日野晴陽
お箸を持ち直して再び食べようとした瞬間に肩に重みがかかった。
「あれれ? 空ちゃん、浮気かな?」
聞き覚えのある声が耳元で囁かれた。 それは甘い声ではなく、どこか棘があるような声色だった。
「はっ、晴陽さん⁈」
俺は勢いよく振り返った。
「んもぅ。 晴ちゃんって呼んでよ」
そこに立っていたのは……晴陽? と思ってしまうほど昨日とは別人のような姿の彼女が立っていた。
「えっと……晴陽さん?」
「そうだよ! 晴ちゃんですよー」
ニコッと笑う姿は昨日の彼女と同じである。
そして、後ろから俺の横に移動してきて少し動いたら当たりそうな距離に座った。
「君は、浮気中だったのかな?」
「いや、断じて浮気ではないです」
「えー。 あんなに嬉しそうにしていたのに」
嬉しそうにしていたのは嘘ではない。 だって、本当に嬉しかったのだから。
「そっ、それは否定はしないけど……浮気では……」
「へえ。 やっぱり嬉しかったんだ?」
こてん。 と首を傾げる晴陽の目が笑っていないことに気づいた。
にっこりと微笑んでいるのに目が笑っていない彼女の姿に寒気がして即座に話題を変えようと気になっていたことを聞くことにした。
「そっ、それよりも、晴陽さん」
「晴ちゃん」
「…………はっ、晴ちゃん」
「何かな?」
「その、格好って……?」
彼女の格好についてだ。 一瞬、誰だかわからなかった。
「ああ、この地雷系ファッション?」
これ、地雷系って言うのか……。
レースやリボンが多く付いた黒いワンピースにレースが付いたニーハイソックス。 それに、可愛らしい靴。 髪も、ツインテールになっている。
昨日の彼女とはまるで別人のような格好である。
「似合わないかな?」
「可愛いよ」
うん。 昨日とだいぶ違うが、彼女によく似合っている。
「えっ⁈」
俺の返答にすごく驚いている彼女。
「えっ?」
先程とは違い、俺をジトっとした目で見てきた。
「本当のこと言ってもいいんだよ。 お世辞とかいらないし……」
「本当に可愛いよ」
「…………」
晴陽は顔を両手で多い隠した。
「……即答してくれるだね」
「えと、まあ……。 可愛いものは可愛いって、素直に言ったほうがいいって言われてきたから」
「そっか……」
未だに顔を覆い隠しているため、どんな顔をしているか見えないが少し見えた耳が赤く染まっていることから照れているのだとわかった。
そうだと分かったら、急になんて言ったらいいのかわからなくなった。
「えーと……」
「私の格好。 驚いたでしょう」
「えっと……」
「ふふっ。 空ちゃんは嘘がつかないね。 でも、私はこの格好が大好きなんだよね」
やっと、顔を上げてそう言った晴陽は苦笑いしていた。
「昨日も本当はこの格好をしていこうと思ったんだけど、どんな目で見られるか怖くて、できなかったんだよね。 ……好きなのにね。 朝もね……見せる勇気がなくて、早く家を出ちゃった」
「……大学では着れるのにですか?」
「……そうなんだよね。 大学では堂々と着ていけるのに何でだろうね? 私も不思議なんだよね」
「……えと」
「一種の戦闘服だったりして。 私、この格好をすると好きなものは好きって言える自信が持てるんだ。 それにその人……特定の一人に見せるわけじゃないってのもあるのかなって思う……自分で言ってて、意味が分からないけどね」
ふふっと晴陽は少しおかしそうに笑っていた。
「でも、好きだからって、似合うわけでもない。 自分に合う服があるのにどうして着ないのって聞かれる時もあるんだけど……好きだから仕方ないよね。 ……だから、私は君に見せに来たんだ。 本当の私の姿を」
そう言って、真っ直ぐに俺の目を見た。 晴陽は先程とは違い、少し緊張しているように見える。
「可愛いです。 似合ってます!」
俺は力強く言った。 それを聞いた晴陽は少し目を見開いて驚いていた。 そして、徐々に顔が赤く染まっていく。
「………………」
「………………」
二人の間に変な空気が流れている。
「……じゃっ、じゃあ……私、次の講義の準備をしないといけないから行くね」
その空気を打破するように晴陽が席を立った。 だが、行く前に俺の前に移動し、影ができた。 晴陽が俺の前に立ったのだ。 忘れ物かと思ったが、晴陽が一度深呼吸して笑ったのでそうではないことにすぐに気がついた。
「可愛いって、言ってくれてすごく嬉しかった! この格好をしてもいいんだって好きでいていいんだって、君のおかげで自信を持つことができた……空ちゃん、ありがとう」
そう言って笑った晴陽は彼女の名前のようにとても晴れやかな陽だまりのような笑顔だった。
俺は去っていく彼女から目を離すことができなかった。
そして、心臓がドキドキと音が鳴り止まない。
もしかしたらだけど……俺は惚れやすい体質なのかもしれない。
空太からチョロ太に改名しないといけないかも……?