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贈る想い ドッグラン  作者: 一無
5/10

残照

どうか最後までお付き合いください。

よろしくお願いいたします。

 犬を飼ってから二ヶ月、雨の日以外は毎日のように散歩をしている。

 そんな日曜の午後、道子と祐介の二人は、弁当を作って近所の公園に遊びに来ていた。

 マンションから歩いて五分も掛からない公園で、一時間程も仔犬と遊んでいる。

 長めのリードで(つな)いで、ゆっくり歩き回ったり、しゃがんで(たわむ)れたり、椅子に座って兄弟で話をしたりした。

 秋の空が、やけに綺麗である。

 これまでの出来事や、夏から秋へ、季節と共に移り変わる二人の生活が祐介の脳裏を流れて行く。

 「残照の 風雲(かざくも)過ぎて 秋の空」

 祐介がボソボソと(つぶや)くように()む。

 暫く沈黙が続く。

 「我が身を落とす 葉先の(ひと)(つゆ)

 ハッと道子を(かえり)みた。

 「下の句、(さみ)しいな」

 「お兄ちゃんこそ、明るい読み方じゃなかったよ」

 そう言って道子は、立ち上がり、両手を広げて大きく伸びをした。

 「空気が変わったね」

 「秋の香りがするな」

 「アキちゃん、おいで」

 アキと名付けられた仔犬を、しゃがんで抱き上げキスをして天に差し上げた。

 「この仔は、幸せになれますように」

 「この仔も、幸せになりますように」

 祐介が道子の横に並んで、台詞を言い換える。

 「お昼にしようか」

 「もうちょっと待って」

 「腹減ってないのか」

 「そうじゃないの」

 そう言って道子は、アキを連れて駆け出した。

 アキは流石にイタグレだけあって、体は小さくても綺麗な走り振りである。

 アキが家に来てすぐの頃は、慣れない環境にキョドキョドと落ち着き無く人の後を追い、足元にまとわりついて来るので、歩くのにも気を使う程であった。

 餌も残し気味で多少心配したが、初めての犬ではないので神経質にもならず、環境に慣れるまでは、アキの好きにさせておく事にしていた。

 トイレの覚えは早く、余り手の掛からないアキであった。

 (しつけ)は主に祐介が担当し、最初はペットボトルに小石を詰めたものを、アキの目の前で振って(しか)っていたが、余りにも怖がるので、今では言葉だけで叱っている。

 寝るときは道子の布団を好み、道子の腕枕で休んでいるが、たまに布団の上に粗相(そそう)をして、夜中に怒られたりしているようだ。

 散歩は我が家に慣れた頃に始めた。

 最初の頃は怖がって家から出ようとせずに、道子が抱っこして連れ出す事が多かったが、今では散歩にも慣れ、リードを引く道子の足元に、へばりつくように歩いて、お出かけするようになった。

