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贈る想い ドッグラン  作者: 一無
9/10

どうか最後までお付き合いください。

よろしくお願いいたします。

 〈明るく見えても、人それぞれに悩みを抱えているんだろうなぁ。きっと私なんて、まだまだ修行が足りないな〉

 兄妹を見ていると何故かそう感じるのである。


 悩みの軽重(けいちょう)は、人それぞれである。他人にしてみれば『たかがそんな問題』でも、本人にしてみれば『生きるか死ぬか』の大問題。そして自分の悩みは棚に上げて、人の悩みは『それくらい』で片付ける。

 〈中途半端に真剣に悩んでいる人ほど、そう思うもの。文字通りの死ぬ程の悩み、苦しみを未だ知らない人〉


 公園に生える幾本かの梅の枝は、白や薄紅の(いろどり)で飾られ始めている。

 暖かい日の下で遊ぶ人々は、皆、春の訪れに伴い、ふわふわと浮いているようだ。

 「みっちゃん、ボーッとして、どうしたんだい。陽気が良くて眠くなったの」

 「うん。すっかり春らしくなったなぁ、てね」

 武丸の愛犬、ミニチュアピンシャーが長めのリードに繋がれ、(せわ)しなく動き回っている。

 元気の良すぎる武丸の犬は、休日の散歩を(ひか)えさせられていた。

 道子も人の少ない、特に子供が少ない、平日の散歩の方が好きであった。ただ残念なのは、平日では兄の祐介と一緒、と言うわけにはいかなかった事である。

 〈こりゃ、兄離れに失敗しちゃったな〉

 「本当だね。もうすっかり春だね」

 道子は気付かれない程の苦笑いをした。

 武丸の声には、何時もの元気がない。

 「やっぱり、持って行くのかい」

 「うん」

 「寂しくないかい」

 「大丈夫」

 ふう、と武丸は諦めたように一息ついて、ベンチから腰を上げた。

 「そろそろ、行こう」

 武丸を先頭に、三人は公園の駐車場に停めてある、武丸の車へ向かう。

 三人は黙々と歩く。

 武丸が車のドアを開けると、助手席に犬が陣取り、道子と絹江は後部座席に座った。

 車が走り出し、裏通りから表通りへ出る。

 誰も口を開かない。

 信号を二つ通り過ぎた所で、道子が口を開いた。

 「一緒に行けたら良かったのに」

 「・・・」

 誰も返事が出来ず、またもや沈黙が訪れる。

 「武ちゃん、今まで有り難う。いっぱい、お世話になっちゃった。何も、お返し出来て無いね」

 「・・・そんな、寂しい事を言わないで。友達じゃないか」

 車は東へ向かっている。

 大きな交差点を左へ折れて、遠くに見える山へ向かう。

 標高200m程の、散歩コースとして整備された小さな山である。

 道子の膝の上には、アキの散歩用バッグが乗せられている。

 「もっと早く、連れて来れば良かった」

 道子が、ポツリと言った。

 「そしたら、皆で来れたのに」

 そう言いながら、右手のB5版の黒い手帳を、ぎゅっと握り締めた。その握り締めた右手に、絹江が、そっと手を添える。

 絹江の目から涙が流れ、頬を伝い落ちる。

 「仕方の無い事だよ。あんなに元気だったのに。それにアキちゃんは、寒いのが苦手だったから、皆で春にしようって約束したんじゃないか。残酷だけど、仕方が無いんだよ」

 「アキちゃんは幸せだった。こんなに愛してくれる家族に恵まれたんだから」

 絹江も慰めるように、(つら)さを押し殺すように、そう言った。

 「うん。分かってる。愚痴ばっかり言ってたら、また、お兄ちゃんに怒られちゃう」

 散歩用のバッグの中には、首輪やリード、お気に入りの玩具に、好物のおやつ、寒がりなアキのために買った、小さくて可愛らしい服が入っている。そして、もう一つ。その服に包まれるようにして、白い小さな壺が納められていた。

