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大地 2

そんなこんなで妹は予定通り、あいつは予定外で俺と同じ学校に入学してきた。


俺も入学してから知ったんだが、うちの学校は父兄に卒業生がいると合格ラインががぐっと下がるんだとか。俺が入試対策してなくても合格したのはそのせいみたいだ。なので入学後に落ちこぼれる率も高く問題になってるらしいが、入ってしまったからには落ちこぼれたくないのでそこから真面目に勉強して中の上くらいの成績はキープしている。そして同じ理由で合格したんだろう妹が同じように努力出来るか怪しいと思っている。




聞きにくいけど、附属駄目だったのかって春休みに会った時あいつに聞いた。難関校だしそんな事もあるだろうって。でもあいつは「手続きしてもらえなかったの」って言った。受からなかった、じゃない。受かったのに、手続きしてもらえなくて通えなくなったって。

それ以上聞かないで、という雰囲気を出されて俺は黙らざるを得なかった。私立はうちを受けるって話も受かったって事も聞いてたけど、附属に落ちても地元の公立中に行くだろうと思ってた。妹と更に六年一緒なんてありえない、条件が落ちる学校だとしてもそっちを選ぶだろうって。そうならなかったって事は、多分おばさんが強引に進めたんだろう。

何でも相談してくれって言ったら泣きそうな顔で「実はお願いがあるの」って言われた。頼ってもらえて嬉しいのに、その内容は悲しいものだった。






入学式の日。在校生は登校日でなかったが、俺は新入生の案内係に立候補していた。

そわそわしながら待っていると、あいつが妹達と一緒に登校してきた。


「今日は上級生はお休みじゃなかったの?」

あいつは目をまん丸くして驚いてみせた。

「見ての通り、手伝いで参加してる」

本当はあいつは俺が今日駆り出されてる事を知っている。俺たちが「そこまで親しくないですよー」と伝える為の台詞だ。あいつが俺を信頼してくれた事は嬉しいけど、そっけない態度を取らなくてはいけないのが悲しい。


それにしてもおかしくないか?うちの女子の制服は、白い襟がついたクラシカルな紺のワンピースで「大和撫子らしい」デザインだという。本当に純日本人かっていう掘りの深い顔立ちの妹よりもあいつの方が似合うに決まってる、そう思っていたのに。

サイズの合っていない制服は成長を見越した新入生らしい姿と言えなくもないが、それでもぶかぶかすぎる。それに髪。一本のみつ編みにまとめているんだが、数日前に会った時よりずいぶんと痛んで見えた。うちの学校は化粧は禁止だが髪型は割と自由だ。制服と雰囲気は合うが、ぼこぼことしたみつ編みは「気合を入れて身なりを整えてきました!」という新入生の中で浮いている。

あいつの顔が青ざめたのは気のせいじゃないと思う。その後の入学式でも、あいつはずっと俯いて下ばかり見ていた。




入学式後、妹とあいつと母とおばさんで顔を合わせる。

そんな時、一人の女性がこちらに近づいてきた。担当の学年が違うんで関わった事が無かったが、うちの学校の先生だ。


「もしかして蘭さん?」

その人は母に話しかけた。

「そうよ、つぐみさん。お久しぶりね、卒業以来?」

母の学生時代の知り合いのようだ。妹も挨拶してるけど、中学生にもなって教師にママとかやめてくれ。

「そっちはなずなさん、かしら?」

先生は次におばさんに向かい合った。おばさんは覚えが無いようできょとんとしている。

「相変わらず蘭さん以外に興味ないのね」

ちょっと気になる台詞を残して先生は去っていった。






母は学生時代に有名だったようで、当時を知る教師や父兄から声をかけられる事が増えた。入学してから二年経つのに妹を見るまで気づいてなかったらしい。

そういえば、俺の入学式は母方の祖母が急に亡くなって両親とも参列してなかった。その後の行事も母はほとんど来ていない。来られなかったのか来なかったのかは知らないが、妹の入学式も父に任せる予定だったのにおばさんに連れ出されたようだった。






