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れんげ1

私には幼馴染の兄妹がいる。

口調は乱暴だけど世話焼きで頼れる二つ年上の大地くんと、お人形さんみたいに可愛くてキラキラしてる同い年のゆりえちゃん。私は隅の方で本を読んでいるのが好きで、人気者の二人とは釣り合わないと思ってる。






二人とは生まれる前からの付き合い。母親どうしも幼馴染で、同い年の娘が生まれて嬉しいわね親子ともども仲良くしましょうねってきゃっきゃうふふしてる。


家が近所だから幼稚園もそのうち通う小学校も一緒。それだけじゃなく母が子連れでしょっちゅう互いの家に遊びに行く。おばさんと大地くんのことは好きだけど、ゆりえちゃんとは好きなものもしたい遊びも違いすぎて気まずくなる事が多い。






小学生になると私は我慢するのをやめた。


いつものように一緒に遊びに行こうとする母に「一人で行って」って言ってやった。すると母はきょとんと首を傾げて「何で?」って。もう小学生だし一人で留守番してるからって言っても早く支度しなさいの一点張り。図書室で借りてきた本を読みたいからさっさと出てって欲しい。

イライラして、つい「ゆりえちゃんと顔合わせたくないの」って本音をこぼしてしまった。学校では仕方ないけど、放課後まで一緒なのは嫌だよ。ゆりえちゃんだってそう思ってるよ。

そうしたら母がしつこく理由を聞いてきて、さすがに「嫌いだから」とは言いづらくて「ケンカしてるから」と嘘をついた。ううん、半分は嘘じゃない。最近のゆりえちゃんは、言葉も態度も私を嫌いだってことを隠そうとしてない。

だから置いていって、とお願いしたのに母は「それなら仲直りしなくちゃね」って引きずるように私を連れていってしまった。泣きながらやって来た私を見ておばさんがびっくりして、ゆりえちゃんは「いつも以上にブサイク」って他の人に聞こえないように悪口をいっぱい言ってきた。帰り際、おばさんがものすごく心配して「こんな状態で連れて来て無理矢理謝らせるなんて、子どもにすることじゃない。困ったことがあったら遠慮なく相談して」って言ってくれたのが嬉しかった。大地くんが留守でこんな姿を見られなかった事が唯一の救いだった。


次の日、大地くんが「何かあった?」って私のところに来てくれた。よかった、おばさんは「大地くんには話さないで」って私のお願い守ってくれたんだ。

だって大好きな大地くんには、私の情け無い姿を知られたくないから。






そんなある日、一人でうちに来ていたおばさんが母と言い争いをしていた。見つからないようにこっそり家を抜け出した私は、夕方になっても「ケンカがまだ続いてたら」と怖くて帰れず公園のベンチで膝を抱えていた。見通しのいい場所だったから、誰かが気づいて連絡したんだろう。辺りが暗くなった頃、母が迎えに来た。母は何も言わなかった。その後ろについて黙って歩いて帰った。




少し経ってから大地くんが、おばさんがスーパーでパートを始めたって教えてくれた。ゆりえちゃんが小学生になったら働こうと考えてたって言うんだけど。この前の事が関係してるんじゃないかって思うのは私の考えすぎかな?




ゆりえちゃんのことは好きじゃないけど嫌いでもない。挨拶するけど会話はしないくらいの関係でいられたらいいなって思うんだけど、母は毎日のようにゆりえちゃんと一緒に過ごすように言ってくる。

何でなのか知らないけど、母はゆりえちゃんが私より好きなのだ。前から感じてた。知ってた。はあ。面倒くさい。




このままじゃ私は一生ゆりえちゃんと縁が切れない、どうすればいいんだろう。

母は二度と当てにしない。

大地くんには心配かけたくない。

おばさんはどこまで信じていいのかわからない。




私は母を説得するのは諦め、家にいる時間を減らす事にした。図書館や児童館や公園、不自然じゃ無い場所へとランドセルを置くのももどかしく向かうようになった。

大地くんとは学校や公園で一緒に遊ぶ。変わらず接してくれるのが嬉しい。大地くんといるとほっとする。好きって知られたらゆりえちゃんに嫌なことされそうだから態度に出ないよう気をつけている。