 「こんなに、軽くなっちゃって」


 道子の塞いだ生活は、暫く続いていた。

 ホームパーティーが終わって、暫く経って幾分、気は晴れたようであったが、元々、不安定であった道子の病を(いや)すまでには至らなかった。

 結果としては良かったのだが、パーティーで盛り上がった分の落ち込みに、暫く苦しめられる事にもなってしまっていた。

 それでも年が明けて、時間と共に明るさを取り戻し、アキのために、せっせと買い物をしたり、天気の良い日には武丸を誘って、公園に散歩へ行ったりもしていた。

 「ゴンちゃんは、今日も留守番だね」

 道子が武丸に問い掛けた。

 「あいつが居ると、アキちゃんが怖がるもんね」

 少し前に武丸の愛犬も誘って公園へ来た時に、アキを見て興奮したゴンは、短い尻尾を健気に激しく振り、アキの気を引こうと、しつこく付きまとい、逆にアキを、すっかり(おび)えさせて、それ以来、アキはゴンを見かけると尻尾を股間に挟んで、道子の背後に隠れるようになってしまった。

 「きっと、夏までには慣れてくれるよ。アキが、もう少し大人になったら、少しずつ慣らしましょうね」

 「だね。アキちゃんが、早く慣れてくれると良いんだけど。ゴンのやつ、テンション高いからねぇ。すぐ興奮しちゃうんだよ」

 「そんなミニピンを選んだんだから、仕方が無いの」

 その時、武丸の携帯が鳴り出した。

 〈平和だなぁ〉

 道子は空を仰いだ。

 「みっちゃん、御免ね。排水の調子が悪いって、池田さんからの呼び出しなんだ。遅くなると思うから、また明日ね」

 手を振りながら足早にマンションへ帰って行く。

 平日の公園は、子供の姿も少なく、アキが子供の注目を引く事も少ないので、道子は平日の散歩が好きであった。

 無遠慮で乱暴な子供が近づくと、アキは道子の陰に隠れ、道子はアキを抱き上げて、子供を避けるように場所を変えるようにしている。

 毎週水曜日が休みの絹江も、時間が取れる時には公園に遊びに来る事もあった。

 「やっぱり分かるのねぇ。喜び方が違うもの」

 道子は感心して、そう言う。

 「あら嬉しい。また、会いに来ましたよ」

 絹江は、そう言ってしゃがみ、優しくアキを抱き上げて頬ずりをする。

 「うーん、私の計算だと、アキと会ってる回数の方が、お兄ちゃんと会ってる回数より多いな」

 「だって、休みが合わないんだもん。あっ」

 道子がニヤニヤしている。

 「やっぱり、ちょくちょく会ってるんだ」

 「引っかかったぁ~」

 絹江が赤くなり、天を仰いだ。

 〈大体、今のペースだと、月三回くらいかな〉

 煙たがられるとまずいので、そこまでは言わない、賢い道子であった。

 「お兄ちゃんはね。強いけど弱いんだ。賢いけど愚か」

 「前にも似たような事を言ってなかった。私にはイマイチわからないんだよね」

 〈そうかもね。絹ちゃんは活発で外向きの人だから、お兄ちゃんの事は理解出来ないかも知れない〉

 道子の心に暗い影が漂って来る。

 〈お兄ちゃんに無いものを、全部持っている。お兄ちゃんが強く()かれるのも良く分かる。でも〉

 道子の心は更に暗くなって行く。

 〈お兄ちゃんには(まぶ)しいだろうな。ウジウジする訳だ。長く続かないかも〉

 絹江がアキのリードを持って、玩具で遊んでいる。

 アキは目の前に投げられたボールへ飛び掛かり、得意そうに絹江の元に持って来る。

 道子は、それを眺めながら二人の事を考えていた。

 「今日は、武丸さんは来ないの」

 「今日は、奥様方と茶話会だって」

 「あら大変」

 「あははは」

