新しい生活②
朝から相川に会ったら何て言えばいいかずっと考えていたが、今日は大学に来ていなかったのでひとまず安堵した。
だが、これからのことを考えると、一応相川には報告しておかなければいけない。 でも、何て言えばいいんだ。 『君のお姉さん、俺の彼女候補になったから』 ……いや、ただの最低野郎じゃないか。
「はあ」
とりあえず、何て言うのかは置いといて、今は昼休みだ。
朝に渡されたお弁当の蓋を開けていく。
一人はご飯で二人はおかずを作ったという。 彼女達の料理の腕前はどんなものか知らないが祖母がついているのだ。 人が食べれるものを作っているはずだ。
「おっ! ……美味そう」
見た目はすごく綺麗で美味しそうである。
一口、箸で取り口に運ぶ。
「んっ! ……んん? んんん⁈」
やばい。 これはやばいぞ。 見た目通りの味をしていない。
想像していた味とは違う味が口の中をめぐる。
なんなら、口の中が爆発しそうだ……。
「うっ嘘、だろ……」
想像を絶する衝撃が俺の中に走る。
急いでお茶を一気に口に流し込んだ。
そして、水筒を置いた時にメモが入っていたことに気づき、手に取り目を通した。
そこに書かれていたのは『おばあちゃんはフルーツ盛りを作りました』だった。
「おばあちゃん! おばあちゃんも一緒にお弁当の方を作って欲しかった!」
フルーツが入ったタッパを開けると、綺麗に切られたフルーツが入っていた。 それも、リンゴもちゃんとうさぎになっている。
「めっちゃ細かく切られて可愛い! でも、ご飯の方を頑張って欲しかった!」
ガクッとうなだれる。
「…………フルーツ美味いな……」
一口、綺麗に切られたフルーツを口に運び口直しをしておく。
取り敢えず、このお弁当は全て食べきらなければ作ってくれた彼女達に申し訳ない。
「……よし! 食べよう」
そうは思ってもその一歩がなかなか難しい。
「んぬぬぬぬ……」
なんとか卵焼きを箸で摘んでみたが、なかなか口に運びこむことができない。
食べなければと思えば思うほど一口が遠のいていく。
「いけっ……いくんだ、俺……」
卵焼きを口に近づけた。
そして、パクッと口の中に放り込んだ。 無理やり噛み込んでいくが涙が出そうである。
やばい……吐きそう……。
その時、目の前から声をかけられた。
「あの、だっ大丈夫ですか……?」
涙目になりながら声をかけてくれた女性を見て固まってしまった。
何故なら、目の前には俺が密かに憧れている彼女が立っていたからだ。
遠目でしか見たことがなかった彼女がこんな近くに……。
もしかしたら幻覚かもしれない。
そんなことを思っていると困惑した声が聞こえてきた。
「あの……?」
「あっ! すっ、すみません! 大丈夫です……」
慌てて返事をしたせいで少し声が上ずってしまった。
「なら、よかったです」
そう言ってニコッと微笑んだ彼女はとても綺麗だった。
どうしよう。 本当に幻覚かもしれない。
「あっ……」
言葉が続かない。 どうしよう……せっかく心配して話しかけてくれたのに。
「じゃあ、私行きますね」
「はっ、はい。 心配してくれてありがとうございます……」
ああ、もっと話したかったな……。
そう思っていると、彼女は何かを思い出したように俺の前に戻ってきた。
「あっ、そうだ! これ、よかったらどうぞ」
そう言って手渡されたのはいちごミルク味のキャンディーだった。
「私のお気に入りなんです」
「あっ、ありがとうございます!」
嬉しすぎて舞い上がりそうになるのを何とか抑える。
「じゃあ、またね」
バイバイと手を振りながら去って行った彼女を見ながら俺も小さく振り返した。
そこでハッとして少し大きな声で彼女に向かって叫んだ。
「まっ、また!」
声が裏返りそうになった。
それが聞こえたのか、彼女は足を止めてこちらを振り返り、軽く頭を下げた後にもう一度手を振り返してくれた。
俺もそれに応えて手を振った。
そして、彼女の姿が見えなくなるまで見つめてしまった。
「可愛い……」
どうしよう、話してしまった。
嬉しさがぶり返してくる。
こんなことがあるなんて……。 それに、優しい。 優しすぎる。 話したこともない俺を心配してくれて……さらにお気に入りの飴までくれるなんて。
感動でふるえそうだ。
持っていたお弁当と飴を見比べる。
「よし!」
俺はお箸を再び持ち直す。 飴は勿体無くて食べられない。
しかし、お弁当は完食しなければ。
せっかく作ってくれたのだから。
俺は、再び覚悟を決めた。
「いただきます」