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贈る想い ドッグラン  作者: 一無
3/10

麦稾帽子

どうか最後までお付き合いください。

よろしくお願いいたします。

 八月最後の土曜日、祐介は道子を連れて、街の中心部に来ていた。

 道子にしてみれば、久しぶりの繁華街である。

 「パスタ、美味しいね」

 道子は、カルボナーラを頬張(ほおば)りながら、嬉しそうに言った。

 「タラコパスタも美味いぞ。ちょっと食べてみるか」

 「うん。交換しよ」

 二人は、皿を交換して一口二口、食べ比べてみる。

 「タラコも美味しいね。でも辛すぎ、タバスコの掛け過ぎだよ」

 道子は皿を戻しながら、コップの水を口に含くむ。

 「これくらいが美味いんだ」

 この店は、アーケードから少し外れた所にある、地元では評判の良い店で混む時間帯を外したつもりであったが、それでも客は多く、しばらく待たされてしまった。

 午前中は道子の買い物に付き合い、それ程多くもない買い物袋を車に置いてから、昼食を摂っている。

 「昼食が終わったら、ペットショップに行ってみようか」

 「お兄ちゃんは買い物しないの。買い物があるんだったら、その後で良いよ」

 「今日は特に無いなぁ。秋物も去年買ったしね」

 二人は食事を終えて店を出ると、ゆっくりとアーケードへ向かった。

 土曜日の街は活気に溢れ、道ゆく人の表情も明るく輝いて見える。

 「今日は、ありがとう。久しぶりに街へ出て良かったよ」

 道子が、ふざけて祐介の腕を取り右腕を絡めてくる。

 「よせよ」

 軽く腕を払おうとするが道子は、にこりと笑って、しっかりと腕を組んだ。

 「恋人同士みたいに見えるかな。知り合いに見られたらまずいかな」

 意地悪そうな顔を作って問い掛けて来る。

 「別に、まずくは無いが恥ずかしいだろ」

 「お兄ちゃんは彼女を作らないの」

 「出会いが無いだけさ。でも、生きているうちに死ぬほど愛されたい。でも、それは贅沢な夢かな」

 少し間を開けて道子が口を開いた。

 「私に気を遣っているのなら嫌だなぁ」

 「そんな事あるか。知り合う機会がないだけだ。周りにも紹介してくれと頼んでいるし、バーに行ってはナンパもしているんだぞ」

 〈お前みたいな恋人なら、どんなに幸せな事だろう〉

 流石に声には出せない思いであった。

 「あっ、それで時々朝帰りなんだ」

 「誤解するなよ。大概失敗さ。マスターと馬鹿話をして遅くなるだけだ。哀れなくらい花が無いよ」

 「へぇ、お兄ちゃんは、モテると思うんだけど」

 通りを右に折れてアーケードに入る。

 アーケード内にも人が溢れ、不景気な頃を忘れさせる賑わいだ。

 道子はアーケードに入ると、流石に手を離して祐介の横を歩いている。

 祐介は道子のバッグを右手に持ち、機嫌良さげに歩いている。

 「まだ居ると良いな」

 「本当だね。居なかったら寂しいなぁ」

 ペットショップの看板が近づいて来た。

 自動ドアが開き中へ入ると、ペットショップ独特の臭いに包まれる。

 「あそこだよ。ああ、まだ居たよ」

 「きゃー、あの仔ね。すごく可愛い」

 道子は祐介の手を取り、足早に引っ張って行く。

 「わぁ、本当にそっくり。胸の白い所も、尻尾の先っちょが白い所も、よく似てるぅ」

 「先っちょ、て子供かよ」

 道子には、もう祐介の声が耳に入っていないようだ。いや、また後で突っ込まれるかもしれない。

 「四ヶ月か。本当に小さいね。あの子より少し小さいくらいかな」

 道子の横顔が桜色に輝いて見えた。

 「こっちを見てるよ。何か言いたそう。首を(かし)げてる」

 更に早口で(まく)し立てる。

 「よろしかったらケージから出しましょうか」

 いつの間にか、この間の店員が後ろに立っていた。

 「どうしよう。良いかなぁ」

 「良いんじゃないか」

 「お願いします」

 店員はポケットから鍵を取り出し、扉の錠を開けて、そっと仔犬を抱き上げた。

 「こちらへどうぞ」

 店員の後に従い少し奥に行くと、柵で仕切られた『ふれあい広場』と書かれた柵で囲われた小さな空間に入り、仔犬を道子に渡した。