 〈確かに大変だ。良く分かってらっしゃる〉

 絹江の事だから、奥様方の相手が気を使う事だと分かっているのだろう。

 〈別れるなら早い方が良い〉

 「お兄ちゃんはね、私と良く似ている所が有るんだ。あら違った。私が良く似ているだね」

 「そりゃ、兄妹だもん」

 「悪い所もね。だから、お兄ちゃんは強いけど弱くて、賢い愚か者なの」

 絹江も所詮女、どこかに打算的な所が有る。兄の負の面を知ったら、離れて行くかも知れない。

 「道子ちゃんは、弱くは見えないわよ」

 「私は弱いけど強い。愚か者だけど賢い。女ですもの。でも、お兄ちゃんは違うの。そこが、お兄ちゃんと似てるけど異なる所」

 道子は自分が嫌な女だと自覚しつつ続けた。

 「自分で言うのもアレだけど、私達、良い人に見られるでしょう」

 「だって、良い人達でしょう」

 〈やっぱり、そう答えるよなぁ〉

 「良く言われるけど違うんだよ。お兄ちゃんも私も、昔は、とても皮肉屋で、捻くれ者で、二人して、よく人の批判をしていたんだよ」

 絹江も、道子が何かを伝えようとしている事は、以前から感じていた。ただ絹江には、それが(うと)ましく感じられたので、聞く気が無い素振りを取っていたのであるが、今日の道子には、それが通用しない押しの強さあった。

 「ちょっと信じられないわね」

 「でしょ。それじゃ駄目だって、お兄ちゃんが高校生の時に言い出して、人間なんて悪い所の方が多いんだから、その人の良い所を見て、出来るだけ受け入れて行くしかないんだ、て。それから二人で色々話しながら、多様性として受け入れる努力を始めたんだよ」

 〈何だか、面倒な生き方ね〉

 絹江は冷めている自分に気付いていた。明らかに道子の話を、適当に受け流そうとしている嫌な自分が居る。

 「難しいのね」

 「だから好きな人なら、どこまでも深く受け入れてしまう。それに、お兄ちゃんは男だから他人のためには、特に大事な人のためには命も投げ出す。全てを棒に振っても、その人に尽くす。そして捨てられて心をズタズタにしてしまう。だから本気の恋に躊躇(ちゅうちょ)してしまうんだ。私は女だから都合が良い時に誘惑して、都合が悪くなれば貝になって、やり過ごせるけど、男の人は、そうも行かないでしょ」

 「そうなのかな」

 「それに偽物の優しさは、自分を傷つけるんだよ。自分を殺して人の機嫌を取るから、代償に自分の心を傷付けてしまう。それでも自己主張出来ない。それが、お兄ちゃんの偽物の優しさ」

 「へぇ、そうなんだ」

 絹江の空々しい態度に、道子は苛立(いらだ)った。

 「絹江さんは幸運な人よ。あなたは間違えなく、今までに無い程、人に愛される経験が出来る。決して、お金じゃ買えない、願っても得られない経験だよ。お兄ちゃんの愛情は、それ程、深いの」

 道子はベンチを立って、黙っている絹江の横に立った。

 「店長とは、きっぱりと手を切ってね。遊びでお兄ちゃんと付き合うのなら、早めに別れて」

 道子の顔が凍りつく。

 「良いの。最初は良いの。でもずっとはダメ。けじめは付けて」

 「・・・」

 道子は初めて店に行った時から気付いていた。

 店長の絹江を追う視線、店長に対する、絹江の粘るような仕草。

 「心配は要らない。好きならば好きな程、その人を傷付けまいとするから、ストーカーになったり、執拗(しつよう)に追い回したりはしない。ただ泣きながら耐えるだけ。だから別れるのは簡単だよ。もう連絡しないで、会うのも嫌です。そう伝えるだけで手が切れる。追っ払われた野良犬みたいにね。捨て犬じゃ無く・・・ね」