ところで、うちの学校は違う学年の連中が協力しあう授業が一定数あるのが特色だ。これ目当てで入学してくる層も一定数いる名物プロジェクト、学校名を取って『鷹プロ』というんだが、二年間参加してわかったのはこれが「選別の場」だという事だ。固定のグループで取り組む年間の課題と流動的なメンバーで挑む短期課題。週に一コマの活動だが、それが六年続く。

アイデア出しに下調べに予定の調整、ものによっては工作や力仕事。貢献の方法は何でもいい。評価は個人ではなくグループに与えられるので上級生は使える新入生を早めにチェックするし下級生は使えない先輩の情報を共有してリスク管理をする。

妹は外面がいいし新入生って事でしばらくはやり過ごせそうだけど、絶対ブラックリスト入りするだろう。反対にあいつはいい意味で注目されるのは間違いない。「平穏に目立たず卒業まで過ごしたい」というあいつの願いを叶えるにはどうすればいいんだろう。






俺は妹とあいつが入学してくる前から、親しい友人には事情を話して協力を依頼していた。妹が何をやらかすかわからなくて心配だから気をつけて見て欲しいって。


「聞いてた通り、すごく可愛いけど媚びがひどくてキツい」

「本当にお前の妹?全然似てないじゃん。外見だけじゃなくて中身もさ」

「ゆりえくんにすごく興味あるよ、自分が悪人だって意識がゼロなのがすごいね。授業以外でも話しかけていいかな、お兄ちゃん♡」




妹とは、性格が合わないと気づいた小二の時から微妙な距離で過ごしてきた。男女の兄弟だし、そんなもんかと妹も思っていたようだ。

それなのに、俺が友人に話を通していた事が気に入られたらしく「何だよ本当はワタシのこと大好きなんでしょ」とか言ってきた。全力で否定したけど妹の脳内では照れ隠しって結論が出たらしい。

俺は知っている。この状態の妹に何を言っても無駄だと。

それから、何故か妹と過ごす時間が増えた。面倒だけど、貴重な情報収集の場として割り切っている。


「小学校の頃、協力してくれなかった時あったっしょ」って言われた時にはヤバいって思った。頭の軽い妹の記憶に残っていたなら相当な事件扱いだ。

まずは何の話かわからないという振りをして、話題を変えてひたすら妹を持ち上げてみた。目に見えて機嫌がよくなった妹だが、はっきり言ってチョロすぎる。

お前、そんなんでこれからの人生大丈夫なのか?お前の人生はどうでもいいけどお前に何かあって俺に被害が及ぶのは困るんだよ。


両親にも妹をしっかりしつけた方がいいと伝えているんだが、父は甘え上手な妹の本性をわかってないし、母も性格上強く叱ることがないから妹は反省したふりをするだけで終わってしまう。

何かもう、妹だけじゃなくて両親にもあいそがつきそうだ。






不思議な事に、妹にはファンというか取り巻きみたいなのがそれなりの数いる。小学生の頃は運動ができて声が大きくて強気な奴が上に立つのは納得だったが、進学しても継続してるのは何故なのか。


放課後の教室で、気心の知れた悪友にその疑問をぶつけてみた。

「見た目だけは超を三つくらいつけていい美人だからね。その上あのダンススクールに通ってるんだろう?お母さんも伝説が残ってて先生方や父兄にも注目されてるし、憧れる子がいてもおかしくないと思うよ」と言われる。

「あんなに根性曲がってるのに?」

「強気なのを実力があるから、わがままなのを芯があって流されないからと勘違いしてるみたいだね。僕の学校の生徒にそんなのがいるとは情けない」

わざとらしくため息をついているが、目がすわっていてかなりご立腹のようだ。


僕の学校、と言うだけの理由がこいつにはある。母親が学校の創設者の一族で事務方の重鎮。父親も理事の一人。こいつ自身も生徒会のメンバーとして学校のために駆けずり回っている。