そうしてやり過ごす日々。たまに母に待ち構えられてたり、うちにゆりえちゃんがお呼ばれされたりして逃げられない事もあるけど前に比べたらだいぶマシ。






そうやって過ごしていたある日。

「私、れんげちゃんに謝りたくて」と一人の女の子に頭を下げられた。


同じクラスの菊花さん。ほとんど会話はした事が無い。ゆりえちゃんの「取り巻き」だって思ってた。

放課後、人気のない裏庭に私を連れて来た菊花さんが泣きそうな顔でそう言ったから。私は慌てて「菊花さんに謝られる理由が無いよ。どうしてそう思ったの?」って返した。菊花さんは「私のこと嫌いになると思うけど、れんげちゃんに聞いてほしい」って言って、何があったか教えてくれた。


ある人が、私の悪口を言っていて。菊花さんはそれが嘘だってわかったけど反論できなくて、むしろそれに乗っかるような発言をしてしまった。菊花さんとは別の人がそれを否定して場は収まったけど、自分の振る舞いが恥ずかしくて迷惑だろうけど私に謝りたくなった。

それを聞いて嬉しかった。

私の悪口を言ってたのが誰かなんて明らかなのに、他人を貶めたくなくて言葉を選ぶ菊花さん。こんな素敵な人が身近にいたのに気づかなかったなんて。

菊花さんは「あのね、れんげちゃんがよく読んでる少女探偵シリーズ、私も好きなの。本当は話しかけたかったのに、周りの目が気になって出来なかった」そう言って目を伏せた。

「探偵団で誰が推し?」って聞いたら「大林ちゃん!探偵団のみんなのことを好きで好きでしょうがないってわかるから!」と言った後、やっちゃったとばかりに周りを見渡して。そこで私と目があって吹き出した。「私、

好きなものを好きって言うのが恥ずかしかったんだけど。れんげちゃんはそういうの馬鹿にしないんだね」

そして改めて言ってくれた。

「私、れんげちゃんともっとお話したい。れんげちゃんの事って人から聞いた話ばかりだったから、自分で直接確かめたい」

誰から何を聞いてたかはわかる。そして私と仲良くするデメリットを知ったうえで菊花さんは私と友達になりたいって言ってる、本当に?

ゆりえちゃん相手なら絶対信じないんだけど。菊花さんは信じていい気がする。でもこれは言わなくちゃいけない。

「私と友達になったら、きっとひどいことになるよ」

「今もひどいんだから。我慢しなくていいだけマシだよ」


菊花さんは優しい人だった。いつもキラキラしてるゆりえちゃんに憧れて近くにいるようになったんだけど、自分の理想と違うことに気がついて戸惑って。

私に全部話そうって来てくれた菊花さんは強い人だと思う。

凄いよ、私には真似できない。




それから菊花ちゃんとは学校の中でも外でも仲良くしてもらっている。

素敵な友達が出来て、私は幸せだ。






そしてゆりえちゃんは私を無視するようになった。

よかった。お互い好きじゃないんだから、関わらないのが一番だと思うんだ。

ゆりえちゃんと仲がいい子達も私をいないものとして扱うようになった。快適。これからも是非、私とは違う世界で過ごして欲しい。




そんなある日の放課後。菊花ちゃんと図書室で最近のお気に入りを紹介しあっていたら、読みかけの本を教室に置き忘れてきたらしい事に気づいた。

一人で行くよって言ったけど菊花ちゃんがついてきてくれたのがうれしい。でもそんな気持ちも教室に入ると吹き飛んでしまった。


ゴミ箱に打ち捨てられている私の本。


何で?

私を嫌いなのは別にいいよ。だけど本に当たるなんて。どうしてそんなひどい事出来るの?