 「この中なら放しても良いですよ。飛び出さないようにお気を付けくださいね」

 「有難うございます」

 道子は暫く仔犬を抱いて、頭を撫でたりしていたが、ゆっくりとしゃがみ、そっと仔犬を床へ降した。

 仔犬は尻尾を激しく振って道子に立ち掛かり、ぴょんぴょんと跳ね回る。

 「小さいけど、とても元気なんですよ」

 「私も、この仔と似たイタグレを飼っていたんですよ」

 「この間、彼氏さんが来られた時に、絶対犬好きだと思ったんです」

 「兄ですよ」

 「えっ」

 「これは私の兄です」

 「これって・・・私の妹です」

 「失礼しました」

 道子が祐介の顔を見て、面白そうに笑っている。

 「申し訳ありません」

 「良いんですよ。気にしないでください」

 祐介は苦笑いしながら言った。

 「それより、この仔、ひょっとして山崎さんの仔ですか」

 「はい、そうですよ。お知り合いなんですか」

 店員の吉田は、びっくりしたように答えた。

 「やっぱり。私が飼っていたイタグレも、山崎さんから(ゆず)って頂いたんです。この仔と、そっくりだったから、きっと姉妹だよ」

 「そうでしたか。この仔も小さいから、山崎さんは店に出したがらなかったんですが、店長が無理にお願いして、うちで預かる事になったんです」

 先程から店の入り口付近で、こちらの様子をチラチラと伺っていた店長が、振り返って会釈をする。

 仔犬が道子の手にじゃれつき、甘噛(あまが)みをしている。

 「飼いたいなら飼っても良いぞ」

 「えっ、本当」

 「ああ」

 「どうしよう。あの子が亡くなってから、もう飼わないって決めたんだぁ」

 吉田は口を挟まずに、成り行きを黙って見ている。

 「道子の好きにすると良いよ」

 道子は仔犬を抱え上げて、その顔を覗き込む。

 「あなたは長生きしてくれるかなぁ」

 〈どうやら、飼う事になりそうだ〉

 財布の中が少し気になったが、カードもあるので、まぁ良いかと店員を振り返る。

 「金額は応談とありますが、お幾らですか」

 「お客様なら山崎さんも文句は無いでしょうから・・・」

 祐介だけに聞こええるように、小声でささやく。

 「えっ、その金額で大丈夫なんですか」

 祐介は思わず店長へ振り向くが、吉田は笑顔で(うなず)く。

 「ご存知のようにイタグレは、とても活発で運動量が多い犬種です。とにかく走るのが大好きですよね。それを理解している飼い主さんじゃないと駄目なんです」

 「私もよく、ドッグランに行ってました。ボールを投げてあげると、すごい勢いで駆け出すんですよね」

 「小型犬最速は伊達じゃないですよね」

 「そうなんですよ。また走っている所が格好良いんだぁ」

 道子と吉田は同い年くらいであろうか。やや吉田の方が年上か。

 「それに、とても甘えん坊で怖がりで、焼き餅焼きな構ってちゃんですから、優しく(しつけ)られる、しっかりした飼い主さんが良いんです。お兄様がいらっしゃった時も、今日、お二人のご様子を見ても、良い飼い主さんだなと感じたんです」

 「良し決めた。お兄ちゃん、飼っちゃおう」

 「うん。じゃ受け入れ準備をして、後日、引き取りに来ようか」

 「駄目よ。決めたからには今日引き取るわ。ケージは実家にあるし、食器やトイレなんかは、今から一緒に買えば良いじゃない。フードも仔犬用のプレムアムを買わないとね」

 「と言ってますけど、今日、引き渡して貰っても大丈夫ですか」

 「飼い主さんの準備が整うのなら、大丈夫ですよ」

 「じゃ、まずは小物から見てみるか」

 「はーい」

 仔犬を吉田に返し、食器や首輪、リードが置いてある棚へ移動した。

 仔犬は吉田が抱っこしている。

 祐介は棚の横に積んであったカゴを取り、道子を先に立たせて、その後に従う。

 水とフード用の陶器で出来た食器を選び、身繕(みづくろ)い用にブラシをカゴに入れ、仔犬用シャンプー、玩具、可愛らしい首輪とリードもカゴに入れた。

 首輪は引っ張ると首が閉まるチョーカーで、革にビーズの装飾がしてある。

 チョーカーは慣れない人が乱暴に扱うと、不必要に犬の首を絞めてしまい、緩め過ぎると首輪が抜け易いのであるが道子は、ずっとチョーカーを使っていたので、なかなか扱いが上手かった。

