相川姉弟①
大学の帰り、バイトも入っていなかったので本屋でも寄ってから帰ろうと道を歩いていたら、後ろから声が聞こえてきた。
「ちょっと」
しかし、まさか自分が声をかけられているとは思わずそのまま歩いていると、腕が急にギュッと柔らかな感触に包まれた。
「何で無視するのよ!」
腕にギュッと身体ごとくっついていたのはなんと雨希だった。
「えっ⁈」
「捕まえたわ!」
「捕まえたって……? えっ?」
「ふんっ! あんたが私を無視してさっさと歩いていくもんだから、こうでもしないと……しないと……」
段々と声が小さくなっていく雨希はやっと自分が何をしているのか気づいたのだ。
「こっ、こうでもしないと無視するでしょう!」
すぐに俺から離れて距離を取った雨希は若干声が上擦っていた。
「いや、無視というか……」
「まっ、まあ、変態には嬉しい出来事だったでしょうね。 こんな可愛い子にくっつかれたんだから……」
「変態って……朝のことはわざとではなかったんだよ」
いけない。 また、朝の出来事を思い出してしまう。
頬に熱が集まってきているのを感じるが、このことを雨希に悟られたらどんなことを言われるかわからない。
「そっ……それよりも、雨希は俺に何か用だったの?」
「えっ⁈」
「ん?」
朝の話題を逸らすために言ったことだったが、本当に逸らせるとは思わなかった。
そして、キョロキョロと周りを見渡し始めた雨希。 他人から見たら挙動不審な動作である。
「…………くん……」
そして、今までの雨希からは想像できないほど小さな声で呟いた。 しかし、俺の耳には届かない。
「…………くん…………った?」
「えっと……」
俺が聞こえていないことに気づいた雨希は最初に出会った時のように睨んできた。
「何で、聞こえないのよ! このバカ! 雨流くんに私のことを言った? って聞いたのよ!」
「ああ、なるほど! 相川に言ったかどうかね」
「……で? 言ったの?」
言ったも何も相川に会えてない。
「相川……雨流君は今日、大学に来てなくて会ってないよ」
「はっ?」
来ていなかったと聞いた雨希の顔はすごい顔をしていた。
「何で! 何で雨流くん、来てないの?」
いや、俺も知らない。
「あんた、友達なんでしょう? 何か知らないの?」
掴みかかりそうな勢いで聞かれたが、知らないものは知らない。
「俺は友達だけど、雨希はお姉さんでしょ?」
そう、俺なんかよりも姉弟である雨希の方が知っていそうである。
俺がそう言えば、雨希はまたしてもすごい顔をしていた。
「……そうね……そう……あんたよりも……あんたよりも……」
そして、段々と声が小さくなっていく。
最早、泣き出しそうな雰囲気である。
「雨流くんのこと……よく知っているし……仲良い……のに」
というか、もう泣いている。 大きな瞳からポロポロと雫が落ちてきている。
「おっ、落ちついて。 ねっ? たっ、偶々連絡しなかっただけなのかもしれないし……」
これでは側から見たら、俺が泣かせたように見える。
「ほら……とっ、取り敢えず……あっ、ファミレス、あそこのファミレスに入ろう! ねっ!」
俺は偶々、目に入った少し歩いた先に建っているファミレスを指差し出した。 ここでは目立ちすぎるため、一旦雨希を落ち着かせるためにファミレスに入りたい。
「ねっ、一旦落ち着こう」
「雨流くん〜。 どうして……連絡返してくれないのよ〜」
「大丈夫だから。 ねっ、一旦落ち着こう。 相川も返事したくてもできなかったのかもしれないし」
俺がそう言ったら、雨希が自身のスマホを取り出して俺に見せた。
そこには、メーセージアプリのようなものでのやり取りだった。 やり取りと言っても、一方通行だ。
「あーー」
何とも返事に困るようなメーセージのやり取り……というよりも一方的に雨希だけがずっと送っているようなものだった。
「ここ、最近……全然返事返してくれないし……」
「そっ、そうなんだ」
「……だから……仲良いあんたの彼女候補になったら関心持ってくれると思ったのに……」
ああ、なるほど。 だから、俺の彼女候補に……。 好きなわけじゃないのか……。 いや、知ってた。 昨日、初めましてだったもん。 知ってたけど……動機を知りたくはなかったな。
俺は、この後何とか雨希をファミレスに連れて行った。
ファミレスに入ったところまでは良かった。 そう、入って席に座ったところまでは……。