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大地 1

俺には幼馴染がいる。

頭がいいだけじゃなく気遣いができて、顔立ちが派手な妹と並ぶと清楚さ可愛らしさが際立って見える。






あいつとは物心つく前からの付き合いだ。母親どうしも幼馴染で、年の近い子がいて嬉しいわね親子ともども仲良くしましょうねってきゃっきゃうふふしてる。ウザい。母親と子どもは別の存在だろ、俺が誰と仲良くするかは俺が決める。

妹とあいつはガキの俺から見ても性格合わなくてチグハグしてんのに家は近所、幼稚園もそのうち通う小学校も一緒、母親混みでしょっちゅう行き来してるから一緒にいる時間が長くてどっちも不満そうだ。なのに母親二人は何も気づいていない。友達やめたいと思っても親の手前言いづらいし、難しいよな。






あいつが小学生になると俺は我慢するのをやめた。


母に「母さんがおばさんと会うのは自由だけど、毎回子ども連れてくの俺たち三人とも迷惑してる」って言うと同行させられる事が少なくなった。三人ともって勝手に言ったけど、妹にもあいつにも感謝されたんで結果オーライだ。

あいつとは親と関係ないところで会いたい。それをあいつも受け入れてくれて、妹がいない場所だと安心するのか前より生き生きしてる気がした。






ある日、妹が風呂に入ってる時に「変なこと聞くんだけど」と母が深妙な様子でやってきた。

「ゆりえとれんげちゃんって上手くいってないの?」

今更何を、と思った。

「明らかに相性最悪だろ。二人ともいつも嫌そうにしてんのに気づかないの何でだよって思ってたぞ」

ちょっと待て。逆に言うと何で急にその事に気づいたんだ?きっかけがあった事は明らかだ。母を問い詰めたけど泣き出してしまって聞き出せなかった。


その後風呂から上がってきた妹はご機嫌だった。




それから一週間くらい経った頃、母が外に働きに出る事になった。昼から夕方にかけてのスーパーのレジ打ち。

「ゆりえも小学生になった事だし、老後の資金を増やしておきたいから」なんて言ってるけど、気の弱くて家族とおばさん以外と話すのが苦手な母がその決断をした理由が先日の一件なのは明らかで。

妹とあいつ絡みでおばさんと喧嘩したらしく、おばさんが連日謝りに来るので家にいる時間を減らす為にそうしたようだ。

そのまま疎遠になるかと思ったが友達やめるまではいかなかったみたいだ。

しばらくしたら仲直りしたらしくまた週一以上のペースで遊びに行っている。今までの毎日べったり一緒にいるのが普通じゃなかっただけで十分仲良しだと思うんだが、おばさんは物足りないらしく何故か母でなく妹を誘って二人で出かけるようになった。そういえばおばさんは前から妹を褒める言動が多いんだよな。見た目はいいけど性格最悪なのに。

妹はチヤホヤしてもらえるし美味しいもの食べたりプレゼントをもらったり出来るからと喜んで誘いに応じている。母には内緒らしいが、妹とおばさんのお出かけ中はあいつとゆっくり過ごせるから告げ口するつもりは無い。たまたま鉢合わせてしまった時に口止め料として菓子を渡されたので買収されたふりをしている。

あいつも母親より俺と一緒の方がいいと言ってくれる。

ずっと一緒にいたい。

守ってやりたい。

もっと頼られる男になりたい。

その為にはすればいいんだろう。






放課後の教室で、数人の女子に涙ながら訴える妹の姿を見かけたのは偶然だった。


「ワタシ、れんげにイジめられてるの」


他人から見えないところで意地悪されたりパシらされたり。親や先生に訴えても優等生のれんげの言う事を信じてワタシが嘘を言ってると思われてる、など出まかせがすらすら出ること出ること。

うぜぇ。そんな雑なシナリオが通用するとかお前本気で思ってんの?気づいてねぇのが不思議なんだけど、周りの女子はお前の言葉疑ってるぞ。言葉は合わせてるけどバカにしてんの表情で丸わかりだから。

俺が動かなくてもこの話は信用されずに終わるだろうけど、あいつの耳に入ったら悲しむんじゃないかと思ってさっさと終わらせる事にした。


「お前らどこに目ぇついてんだよ。こいつが大人しく人の命令きくと思うか?宿題写させろって勝手にれんげのカバンからノート持ってくような奴だぞ」


突然現れた俺に目を見張る妹と、こいつ誰?という表情の女子たち。ほっとした様子のやつもいるな、その場を乗り切る為とはいえあいつを落とすのが心苦しかったんだろう。お前はいい奴だな、顔を覚えておこう。