 「・・・でも、それって、本当に好きと言う事なのかしら。本当に好きなら引き止めようと必死になるはずでしょ。そんなに、あっさりと諦められるなんて」

 〈やっぱり無理かな。お兄ちゃんは絶対に理解されない〉

 「諦める、かぁ。お兄ちゃんにも出来たら良いのにね。次に好きになる人が現れるまで、苦しみ続けなくて済む」

 〈捨てられても、ずっと尾を引く。それ以上、嫌われたくないから、しつこくしない。ただ、心をナイフで刺しながら、耐えているだけなんだよ。でも、それでも愛情が薄いと言われて責められる。そして、もう過去の男、どうでも良い人に変わって行く。女々しく見苦しい、お兄ちゃん。哀れな未完成品〉

 「あ、そうか。そう言う意味だったんだ」

 道子が突然、何かに気がついたように高い声で言った。

 「何が」

 絹江の端正な額に、その容姿を台無しにするような、深い皺が寄った。

 「人間は誰でも半完成品。欠点だらけだから面白い。完璧なんて退屈なだけで、刺激も何もない。そんな人の側にいるだけで打ちのめされるだろう。お兄ちゃんが二十代の頃に、よく私に言っていたの。私が変わり者で親にも嫌われていたから、慰めるためだと思ってたけど、本気で言ってたんだ」

