【三話】
昼下がり、小屋の前でのんびりと腰を下ろし、さっきまで作っていたパンを片手にぼんやりと空を見上げる。ここ数日は魔法で生活基盤を作り上げる“開拓期”だったけれど、そろそろ少し外へ踏み出してみようかという気になってきた。
「そろそろ、私だけの小さな王国を越えて、もう少し遠くへ足を伸ばしてみようかな…」
昨日、高台の上から遠くを見渡した時に、森の境界っぽい場所が見えた。もしそこまで行けば、新しい発見があるかもしれない。別の植物、動物、ひょっとしたら人里も近いかもしれない。そう考えると、急に気持ちがうずうずしてくる。
「でもその前にちょっと準備だわ。旅支度ってやつね!」
旅といっても、住処から離れてどれくらい歩くかわからない。水と食糧は魔法でどうにでもなるが、やはりバッグ的なものが欲しい。魔力で樹皮や繊維を編み込んで、軽くて丈夫なショルダーバッグを作る。内側は葉の繊維でふかふかにして、パンや果物を詰め込んでも潰れにくいように工夫。さらに防水効果を念じてみれば、多少の雨でも安心だ。
「ふふん、これで立派なトラベラー魔女よ!」
せっかくだから服も一新しようかな。昨日は森ガール風だったけれど、もうちょっと冒険者っぽい感じにしてみる。植物繊維をスカート状に切り出して、丈を短めにし、動きやすさを追求。上は同じ布で軽いチュニック風に整える。ウエストでキュッと締めれば、なんだか森の狩人みたいな装いになった。緑と茶色をベースにすると自然の中で馴染む感じだ。
「じゃ、ちょっくら行ってくるか!」
そうは言ったものの、まだどういう行程にするか決めていない。とりあえず小屋から見て東側へ、昨日高台から見た森の外れらしき方角へ進んでみよう。魔力で周囲を探れば、大きな動物はいないみたいだし、危険は少なそうだ。
森を進むと、小さな花畑が現れた。色とりどりの花が咲き乱れ、蝶が舞っている。ここでちょっとお茶会でもしたい気分。いや待て、目的は遠出だ。こんなところで足止め食らっていては先に進めない。けれど、この花々は染料や香り付けに使えそうだから、少しだけ摘んでおく。バッグにそっと仕舞い、また歩く。
しばらく進むと、森が薄くなってきて、木々の隙間から開けた景色がチラリと見える。近づいてみると、そこには小川が流れていて、反対岸には草原が広がっている。丘が連なり、その向こうには何やら茶色い点々が見える。
「え? あれ、建物? 家みたいなものがあるっぽくない?」
目を凝らすと、小さな家が2、3軒並んでいるようだ。集落…? やった、これで人間社会発見か。ちょっと興奮する。前の世界では人間に苦しめられたが、この世界の人々が同じとは限らない。もしかしたら、平和な村人が友好の手を差し伸べてくれるかもしれない。あるいは、また魔女扱いされるかもだけど、今度は負けない。力でどうとでもなる。
「でも、いきなり行くのは危険よね。偵察偵察…」
森から出る前に、魔力で小さな小鳥を呼び寄せてみる。この世界では自然が私に応えてくれるようだから、動物とも多少は交流できる…かもしれない。手のひらを差し出すと、鮮やかな羽を持つ小さな鳥が不思議そうに私を見ている。
「ねえ、あなた、あの家が見える? あれは人間のおうち? 危ない人いない?」
もちろん鳥が答えてくれるわけもないが、魔力を込めてイメージを伝えると、鳥は首をかしげ、ピョピョッと鳴いた後、すっと飛んでいく。数分後、また戻ってきたが、その様子からは何も分からない。まあ、期待しすぎか。
仕方ない、少しずつ近づいてみるか。川を渡るには橋がないが、魔力で石を並べて即席の飛び石を作れば渡れる。小石が水面から顔を出し、私の足元を支える。足音を立てぬよう慎重に渡り、草原へと踏み出す。
