勝手に彼女を募集された件⑤
「じゃあ、次は空ちゃんの番ね」
おばあちゃんにそう言われて、まだ自分の自己紹介をしていないことを思い出した。
確かに、俺のことを知らない彼女達に俺だけ名乗らないのも良くない。
「じゃあ、えっと……改めて、藍染空太です。 大学一年生です。 よろしくお願いします」
パチパチと小さくなる音がしてそちらに視線を向けると、晴陽が手を鳴らしていた。
それを横で聞いていた雲母も手を叩き出した。
また、それを聞いた祖母までもパチパチと叩き出したものだから、焦った雨希までも手を鳴らした。
何だか……すっごく恥ずかしいのは俺だけ? 彼女達の自己紹介の時は何もしなかったのが申し訳ないほど手を鳴らしてるんだけど。
というか、いつまで手を叩いて鳴らしているの? そろそろ良くない? 何で誰も何も言わないの?
一番すぐにやめて言いそうな雨希の方を見ると、一番手を叩いていた。
いや、何で? しかも、何だか誇らしげなんだけど。 俺の自己紹介にそれほどの価値なんてないよ。
というか、やっぱり口は少しきついけどやっぱり良い子だよね。
いつまでもやめそうになかったので俺が自分で止めることにした。
「もう……もう、大丈夫。 ありがとう。 だから、叩くのやめてくれない? ねえ、聞いてる? えっ? 聞こえてない? どうして、誰もやめないの? 本当に聞こえてないの? その手を叩くの別に勝負しているわけじゃないよね? 何で、誰も何も言わないの? 嘘でしょ⁈ とうとう、俺を見ずに叩いているよね⁈」
誰も何も言わずにパンパンと叩く音だけが聞こえる。
「えっ⁈ 本当に意味がわからなくなってるよね」
「ふふっ。 ははっ。 もう、ダメ……あはははははは」
我慢できなくなった晴陽が大きな声で笑い始めた。
それに釣られて他の三人も笑い始める。
そこで俺は気づいた。
そう、四人に揶揄われたのだと。 いや、雨希は違うな。 笑い方に戸惑いを感じる。 あの子だけ、なぜか本気で叩いていたようだ。 だが、大笑いしている他の三人は俺を揶揄っていたとわかる。
「………………はあ」
「ごめんね? 怒った?」
晴陽が首を横に傾げながら上目使いで俺を見てくる。
「怒ってない。 むしろ、皆んな仲がいいなと思っただけ」
「これから、空ちゃんも仲良くなるのよ」
仲良くね……。 どうやって?
「そうだよ! 仲良くしてね! えっと……空ちゃん?」
晴陽が手を差し出して握手を求めてきた。
「空太だよ。 えっと……日野さん?」
どう呼べばいいかわからずに苗字で読んでみたが、晴陽は微妙な顔をしていた。
「あのね、空ちゃん。 私、彼女候補だよ」
改めて言われると、彼女候補って……。 何だか気恥ずかしい。
「空ちゃんじゃなくて空太です」
「空ちゃん」
「空太」
「空ちゃん」
「空太」
「空ちゃん。 晴ちゃん」
「空太だよ。 晴ちゃん」
あっ…………。
「ふふっ。 晴ちゃんですよー」
「あっ……待って……。 今の間違い。 俺、間違えた」
初対面の女の子を渾名で呼ぶなんて……。 恥ずかしい。
「えっ? 晴ちゃんには聞こえないなあ」
絶対に聞こえているはずなのに聞こえないふりをする晴陽。
「じゃあ、私は雲母だから……キーちゃんとかかなー? うーん」
「そうだねー。 雲母は雲母かな。 名前、すごい可愛いし」
そう言って、晴陽は雲母にクッキーを渡していた。 それを受け取った雲母は「そうだね! じゃあ、私は雲母って呼んでくださいな」と言ってクッキーを頬張り始めた。
それでいいんだ。 ……それよりも、言っていいのか迷う。 ちょっと、クッキー食べすぎじゃないかな? 俺には君がハムスターに見えてきたんだけど。
「じゃあ、次は雨希だね。 空ちゃんに何て呼んでもらいたい? ウキウキとか?」
「何でよ! どうして、私だけウキウキなのよ? どんな気持ちで呼ばれればいいのよ。 ウキウキ気分ってこと?」
「あはは。 ウキウキなだけに」
「うるさいわよ」
などと、俺を無視して二人で楽しそうに話し出した。
そんな二人を見ていると、祖母が俺の横に来た。
「皆んな良い子でしょう」
「…………そうだね」