 絹江は、首を(かし)げている。

 〈絹ちゃんは分からないで良いよ。そこが、あなたの欠点で、お兄ちゃんが惹かれる所でもあるんだから〉

 絹江が完璧なら祐介は親しくならなかっただろう。

 「あぁ嫌になっちゃう。血の繋がりって、どうしようもないね」

 「えっ」

 絹江は意味を図りかねて、キョトンとしている。

 〈私の方が欠点だらけで、お兄ちゃんの事も理解してあげられるのに。神様って残酷だね。兄妹にしてしまうなんて〉

道子はベンチへ戻って、ふぅ、と息を吐いた。

 「梅の花の咲く頃、暖かくなったら、皆でドッグランに行きましょうか」

 絹江が話題を変える。

 「うん行きたい。絶対行こう」

 道子も、これ以上、しつこく話すのはやめようと、絹江の話題に乗る事にした。

 「今度は私が、皆の分のお弁当を作って行くわね」

 「絹ちゃんも料理得意なんだ。参っちゃうなぁ」

 「大丈夫、得意じゃないから期待しないで」

 二人はアキを挟んで、しゃがみ込み、ドッグランの話題で盛り上がる。

 「やぁ、お待たせ。ようやく茶話会が終わったよ」

 武丸が満面の笑みで、マンション側の道を横切り公園の柵を(また)いで、やって来た。

 「何だか盛り上がってるね。良い事でもあったの」

 「良いタイミング。春になったらドッグランに行こうかって話をしていたの。もちろん来るよね」

 「当たり前だよ。絶対に行くよ。茶話会だろうと、総会だろうとサボってでも行く」

 「ははは、総会は駄目でしょ」

 「流石に駄目かな」

 「そう言えば総会の時期だったわね。日程が重なったら、委任状を武ちゃんに預けて、皆で行こうね」

 「みっちゃんは酷いなぁ。絹江ちゃん、そんな冷たい事しないでね」

 「祐介さんが居るから大丈夫。冷たい妹と違いますから」

 「何だか、のろけに聞こえるけど、よろしくね」

 そんな具合にして、アキのドッグランデビューの話が進んで行った。

 祐介の仕事の都合があるので、日程は三月最終の週末、土曜日という事にした。

 絹江の働くショップも、年度末は多忙なのだが、そこは何とか調整するという事になった。


 「お前、絹江さんに何か言わなかったか」

 ドッグランの話が出た、一週間後の事である。仕事から戻った祐介が、軽い調子で道子に問い掛けた。

 「ちっ、あの(あま)、お兄ちゃんにチクったか」

 道子が鼻筋に皺を寄せて見せる。

 「そんなんじゃないけどね」

 「先週、色々話したよ」

 「気を使わせて済まないな」

 祐介が声の調子を落として、そう言った。

 「お兄ちゃんには迷惑かな、と思ったけど」

 「いや良いんだよ。いずれは俺たちの事も、全て分かって貰わなければならないから、理解は出来なくても納得はして貰わないとな。それでダメなら仕方ない」

 コートを脱ぎ、部屋着に着替えながら話を続ける。

 「で、どこまで話した」

 「たいした事は話してないよ。絹ちゃんも、まだ深い話を聞く踏ん切りがついていないようだし、お兄ちゃんの人となりを、ざっと話した程度だよ。絹ちゃん、何か言ってたの」

 「いや、そんな話は特にしなかったが、いつもと違う雰囲気だったんだ。絹江さんも店の事とか、まぁ色々あるみたいだし。少しずつ俺達の事を、引き出そうとしている感じでさ」

 〈お兄ちゃん、店長の事を気付いてるっぽい〉

 「お兄ちゃんは、本気になる踏ん切りついたの」

 「覚悟は出来た」

 〈こりゃ、しくじったらヤバイぞ〉

 「お兄ちゃんらしいなぁ。覚悟なんて大袈裟(おおげさ)な」

 「はぁ、だよなぁ。因果な性格だね。俺達は、いつまで経っても変わり者だ」

 祐介が席について、遅い夕食を始める。

 「うん、美味しい。煮付けも上手になったな」

 「当たり前よ。お兄ちゃんを絹ちゃんに取られたら、私は一人で生きなきゃならないから」

 祐介の箸が止まる。

 祐介は勿論、絹江も適齢期を過ぎかけた女性である。真剣に付き合うと言う事は、そう言う事であった。

 だからこそ祐介の気持ちを、暗く、重くするのであった。

 〈もし、俺が部屋を出たら道子は、どうなるのだろう〉

 祐介が結婚したら、祐介は絹江と一緒に祐介の実家に住む事になるだろう。

 絹江のマンションは、二人で住むには、やや狭い。このマンションも、道子が居る以上は一緒に住むわけにもいかない。かと言って、自分達がこのマンションに住み、道子を実家へ住まわせるわけにもいかない。

 「実家で、一緒に住まないか」

 「何を言ってるのよ。そんな事したら別れちゃうわよ。私が居たら、絹ちゃんと問題を起こしちゃう」

 確かに、そうだろう。仲が良くても、他人は他人である。しかも道子が相手である。

 絹江の性格と道子の性格では、水と油程も異なり、祐介が間に入ったとしても、上手く行きっこない。

 〈今のままでも良いかぁ〉

 祐介の脳裏に、この部屋で一人に耐え切れず、身悶(みもだ)えするように、涙にくれる道子の姿が映った。

 〈そんな事には、させられない〉

 しかし、絹江と別れる決心もつかない。

 祐介の思考は、いつも此処で途切れてしまう。

 〈なるようになるさ〉

 「私の事が足枷(あしかせ)になってるね。それは耐えられないな。それなら私、居なくなった方が良い」

 「そんな事は言うな」

 祐介が真顔で叱る。

 「お前が間違った選択をしたら、兄ちゃんも後に続く。そこまでの不幸を背負えるだけの強さは、俺には無い」

 「強いけど弱く、賢い愚か者」

 道子が言った。

 「お前は弱いけど強く、愚かで賢い」

 〈俺が居なくなったら、何もかも、うまく収まるのかな〉

 いつもの考えが祐介の頭をよぎる。

 「あぁ、良からぬ事を考えてるよね。私も、そこまでは強くないからね。絶対に嫌だよ」

 「春風に 野良犬こそり駆け抜けて 誰にも見えず 野辺に朽ち果つ」

 「ヘタクソ。遠吠えに 野良犬歌う声音(こわね)より 春風の()の 耳に優しく。はぁ、二人とも駄作」

 「参った」

 祐介が頭を下げた。


 春風に 野良犬こそり駆け抜けて 誰にも見えず 野辺に朽ち果つ

 祐介


 遠吠えに 野良犬歌う声音(こわね)より 春風の()の 耳に優しく

 道子

お読みいただきありがとうございました。

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