うちの生徒会は部活扱いで、学校一ハードな団体として有名だ。5年生が会長、3年生が副会長を務めるのが慣例でこいつもこの春から副会長をやっている。

「今年の1年生は要注意だな。そうだ、お前の幼馴染も噂になってるぞ」

「どんな噂だよ」

俺は聞いてないぞ、といらいらしながら悪友に尋ねる。

「入試の成績がダントツでトップ。特に作文の出来が良くて、少し手直しすれば大きいコンテストに応募できるレベルだって国語の先生が言ってる」

予想外な内容に驚いて目を見張ると、親しい相手にしか見せない黒い笑顔を向けられた。

「ちょっと待て。何でお前が入試の成績なんて知ってるんだ」

当然の疑問をぶつけてみる。

「生徒会は入学式の進行役だからね。新入生代表の挨拶は入試の成績がいい子にお願いするんだけど、その調整も生徒会に任されてるんだ。で、最初の候補がお前が気にかけてる子だってわかったから僕が連絡を取ったんだけど」

悪友は爽やかな笑顔でこう続けた。


「彼女の母親、相当ヤバそうだね」


本当は部外者に詳細を教えたくなかったが、知られてしまったならこいつは味方に取り入れた方がいい。

「はあ。バレてるなら仕方ない、おばさんって時々言動がおかしいんだよ」

「断った上に『もっと相応しい子がいる』って猛プッシュしてきて、さすがの僕もびっくりだったよ。本人と話させて欲しいと言っても糠に釘でさ。彼女はそんな話があったことを未だに知らないかもしれないね」

そう言ってくすくす笑う姿もわざとらしい。

嫌なことに、おばさんが『もっと相応しい子』に誰の名をあげたかわかってしまう。おばさんの言動がおかしくなるのは、うちの母か妹に関わる時ばかりだから。

「色々すまん。それと、教えてくれてありがとう」

こいつが情に流される奴だとは思わないが、礼はきちんとしておきたい。

「ちなみに、先生や先輩達には断られたことは伝えたけど理由は話してない。本人が辞退したと思ってるだろうね」

俺はため息と共に告げる。

「れんげは目立たず静かに過ごしたいって言ってるから、本人と話しても多分断られたと思うぞ」

そう言うと、悪友はにっこりと笑ってみせた。

「目立たず静かに、か。無理じゃない?」

「鷺沢もそう思う?」

俺が項垂れてそう言うと、よしよしという風に頭を撫でられた。ウザい。男によしよしされても全く嬉しくない。いや、あいつ以外の女子にされるのは絶対嫌だから男にされた方がマシなのか?