そして俺の一言で流れが変わった。

「私、ゆりえがれんげちゃんに掃除当番押し付けてるの見たことある」

「いじめられて泣き寝入りする子じゃないよね」

手のひらを返して妹を口撃する女子たち怖い。

そしてこんな低俗で頭の悪ぃ妹がいる俺って不幸だわ。






その後、俺は家から少し離れた私立の中高一貫校に進学した。友達も行くし近所の公立でよかったんだけど、両親の出会いの場でいい学校だから是非お前も行けと言われると否定するのも面倒で、受かったらいくわって言ってたら大して勉強もしてないのに受かってしまった。




色々あって懲りたのか、妹はあいつをいないものとして扱うようになったようだ。

前より気楽ってあいつは笑うけど俺は知っている、妹はとことん根性がひん曲がってると。これで終わりとは思えない、警戒は続けなくては。






ある日の放課後、家の近くで一人の女の子に声をかけられた。

「ゆりえちゃんのお兄さんですよね?」

見覚えはあるんだけど、誰だっけ。

「れんげちゃんの事でご相談が…」

その子は今にも泣き出しそうな顔で言葉を絞り出した。大人しそうな女の子が面識の無い年長の男子に話しかけるなんて、相当な覚悟で来たんだろう。

「君は、れんげの友達?」

そう尋ねたら少しだけ表情が明るくなった。あいつにいい友達が出来た事が嬉しかった。




「…という事があったんです」

人に聞かれない方がいいだろうと判断して、誰もいないのを確認してから家に上げた。男と二人きりというのは怖いかもしれないが、緊急事態のようだし勘弁してほしい。

れんげが大事にしていた持ち物が無くなってとても悲しんでいる。その状況がちょっと不自然で、色々思うところがある。淡々と話していた彼女は、妹の名を出すことも無ければ責める様子も無かった。それが逆に彼女の怒りを表すようで恐ろしい。

わかる。俺も同じ状況なら妹が犯人だって思うわ。


「お兄さんだけが頼りなんです」

確かに俺なら何とか出来るかもしれない。

「君が俺に助けを求めてきたの、れんげは知らないんだよな?」

そこはちゃんと確かめておきたい。

「れんげちゃんはやさしいから。証拠が無いのに人を疑うのを嫌がると思って」

そうだな。

「うん。言いたいことは大体わかった」

彼女に手をグーで出させて、そこにこつんと拳を当ててみせる。

「ありがとな。れんげにこんないい友達がいてよかった」

そう言うと、彼女はとうとう泣き出した。

「れんげちゃんが、お兄さんのことよく話してるから、来て…その。ありがとうございます」

「俺こそ、頼ってくれてサンキューな」


そういえば、この子前にもれんげを気にかけてた子じゃないか?覚えてたつもりだったけど、女子は区別がつきにくくてなぁ。

そして俺の目つきが悪いせいで怯えさせてるようですまん。




今日は母はパート、妹は習い事でしばらく帰ってこない。という事で妹の部屋をガサ入れしたらものの五分で探し物は見つかった。学習机の引き出しに無造作に押し込められたしおりは、あいつが使ってるところを俺も見たことのあるものだった。


俺はこの事を両親や学校にも伝えるべきだと主張したが、彼女の意見は違った。

「れんげちゃんがお母さんに怒られます」

何で?持ち物を取られて、汚されて、完全に被害者なのに。

「話にしか聞いてないですけど、そういう人らしいんです」

確かにおばさんはあいつと妹が絡むと言動がおかしくなる事があるんだけど、さすがにこの状況でそれはないんじゃないか?でも彼女は決して譲らなかった。もし、俺よりこの子の方があいつの事をよく知ってるんだとしたらすごく悔しい。

結局、彼女の「この事が知られたら、ゆりえちゃんからの嫌がらせが酷くなると思うんです」という意見には賛成だったのでしぶしぶ同意した。ただし、同じような事が続くならその時は容赦しないと付け加えた。


しおりは彼女が上手くあいつに返しておくという。

俺はこの事件を知らない事になっているので、慰めの言葉ひとつかけてやれないのがもどかしかった。






その後連絡先を取り合うようになった彼女によると、妹はあいつを完全に無視しているがそれだけで、目に見えるトラブルは起きていないという。


表沙汰にしない方がいいと言った彼女の気持ちも今ならわかる。

問題は解決していないが、下手につつくと事態が悪化しそうで手が出せない。俺は常に近くにいてやれる訳じゃないから、なおさらだ。






ある日気づいた。中学になればあいつと妹は違う学校になるのでは。

妹は俺と同じ私立を受けるはずだし、あいつは他に行きたい学校があるって聞いた事がある。

あいつが学校でのびのびと過ごせる日が早く来ますように、と俺は祈った。

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