 リードもチョーカーに合わせて、細いピンクの革製を選んでいる。

 「フードは、TN食品の幼犬用オーガニックね。お兄ちゃん」

 「はいはい」

 祐介は、まだ何か選んでいる道子の指示で、ペットフード売り場へ行く。

 ペットフード売り場にはオヤツも売ってあり、ついでに国産の幼犬用カルシウムスティックもカゴに入れた。

 道子は、どうやら仔犬用の服を選んでいる様で、店員の吉田と楽しげに会話している。

 〈立ち直る切っ掛けになれば良いが〉

 心の中で、そう思った。


 帰路、祐介達はケージを持ち帰るために実家を訪れた。

 仔犬は道子が大切に抱っこしている。ペットショップのレジで代金を支払っている時から、ずっと抱いたままであった。

 ペットショップを出る時に、店員の吉田が二人に名刺を渡し、困った時には何時でも連絡をする様に、と言ってくれた。

 二台停められる広さがある駐車場に車を停めて門扉を開け、玄関へ向かう。

 祐介にしてみれば、二週間振りの実家である。

 家は在来工法の平屋建てで、建坪は三十六坪ほどである。

 カラカラと引き戸を開き中に入ると、人の住んでいない家独特の、(よど)んだカビ臭さが匂って来る。

 二人は締め切られてムッとする屋内を奥へ進み、リビングのサッシを全開にした。

 「私、随分久しぶりのような気がする」

 「人が住んでいないと、あっという間に古びる気がするなぁ」

 リビングから見える庭には、もう雑草が茂っている。

 「この間、草取りしたばかりなのに、まさに廃屋って感じだ」

 「やだぁ、悲しい事言わないでよ」

 本気で嫌な顔をしている。

 「俺は、ちょっと草取りをするから、道子はケージを畳んで車に乗せられるように頼むよ」

 「ラジャー」

 祐介は玄関からサンダルを持って来て、サッシから庭へ降り、草取りを始めた。

 実家の間取りは両親が使っていた部屋と祐介、道子の部屋、客間、リビング、それにダイニングとキッチンをカウンターで仕切った、4LDKである。

 道子は自分の部屋へ行き仔犬を降ろしてリードをドアノブに括り付け、板張りの床に置かれているケージを畳み始めた。

 祐介が草取りをしている庭には、膝丈(ひざたけ)くらいのセイタカアワダチ草や、ペンペン草、イネ科の雑草などが茂っていて十分程でも、抜いた草が山になっている。

 庭は周りの家に比べると、それ程広くは無く、十五坪程であろうか。

 その庭には塀に沿って三メートル、幅一メートル位の、両親が手入れをしていた家庭菜園があったのだが、今では見る影も無く荒れ果てている。

 父が体を壊してからは荒れるに任せていたので、尚の事、見分けが付かなくなっていた。

 三十分後、ざっとではあるが背の高い雑草は無くなった。

 まだ小さな雑草は残っているが、それでも見違える程、すっきりしている。

 「道子、こっちは終わったよ」

 庭の角にある水道で手を洗い、足についた泥を洗ってジーパンの汚れを払ってから、サンダルを履いたままリビングの(ふち)に腰を下ろす。

 「こっちも、終わってるよ」

 道子が乾いたタオルと雑巾を祐介に渡す。

 雑巾で足を拭いてリビングに上がり、丹念に手を洗った。

 石鹸をつけて、しっかり洗うが草のアクで汚れた指は、なかなか綺麗にならない。

 暫く汚れと格闘していたが、大概で諦めてリビングのソファーに腰掛けた。

 腰掛けた後も汗が頬を伝い、顎先から(したた)っている。

 「ご苦労様」

 「おう」

 そう応じつつ、タオルで頭から首筋まで一気に汗を拭った。

 「チビ助は大人しくしていたか」

 道子は床に座って、仔犬と玩具でじゃれている。

 「元気なもんよ。チビ助じゃないわよ。ちっちゃいけど女の子だもん」

 仔犬は縄の両端を結んだだけの、道子が買ってきた玩具に噛り付いて遊んでいた。

 一人前に唸り声をあげている。

 「名前はどうするの」

 「ずっと考えているんだけど・・・」

 道子は左に首を傾げて、考え込んでしまった。

 「チビ子、こちにおいで」

 「変な名前で呼ばないでよ」

 そう言う顔が笑っている。

 〈こんなに明るい笑顔を見たのは何時以来だろう〉

 「それにしても、お兄ちゃん、頑張たね。庭、綺麗になった」

 祐介は日差しに香る、夏草の山に目をやった。

 〈親父はマメに手入れをしていたな〉

 視線の先には埃をかぶり、壁に掛かったままの、父愛用の麦藁帽子(むぎわらぼうし)があった。


 蝉の声 背に負う日差し 稾帽子 瞼に浮かぶ 亡き父の背よ

お読みいただきありがとうございました。

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