「だって彼女、優秀だろ。目のきく上級生はもうチェックしてると思うよ」

「れんげが認められるのは嬉しいんだけど、ゆりえが癇癪起こす未来しか見えない」


そうなんだよ。妹とあいつは互いを嫌っている。でも問題はそこじゃないんだ。


俺だって嫌いな奴はいるしぶん殴りてーと思うこともある、けどよほどの事がなければ実行はしない。世の中のほとんどの奴はそんな感じだろう。

だが妹は愚かにもそれを実行して、何故か周囲に納得させてしまう圧があるのだ。

「だったら僕にれんげくんを預けてくれないかな?」

悪友は感情の読めない真顔でそう言った。






悪友が、爽やかな笑顔を妹に向ける。

「ゆりえさんが生徒会に入ってくれたらいいのになー」

これは演技。知っていても全く自然なやり取りにすごいな、と思う。

「生徒会ですか?センパイのお役に立てるならやぶさかでは無いですけどぉ」

俺が事前に「絶対に怒らせてはいけない奴」だって伝えていたせいか、他の奴に対する時より態度がましな気がする。というかやぶさかなんて言葉知ってたのかお前。

俺は事前に用意されていた台詞を口にする。

「鷺沢、俺の妹に重労働で有名な生徒会を勧めるな」

「はは、今年の一年は希望者が少なくて手が足りないんだよ」

「内申は良くなるけど、拘束時間長いし地味な雑用が多いし一部生徒には恨まれるしロクなもんじゃないだろ」

さっきまで興味津々だった妹のテンションが一気に下がったのが分かる。俺に「気がきくじゃん」って目線を向けてくるのがウザい。

「ワタシは習い事もあって長時間の部活は無理なんですよ。ご期待に添えなくてすみません、先輩」

そう言う妹に、悪友もそれ以上誘うことはなくこう続ける。

「ゆりえさんみたいな可愛い子に激務を強いるのは僕も嫌だからね。でも知り合いにいないかな?ちょっとキツい業務でも学校の為ならって力を貸してくれそうな子」

本当にこいつ外面はいいんだよなあ。

「そうですねぇ」

誘導されているとも気づかず、妹は微笑んだ。






その後、あいつはは生徒会に入った。

悪友が事前に話を通してくれていたおかげで目立たない裏方の仕事をしているが、気遣いが出来て仕事が早いと言うことで上級生に可愛がられているそうだ。


悪友が実情を知らない妹に「いい子を紹介してくれてありがとう」と皮肉を言ったら「ぜひ使い潰して欲しい」って応えたらしい。いかにも言いそうだったから「あんなのと血が繋がってると思われたくない」とボヤいたら悪友はじめ生徒会のメンバーみんなによしよしされた。

解せん。




妹は見た目は爽やか中身は腹黒な悪友が自分に恋していると勘違いしてる。で、悪友がその勘違いを増長させるような行動をするから面倒くさい。

「ゆりえくんって、芸能界目指してるんだろ?こんなに単純で大丈夫なの?」

顔は笑っているが、妹の「あなたステータスはそれなりだから告ってくるなら付き合ってあげてもいい」というあからさまな態度に辟易しているようだ。

「ヒバリも同じような事言ってたな」

思い浮かべたは俺の一学年下の、妹と同じダンススクールに通っている子だ。

面倒見がいい姉御肌で、校内でもファンが多い。俺とは親に頼まれて妹をダンススクールに迎えに行った時に、妹が後輩に理不尽な要求をしていたのをそれとなくさばいたのを見られて以来、よく話しかけられている。ちなみに悪友に気があるらしく、情報を横流しして感謝されている。


そうだ、彼女にも妹とあいつの関係を話しておいた方がいいな。






何でか知らんが、学校の教師に妹の信奉者が何人かいる。妹の見た目が母そっくりなのが関係してるらしい。うちの学校の教師はOBOGが多くてうちの両親を知ってる人が結構いる。

母が学生時代モテてモテて仕方なかったって話は聞いた事がある。過去の栄光を大袈裟に言ってるんだろうと思ってたんだけど、逆に控えめに話してたんだって知ってびっくりした。




「蘭さんはよその学校にもファンが多くて、校門前に出待ちの列が出来るのもよくある事だったよ」

と話すのは国語の教師。

「美人なのに奢らず誰にも優しくて、学校中の男子が夢中だった」

これは四年の学年主任。

「だからゆりえさんが入学してきて、蘭さんと瓜二つでびっくりしたところに名前を聞いて更にびっくりだ、野草…いや、君のお父さんと結婚までいってたなんて」


なんでも父と母は学生時代からつきあっていたのだが、そのつり合わなさに「美女と野獣」ならぬ「美女と野草」と呼ばれていたらしい。

確かに父は野獣感ゼロだけど野草感はある。俺ももうちょっと父に似ていたら目つきの悪さで怖がられる事もなかっただろうか。


「あの鷹匠先輩に見向きもせず、地味だけど堅実な男を選んだってことで男子の間ではよけい評判が上がって」

「内気で大人しい蘭さんがタンカ切った時はもう心臓撃ち抜かれたかと思った」

うちの両親は子どもから見ても仲がいい。いや、正確には仲が良かった、かな。最近は妹を溺愛する父と危機感を持つ母で意見が分かれて言い合いをする姿をよく見る。


「お話聞かせてくれてありがとうございます。初めて聞く事が多くて驚きです」

無難にそう返すと、教師の一人が気になる事を言い出した。

「入学式の時に見たけど、なずなさんは今でも蘭さん大好きなんだねえ」


お、これはきちんと把握しておいた方がいい話題な気がする。

俺は昔語りをしたくてたまらない様子の教師たちに再び向き合った。

面白い、続きが気になるなど思っていただけたならブックマークや評価(☆1も歓迎)頂けると嬉しいです

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