さすがにショックで動けずにいたら、菊花ちゃんが拾い上げて丁寧にごみを払ってくれた。無言で差し出されたそれを受け取る。その後、菊花ちゃんは私を家まで送り届けてくれた。


しおりが無くなっているのに気づいたのは次の日のこと。昨日の昼休みまではちゃんとあの本にはさんであったのに。

慌てて学校中を探してまわる。例のゴミ箱もひっくり返した。そんな私を見てゲラゲラと笑う一団がいるけど、必死で全く気にならない。私の様子を見かねた男子が一人、探すのを手伝ってくれた。菊花ちゃんも落とし物のコーナーを見に行ってくれたりと協力してくれる。昨日立ち寄ったところは全部見たけどどこにも無くて、家にあるかもしれないと二人にお礼を言って探すのをやめてもらった。

本当はわかってる。昨日はランドセルからあの本を出してない。家で落としたはず無いって。それでも一応家中を探した。しおりは見つからなかった。


次の日、菊花ちゃんが私を教室から連れ出した。私に謝ってきたあの時みたいだ。

すっと両手を私に向けて差し出す。上に向けられた手のひらの上には探していたしおりがのっていた。

「今日になってもう一度見たら落とし物コーナーにあったよ」

そう言って渡してくれた。嬉しくて、ぽろぽろ涙が出てきた。


これは父が今年の誕生日にプレゼントしてくれたものだ。

父は私が小学校に入る前から単身赴任していてほとんど家にいない。お互いどう接すればいいかわからなくて会話も少ないんだけど、これをもらった時、私の好きなものをちゃんとわかってくれてたんだって心が温かくなった。

「最初は本にしようと思ったんだけど、しおりの方が長く使ってもらえるかなって。何色にするか迷って、蓮華の花みたいだと思ってこれにしたんだ」

本当は黄色の方が好みなんだけど、父が私を思って選んでくれたのがわかったから蓮華のような濃いピンクはその時から特別な色になった。

父と違って母のプレゼントは私を思って選んでないのは明らか。私に似合わない派手なアクセサリーばかりでここ何年かは一度もつけずにしまいっぱなしなんだけど、その事に気づいているのかも怪しい。


おかしいって気づいたのは家に帰ってから。

菊花ちゃんはわざわざ人のいないところへ移動した。教室で渡してはいけない理由があったのだろうか。例えば、見られたら困る人がいたとか。そもそも、落とし物コーナーにあったというのは本当なんだろうか。

菊花ちゃんが言わないなら、私からはこれ以上聞いてはいけない気がした。




親切にしてくれた男子とはそれから時々話すようになった。


藤田くんは目立たない子ってイメージだったけど、情報通で男子の間の噂話なんかを教えてくれる。

「れんげさんが一部からシカトされてるのを気分悪いって思ってる奴も多いんだけど、直接何かされてる訳じゃないし、つついて本格的なイジメになっても困るから放置してる感じ」

無視されるのはむしろ気楽でいいから放置継続で、と私がお願いすると藤田くんは声をあげて笑った。大人しいタイプだと思ってたけど意外とはっきりものを言うんだなって。そうだよ、猫かぶってるのってにっこりしてみせたら大ウケしてばんばん背中を叩かれた。そんなに力は入ってないけどちょっと痛い。私は口数が少ないせいか大人しくて優しい人って思われてるけどそんなことは無い。

「男子でもあいつらに近いグループあるけど、見た目はよくても中身が残念な女に媚びてどうするんだか」

私も藤田くんが意外とはっきりものを言うのにびっくりする。

「俺はあんなのより、れんげさんや菊花さんの方が可愛いと思うけど」

そんな事を言われて更にびっくり。

「面倒になるから言わないだけで、そう思ってるの俺だけじゃないぞ」

女子が集まってはどの男子がかっこいいとかあの子私に気があるみたいとか話すのと同じで、男子も裏で色々言い合ってるんだとか。

「私はともかく、菊花ちゃんの方が可愛いってのには同意」

急にそんな事聞かされて恥ずかしくなってそう言うと、もう一発、今度は思い切り背中を叩かれた。






ある日気づいた。中学になればゆりえちゃんと違う学校になるのでは。

大地くんは家から少し離れた中高一貫校に進学したんだけど、ゆりえちゃんもそこを受ける予定だという。私はそことは別の附属中を受検したいと思って担任の先生にも相談していた。

母にはまだ何も言っていない。二人で話したら私の意見は通らないに決まってるから、父も家にいるタイミングで話をしようと思ってる。縁遠く感じていた父だけど、私の味方をしてくれそうだって今なら思えるから。




最近は出来るだけゆりえちゃんの視界に入らないよう注意している。

来月は連休があるから、そこで父が帰ってきてくれたらいいな。早く、円満に縁遠くなれますように。

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