのような香りの飲み物を入れてくれる。私はそれを一口すすり、ほっと息をつく。
「このお茶、美味しいですね。どんなハーブを使ってるの?」
エイダは少し自慢気に答える。「この辺で育つ草よ。花の根っこを乾かして煎ると、こうなるの。苦みが消えて香りが立つの。」
なるほど、この世界にも独自の食文化がある。私が気軽に魔法でなんでも作ってるのとは違う、地道な生活の知恵が感じられて興味深い。
コルベが怪訝そうに聞く。「それで、ミーシャ。あんた、本当はどこ出身なんだ? この辺はそう簡単に他所から人は来ないぞ。」
うーん、難しい質問だ。まさか「私は別の世界から来ました」なんて言えない。
「まあ、ちょっと遠い村からです。あっちは人がたくさんいて、私は人付き合いが苦手だったんです。だから森にこもって、一人で気楽に暮らそうと思ったんですよ。」
嘘でもない。人付き合いは確かに苦手な方だったし、今はその煩わしさから逃れて自由を謳歌している。前の世界と比較しても、今は天国みたいなものだ。
エイダがパンをちぎりながらため息をつく。「でも、この辺りはそう裕福じゃないわよ。畑を耕して、羊や山羊を育てて、やっと生きているようなもの。よくそんな場所に…」
そこだ。ここで私はほんの少し、魔法の恩恵を匂わせるべきか?いや、まだ早い。
「私、自然を活用するのが得意なんです。だから案外平気ですよ。食料は森から手に入るし、家も作れたし…案外、なんとかなっちゃうもんです。」
そう言うと、コルベは苦笑する。「そりゃ大したもんだ。エイダ、パンの作り方を教わってみたらどうだ? これだけうまいパンが作れたら、村の人も喜ぶぞ。」
どうやら近くに村があるらしい。ここは村のはずれの農家という感じか。興味が湧く。
「村があるんですか? 大きいんですか?」
エイダが答える。「丘を越えた先に小さな村があるわ。私たちはそこで物々交換したり、人々と助け合ったりしてる。大きくはないけど、ちゃんとしたコミュニティよ。」
なるほど、この世界の人々は村を拠点に生活を営んでいる。それにしても、彼らは思ったより穏やかで、私が“魔女”という存在である可能性なんて微塵も疑っていない様子だ。多分、魔女狩りをするような社会でもないのかもしれない。なんだか拍子抜けだが、嬉しい誤算。
時間が経つのも忘れ、私は彼らと他愛ない話を続ける。森の中で見つけた果物や珍しい花のこと、逆に彼らは村での暮らしぶりや季節の行事などを教えてくれた。エイダは途中から少し笑顔を見せ、警戒を解いてくれたようだ。コルベは控えめだが、いい人そうだ。
こうして初めての異世界交流は、かなりいい感じに終わりそうだ。最後に、私は「また来ていいですか?」と尋ねる。コルベは「まぁ構わんが、森の中は危険だ。何かあったら助けも呼べないぞ」と釘を刺す。エイダは苦笑しながら「パンを教えてくれるなら歓迎よ」と言った。
「ありがとう。それじゃあ、また今度、パンの材料や作り方、もう少し研究して持ってくるね。」
笑顔で手を振り、家を後にする。帰り道、私は心が弾んでいた。この世界には、普通に暮らす人々がいる。私が少し工夫すれば、友達だってできそうだ。
こうして、魔女ミーシャは異世界で初めて人との交流を果たした。魔力で全てをねじ伏せる必要はなかった。穏やかな日々の中で、また一歩、新しい生活に踏み込んだ気がする。
(第4話 了
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