 そんな一人と一匹を、祐介は秋の穏やかな日差しの中で見守っている。

 「大分、慣れたみたいですね」

 えっ、と振り向くとベンチの後ろに、お洒落な明るい柄で長めのワンピース姿の、ペットショップの吉田が立っている。祐介は慌てて、開いていた黒いB5版の手帳を閉じた。

 「お陰様で、ご覧の通りです」

 「良かった。やっぱり河野さんに引き取って頂いて正解だったわ」

 「こちらこそ、良い仔を頂けて妹も、私も満足しています。どうぞ、お掛けください」

 祐介は立ち上がり、吉田にベンチを勧める。

 「何を書いていらしたんですか」

 「日記みたいなものです」

 ベンチの上に置いている肩掛けのバッグに手帳を仕舞いながら、少し照れた素振りで答えた。

 「しかし、奇遇ですね。近くにご用事でも有ったんですか」

 ベンチに腰を下ろす吉田に、祐介が話題を変えるように質問する。

 「え、聞いて無かったのですか」

 祐介が怪訝(けげん)な顔をする。

 「あぁ、絹江ちゃん。遅いよぉ」

 公園の真ん中で、道子が騒いでいる。

 「あいつの仕業かぁ。申し訳ない。忙しいのに呼び出されたのでしょう」

 「あはは、まぁ、そういったところですね。でも迷惑じゃないですよ。声を掛けて頂いて、とても嬉しかったです。それより折角のデートに、お邪魔だったかしら」

 吉田の目が悪戯(いたずら)っぽく笑っている。

 「人聞きが悪いなぁ。兄弟愛は認めますがね」

 「絹江ちゃんも来た事だし、お昼にしましょうか」

 走ってベンチまで戻って来た道子が、息を弾ませながら、ランチボックスを入れた布地のトートバッグに手を伸ばした。

 「レジャーシートも持って来ているから、あそこの日陰で食べようよ」

 道子は、高さ5m程の楠木の木陰を指さした。

 「行きますか」

 「はい」

 祐介は吉田を伴い、道子の後を追う。

 「芝生も綺麗だね」

 道子が明るく振り向く。

 「そうだな。この公園が、こんなに整備されていたとは思わなかったよ」

 「マンションから近くて良かったですね。ワンちゃんも(うれ)しそう」

 吉田もアキを見つめて微笑んでいる。

 「アキちゃんだよ、私は河野アキで~す」

 トートバッグを芝生の上に置き、アキの前足を取り万歳させる。

 「あらそうだったわね。可愛い名前でちゅね~」

 吉田も、しゃがんでアキに顔を近づけた。

 アキは毎日世話をしてくれた吉田に、鼻をひくつかせながら激しく尻尾を振っている。

 「シートは、この辺で良いのか」

 「うん。お願い」

 道子も吉田もアキに夢中で、祐介の方など見向きもしない。

 「手を洗って来るか」

 シートを敷き終えた祐介が、二人に声を掛けた。

 「大丈夫、お手拭き持って来てるよ。ごめんねアキちゃん。ここに、じっとしててね」

 そう言って道子は、アキのリードを楠木の幹に(くく)り付けて、袋に入った市販のお手拭きを取り出した。

 「今日は、やけに張り切って、いっぱい作っていると思ったら、計画的だったんだな」

 「あら、不満なの」

 「そうなんですか」

 吉田まで道子に合わせて突っ込んで来る。

 「い、いえ、そんな事は全然有りませんから」

 「ねぇ絹江ちゃん、言った通りでしょ。普段は取り()ましているけど、本当は、ちょっと情けないんだからぁ。お兄ちゃんは」

 そう言いながら軽く祐介の背中を叩いた。

 「いつの間に仲良くなったんだ」

 焦って道子に話を振る。

 「よく連絡を取ってたんだよ」

 「私も何だか気になってたので、こうして呼んで頂いて本当に嬉しいです」

 三人はランチボックスを囲んで腰を下ろした。

 道子は手を拭いて紙コップにお茶を注ぎ二人に手渡す。

 祐介も吉田も、お茶を置いて、お手拭きで手を拭いた。

 「このオニギリは、お兄ちゃんが握ったんだよ。私よりも綺麗なんで、ちょっと悔しい」

 「わぁ、本当に綺麗な三角。よく料理されるんですか」

 「一人暮らしをしていたから、たまに作っていました。でも当たり外れが激しくて。味付けは道子の方が上手ですよ」

 「また謙遜(けんそん)してぇ。お兄ちゃんの料理は美味しいですよ。今度、うちに食べに来てくださいよ」

