相川姉弟⑤
わかったことといえば、雨希達三人は一緒にシェアハウスしていた仲で、元々知り合いだったこと。 そして、おばあちゃんと知り合いになったのは雲母が知り合いだった縁から。 更に、その縁で料理を習っていたけど三人に料理の才能が全く皆無なこと。 皆無なせいで爆発して家を修理する羽目になってそれを見かねたおばあちゃんが、家の修理が終わるまで一緒に住むことになった……。 ってこと。
あれ? 俺の彼女募集に応募したわけじゃない? でも、雨希達皆は俺の彼女候補だと説明された……どういうことだ?
「空太? どうした? そんなに考え込んで」
「あっ……いや、何でもない」
雨希の話を聞いて考え込んでしまっていた。
「取り敢えず、雨希達がどんな関係なのかは一応わかった。 雨希達は居候で空太達は家主ってことでしょ?」
「まあ、そういうことになるのかな?」
「そうにしかならないわよ」
ふんっと顔を背ける雨希はこれ以上何も言わないと決めたらしい。
彼女が何も言わないならこちらも、もう何も言わない方がいいだろう。 まあ、彼女達が俺の彼女候補になりました。 なんて、どう説明すればいいのかわからないから言わないでいいならよかった。 まあ、実際のところ本当に彼女候補なのか分からなくなったんだけどね……。
「じゃあ、説明はしたから俺は帰るね」
これ以上何か聞かれる前に帰ろうと思い席を立ったら、雨希も立ち上がった。
「そうね。 名残惜しいけど、雨流くん。 またね!」
「えっ?」
「何よ」
「雨希も帰るの?」
「あんたが帰るなら、私も帰らないとでしょ? あんた、私を置いて帰る気?」
てっきり雨流がいるからこの場に残るのかと思っていた。
「いや、置いて帰らないけど……」
歯切れが悪い言い方をしてしまった。
「じゃあ、一緒に帰るわよ!」
そう言って俺の手を引いて歩いて行く。
「あっ、雨希、待って! お会計してない」
このまま帰ると、無銭飲食になる。 というか、雨流に支払わせる形になりそう。
そう思っていると、雨流が伝票を持って歩いてきた。
「空太、俺が奢るよ。 雨希がこれから迷惑かけるし」
「あっ、ありがとう」
優しい。 何だか……何だろう。 すごい罪悪感がある。
「雨流くん、優しい。 ありがとう」
「雨希……空太に迷惑かけるなよ」
「わっ、わかってるわよ!」
ぎゅっと俺の手を握る力が少しだけ強くなった。
「じゃっ、じゃあ……また大学で」
「うん、またね」
そう言って俺たちはファミレスで別れた。
…………が、まだ未だに手を引かれて歩いている。
「あの、雨希? 雨希、聞こえてる?」
俺が呼びかけても無視してスタスタ歩いて行く雨希。
「雨希さーん?」
「………………」
「雨希さーん?」
「…………何よ」
あっ、よかった。 やっと俺の声が届いた。
「いや……あの、相川に言わなくてよかったのかなって?」
そう、雨希は元々雨流に関心を持ってもらうために彼女候補になったことを伝える予定だった。 でも、一緒に暮らすことは説明してもそれ以上のことは言わなかった。
「…………いいのよ、別に」
そう言って立ち止まった雨希はこちらを振り返らなかった。
「……本当にそうなの?」
「そうよ」
「でも……」
「もうっ! しつこいわね! 私がいいと言ったらいいのよ!」
やっと振り返りこちらを見た雨希。 その顔は叱られた後の子供のような顔をしていた。
「うっ……雨流くんに言ったところで怒られるのが目に見えてるからいいのよ……。 だから、あんたもそのことについてはもう、何も言わないで」
「……なら、いいんだけどさ……」
これ以上はこのことについてはもう聞かない方がいいと思い、話を変えるべく気になっていたことを聞くことにした。
「あのさ、それと雨希に聞きたいこともあるんだけど」
「……何よ」
「おばあちゃんが俺の彼女を募集して三人が集まったって言ってたじゃん。 もし、もしもだよ……彼女候補になった理由がおばあちゃんの家に住まわせる代わりに俺の彼女候補になってくれって言われなら……やめていいからね。 俺の彼女候補……」