草むらをかき分けながら進むと、やっぱりそこには小さな家がある。木材と藁ぶき屋根の素朴な小屋。ドアには簡素な装飾があり、近くには家畜のような生き物が繋がれている。山羊?っぽいな。この世界にも似たような生態系があるんだ。
「よし、ここで一度立ち止まろう。どうする?」
このまま行って「こんにちはー」なんて挨拶しても不審者だろう。私、見た目は森ガール系冒険者、言葉通じるかな? あ、そうだ、前の世界と同じ言語なのかしら。今この異世界では独り言が通じているのは単純に私の頭の中で処理しているだけかもしれない。言葉は別のものかも。ま、魔力で言語理解くらいできるんじゃない? と自分に言い聞かせる。
と、その時、小屋の扉が開いて、中から人影が現れた。中年くらいの男性。髭を生やし、素朴なチュニックとズボン。彼は目を細め、こちらを見ている…気がする。やばい、目が合ったかも。とっさに私は草むらの中で身を屈める。心臓がドキドキする。別に悪いことしてないのに、すごく緊張する。そっと覗くと、男は何やら木箱を運び出し、家畜の近くで作業を始めた。どうやら私には気づいていないようだ。
ほっと胸を撫で下ろすが、ここまで来て逃げ帰るのもなぁ。もう少し様子を見ようとすると、男が大声で何かを呼んでいる。聞き慣れない言葉だが、不思議と意味がわかる気がする。魔力で周囲に溶け込むとき、この世界の情報も私の頭に流れ込んでいるのだろうか。どうやら「エイダ、エイダ、こっちに来て手伝ってくれ!」と言っているようなニュアンスだ。
「エイダ」…誰だろう。すると、小屋から若い女性が現れた。栗色の髪を肩で切り揃えた、可愛らしい顔立ち。素朴な服装だけど、活発そうな雰囲気だ。二人は何やら会話をし、手分けして箱から何かの苗や種を取り出して畑仕事を始める。なるほど、ここは小さな農家か。
この世界も結局は人が暮らし、畑を耕し、家畜を飼っている。前の世界とそう大差ないじゃないか。しかし、これらの人々は魔女狩りなんてするのかしら。ここまで平穏なら、少し期待してしまう。できれば友好的な交流をしたいけれど、魔法を見せたら怖がるかな? まだ様子見が無難か。
ひとまず、今日はここまで。集落があることがわかったし、人が普通に暮らしている。明日、勇気を出して挨拶に来てもいいかも。今の私は魔力で言語を理解できるっぽいから、コミュニケーションも何とかなるはず。万が一奇妙な目で見られても、私には圧倒的な力がある。こっそり姿を消すことも、森に逃げ帰ることも自在だ。
「よし、今日の偵察は大成功! 一度帰ろう。」
川を再び飛び石で渡り、森の中へ戻る。木々が私を歓迎するように揺れ、馴染みの小屋が見えてくると、なんだかホッとする。我が家って感じだ。
バッグを下ろし、摘んだ花を机代わりの木材に並べ、ふと思う。この世界で友達とか同盟者を作れるかな。次回はパンや果物をお土産に持っていって挨拶してみようか。食べ物で交流を図るなんて、ちょっと和やかなアプローチじゃない? もしうまくいけば、情報が得られるし、もしかしたらあの世界とは違う優しい人々かもしれない。
「あの世界の復讐を果たす前に、こっちの世界で少し人間関係を築いてみるのも悪くないかもね。」
そう考えると少し心が軽くなる。私は魔女狩りされる側じゃなくて、今や魔法を操る超越的存在。人間相手に怖がる必要なんかない。むしろ新しい暮らしをエンジョイして、人の営みを観察するのも面白そう。
夕暮れが迫り、森の中がオレンジ色に染まる中、私は今日の発見に満足しながら小屋でくつろぐ。明日は勇気を出して、村人たちに話しかけてみようか。どうなるかは分からないが、何もしないよりは楽しいはずだ。
パンをひとかじり、静かな森の生活に微笑む。新たな交流、新たな展開。リバイバルウィッチの異世界生活は、まだ始まったばかりだ。
(第3話 了)
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