 「ワインでも持って行きますから、是非、お願いします」

 「やったぁ。うちでパーティーなんて初めてだね」

 「だな。だったら、みっともないものは出せないぞ。それまでに少し練習しておくか」

 「お兄ちゃんの手料理三昧だ。嬉しい」

 三人は、わいわい(にぎ)やかに話をしながら、各々紙皿におかずを取って行く。

 「頂きまぁす」

 道子の後に皆も続いた。

 「でも本当に安心しました。アキちゃんは良い飼い主に恵まれました」

 「そう言って頂けると嬉しいなぁ」

 「うん、プロに()めて頂いて光栄です」

 道子も真顔で頷く。

 「と言う事は、恵まれなかった子も居るんですか」

 祐介が聞く。

 「そうですね。理解が無い飼い主さんだと、無駄吠えするからとか、言う事を聞かないだとか、室内でマーキングするとかで虐待(ぎゃくたい)される方も、いらっしゃいます」

 「酷い。それって自分で躾が出来なかっただけじゃない。ペットに当たるなんて最低」

 「本当に、そう思います。上手く飼えないから引き取ってくれと言われた方が、まだマシですね」

 「えっ、そんな人も居るんだ」

 「初めて犬を飼う方で、元気な犬種や頑固な、(くせ)のある犬種を選んだ方に、いらっしゃいます」

 「無責任」

 道子が本気で怒る。

 「ペットを飼うと言う事は、その子の一生を背負う事なのに」

 「皆、道子ちゃんや、お兄様みたいな飼い主さんばかりだと良いのですが」

 「お兄様は、やめてください。何だかムズムズします」

 祐介が優しく言った。

 「では、お兄様は河野さんで、道子ちゃんは、道子ちゃんだね」

 「ちゃんて歳じゃ・・・」

 言いかけて祐介は、慌てて口を(つぐ)んだ。

 「あら、私も絹江ちゃんですよ」

 「お兄ちゃん、失言」

 二人が笑いながら(にら)みつける。

 「申し訳ない」

 祐介はペコリと頭を下げた。

 「良いですよ。その代わり、今度のパーティーで美味しい料理を、お願いします」

 「(かしこ)まりました」


 日が短くなってきたせいか遅めの昼食が終わり、アキとじゃれたり、話をしたりしているうちに、気が付くと日が傾いており、三人とアキの影を地面に長く伸ばしていた。

 「河野さん、道子ちゃん、今日は呼んで頂いて本当に有難うございました」

 「こちらこそ来て頂いて、とても嬉しかったです。道子もグッジョブだ」

 祐介が道子に親指を立てた。

 「でしょ、見直したかな」

 「はいはい」

 「心が籠ってない」

 「ははは。では吉田さん、食事の件は、後日連絡しますね」

 「はい。是非」

 「楽しみにしています。お気をつけて」

 祐介と道子は、暫く絹江を見送っていた。

 「俺たちも帰るか。アキも疲れたかな」

 「お兄ちゃん、タイプでしょう」

 「な、何がだよ」

 「絹江ちゃんよ。絶対に好みのタイプだ」

 「何を馬鹿な事を言ってるんだ。さあ帰ろ帰ろ。アキ~帰るぞぉ」

 「あ、絹江ちゃんが戻って来た」

 「えっ」

  慌てて振り返った祐介を見て、道子は笑っている。

 「お前なぁ、良い歳をして好い加減にしろよ」

 「うん。でも絹江ちゃんなら、私も文句言わないよ」

 そう言う道子の横顔に夕日が当たり、暗い影を作っている。

 「お兄ちゃんは、兄妹一緒ならそれで良いよ」

 そう優しく言った。


 「夕空晴れて秋風吹く

  月影落ちて鈴虫鳴く

  思へば遠し故郷の空

  ああ、我が父母いかにおはす」


 道子が『故郷の空』を、小声で口ずさみ、祐介も二番から歌声を揃える。


 「澄行く水に秋萩たれ

  玉なす露はススキに満つ

  思へば似たり故郷の野邊

  ああわが弟妹(はらから)たれと遊ぶ」


 「『秋風吹き』だよ。何時まで経っても治らないね」

 「私は、これで良いの」

 冬の訪れを予感させるような秋の風が、二人の間を吹き抜ける。


 残照の 風雲すぎて秋の空 我が身を落とす 葉先の一露

 上の句 祐介

 下の句 道子

お読みいただきありがとうございました。

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