そう、雨希の話を聞いてからずっと考えていた。 もしかしたら、家に住まわせる代わりに俺の彼女候補にさせているかもしれないと……。 じゃないと、可愛い彼女達が俺の彼女候補になる筈がないからだ。
「はっ?」
「えっ?」
雨希が俺の思っていた反応ではなくて少し困惑してしまった。
「そんな訳ないでしょ。 和佳子さんがそんなことする筈がないのはあんたが一番知っているでしょうが。 全く……あんた、馬鹿でしょ」
「えーー」
まさかの返し。 でも、おばあちゃんがそんなことする筈はないと思ってはいたが心のどこかでは信じられなかったので雨希が完全に否定してくれたので安心した。
「彼女候補になったのは私達の意思よ」
「えっ? 本当に」
「ええ」
「嘘ついてない?」
「ついてないわよ。 しつこいわね」
「だって……」
「そもそも、彼女候補の話が出たのは和佳子さんのお孫さん……つまり、あんたの話が出たからよ。 私達と同じ歳の孫がいるのよって……」
「そうなんだ……」
「それで、和佳子さんのお友達の話になって……晴陽が募集して見たらって笑いながら話してて、その場のノリで……あんたの彼女をSNSを使って募集してみようかなって話になったのよ」
「嘘でしょ。 俺の彼女募集。 まさかのその場のノリで決まったの?」
「まあ、実際はしてないんだけど……」
「してたら怖いわ」
「それで……その後、他にもあんたの話を聞いてたら雨流くんの友達の藍染空太だって気づいたのよ。 だから、後でこっそりと和佳子さんに連絡をとって彼女候補に立候補したいって話したのよ。 和佳子さんは立候補なんてしなくても三人とも好きになったからそんなことしなくても料理を教えるって言ってくれて……でも、私は私の意思で立候補したいって言ったら納得してくれたってこと……」
「そうなんだ……」
「家のこともそうよ。 一緒に住むことになったあの日……あんたが帰ってくる前にも言われたわよ。 本当に孫の彼女候補になるのかって……。 別に取り下げても追い出したりしないわよ。 寧ろ、孫が増えて嬉しいぐらいだから気にしないでいいのよって……」
「うん……」
「でも、私は雨流くんに関心を持って欲しいからそのまま彼女候補になったわ」
「えっと……。 相川に言わないことにしたならその……えと、俺の彼女候補辞める?」
そう、雨流に言わないならもう彼女候補でなくても良いのでは? と思った。
「えっ? やめないわよ」
「えっ?」
またしても、思っていた答えではなくて驚いている。 きっと、『当たり前でしょ!』 と言われると思っていた。
「当たり前じゃない。 私は自分が言ったことにはしっかりと責任をとるわ。 だから……空太!」
「はっ、はい」
「しっかりと私のことを惚れさせなさいよね!」
そう言った雨希は悪戯をした子供のような笑顔で笑った。
初めて俺に見せた雨希の笑顔に心臓が大きな音を立てて跳ねた。
俺、本当にチョロ太に改名すべきじゃないだろうか……。
「あっ、そうだ……」
「えっ? 何?」
「私、あんたの彼女に立候補したって言ったじゃない?」
「えっと……うん」
「後の二人……つまり、晴陽と雲母も自分からあんたの彼女候補に立候補したって言っていたわ。 和佳子さんは自分が募集して集まったって言ってくれたけど、私たちは自分であんたの彼女の候補に立候補したのよ」
「えっ……」
「まあ、何で立候補したのか私は知らないけど」
「えっと……」
他の二人も立候補した? どうして?
意味がわからなくて困惑したままの俺を雨希は繋いだままだった手を引いて歩き出した。
そこで手を繋いだまままだったことに気づいた。
「さっさと帰るわよ」
「あっ……うん」
だけど、手を離すのが惜しくて何も言わなかった。
雨希も何も言わなかった。 俺と手を繋いだままだと気づいている筈なのに。 その証拠に、手を小さくギュッと握り直したからだ。
そのせいで俺の心臓は大きく跳ねた。 顔も赤くなっている筈だが、彼女には気づかれていないことにホッとした。
お互いに、何も話さないまま家に帰った。
その間、手は繋いだままで。