『速字と筆記具』
六代将軍の御代、将軍世子は御幼少であったが、将軍は、みずからが壮年であることをよすがとして、世子を海外に留学させることにした。
選ばれたのは豪州である。当時の豪州がどのようであったのかをつまびらかに記した書物はないが、かの地が選ばれた理由の一つに、時差がないことがあろうことは、想像にかたくない。
留学はごく短期間であったが、帰国後、世子は、オージーと愛称されることになる。
一方、江戸市中の下町と呼ばれるあたりに、富がいた。富は、ごく貧しい家の生まれであったし、事実、父親も、人のものをかすめとるようなことをして、何とか暮らしていた。
しかし、富の亡くなった母親は、決して身分が低くはなかったとうわさする者もある。物腰、言葉遣い、知識など、少なくとも名のある家の出であったものが、没落を強いられたものかもしれない。
夫婦の関係も、およそ夫婦らしくなかったと見る者もあった。どこかよそよそしいというか、当時には珍しい、妻が主で、夫が従であるような、そんなふうであった。富の名も、母親がつけたのだという。妻の実家が大宮か大寺かでもないと、息子の名前を母親がつけるなどあり得ない。文字を知っているかもあやしい。あるいは、そう、武家や公家の出なら、そのくらいの素養はあるかもしれない。
富の名は、終止形で読むのが正しい。連用形だと名詞化してしまい、現在富んでいることを意味するが、終止形なら、先々そうなるという意味になるのである。このあたりも、命名者の博識をうかがわせる。やんごとなき生まれの者が、世の動きに翻弄されて身をやつしたということなのであろうか。
だから、というのもおかしな言い方かもしれないが、富は、読み書きはできたし、何より速記ができた。速記ができるなどというのは、宮中の方々か、将軍様の御一統、そのほか数えるほどしかいないのだが、富は誰から速記を習ったのかというと、近所に住む安藤龍雲という老人からである。富の母親と縁続きの者らしいが、詳しいことは誰も知らない。
富は、この安藤龍雲から、天文、算術、兵法、詩歌など、あらゆることを学んだ。なかんずく、神代のことを記した古事記について、安藤龍雲は、惜しむことなく、富に伝授した。富は、速記のほうが楽しかったが、古事記の話も聞かないと、安藤龍雲先生の機嫌をそこねるので、聞いているうちに詳しくなってしまった。古事記の先生の弟子ということで、富は古事記と陰で呼ばれることになる。
安藤龍雲から、この国の政体を学んだとき、富は将軍をこの目で見たいと思った。いや、将軍は城の中にいるはずだ。将軍の子供なら、城の外で遊んだりしないだろうか。せめて、城の外からちらとでも見られないだろうか。どんな色、どんな大きさだろう。偉い人は大きいと聞くが、どのくらいだろうか。
矢も盾もたまらず、富はお城へ駆け出した。しかし、中へ入ることができない。門の外から中をうかがいつつ、行ったり来たりしていると、門番に捕まった。
どうやら門番といえども、偉いらしい。かなりの大男である。着物のえりをつかまれて、母猫にくわえられた子猫のようになっていると、
「何をしている、下ろしてやれ」
と声がする。子供だ、と、富は思った。
門番は信じられないほど小さくなって、その子供にわび、門のわきで直立不動の姿勢に戻った。
「門番が乱暴をした。許せよ」
子供の口調にしてはおかしい。
「そちの名は何と申す。ここで何をしておった。菓子でも食うか」
富が、名を名乗り、将軍の姿が見たかったが、無理だと思ったので、その子でもいいと思ったのだが、門番に捕まって、果たせなかったこと、菓子は食べたいことを伝えると、子供は、富に紙にくるんだ金平糖を分けてくれ、
「運がよかったな、わしがその将軍世子だ」
と、身分を明かした。
富が驚きおののいて、ひざまずこうとすると、世子はそれを制し、
「お前は、まっすぐなやつのようだな。城の中の、一くせも二くせもある連中とは違うようだ。ついてこい。少し話をしよう」
否とも応とも言わないうちに、世子様はすたすたと行ってしまわれた。富はついていかざるを得ない。
大きな建物の中に入ると、世子は、富に着がえるように言った。
「見たところ、わしとお前は、背格好が似ておる。わしの着物を着て、まげを整えれば、見間違えるのではないかと思ったが、わしの見立てどおりじゃ。どうじゃ、しばらくわしのかわりに、城にいてはくれまいか」
富は固持するも、世子は本気の様子。
「二、三日でよい。実はわしは速記を学んでおるのだが、高名な速記の師範が、南部藩から江戸に来ておってな。会うてみたいのだが、守役が、わしが速記ばかりに興味を持つとか言って、城に呼ぶことができぬ。南部藩に帰られては、生涯会うこともできぬ。助けると思うて、頼む」
富が、自分も速記を学んでいることを伝えると、世子は、速記シャープを見せるように言い、富が速記シャープを見せると、懐紙に試し書きをして、
「よいシャープだ。プレスマンというのか。わしのシャープはこれだ」
と、世子が渡してくれた速記シャープは、ずしりと思い金属製。恐らく、金。無垢ではないにせよ。
「入れかわっているあいだ間、あやしまれぬよう、速記シャープを交換しよう。このシャープを持っているのは将軍世子たるわしだけじゃ。お前がわしではないと見破られそうになったら、そのシャープを見せて、夜中じゅう速記をやっていて、顔がむくんだとでも言えばよい。よくあることだから、切り抜けられるはずじゃ」
そんなにうまくいくものかと不安を感じながらも、世子の頼みを聞くことにした富。
富に、富の服を着せてもらいながら、どこかが痛そうなそぶりの富に、どうしたのか尋ねると、その痛みの原因が、さっきの門番に乱暴に扱われたせいであることがわかると、世子は、門番を懲らしめようと、部屋を出ていってしまう。
門番は、富の格好をしている世子を見つけると、世子をすばやく子猫吊りにし、門の外に放り捨てた。
世子は、門番に、
「無礼者。わしを世子と知っての…」
と言いかけて、名乗ってしまっては、富を困らせることになると思い、
「わしの名はオージーだ、覚えておけ」
と大声で名乗ったものの、門はもう閉じられ、世子はついに、自分の意思で城の外に出た瞬間であった。
富は、一言も口を聞かない白装束の侍女たちによって、着ているのかいないのかわからない柔らかな寝間着に着がえさせられ、ふっくらとした布団に寝かされました。ふすまが空いたままの次の間で、一人残った侍女が、目を合わせないようにこちらを見ています。富は、君ももう寝なよと声をかけましたが、体を固くしたまま、一言も口を聞きませんでした。
富は、日の出とともに目を覚ましました。ゆうべは妙なことがあったので、疲れていたのでしょう。布団に入ったとたんに寝てしまったようです。
目が覚めたら、ゆうべのことも夢になるのではと思いましたが、ここはやっぱりお城の中でした。
幾何学模様の地味な着物を着た侍女たちが、寝間着を脱がせてくれ、絞った手ぬぐいで体を拭いてくれ、着物に着がえさせてくれました。帯には、世子と交換した速記シャープを差してくれました。
朝食のお膳が運ばれてきて、富は驚きました。朝だというのに、白米と、おみおつけと、焼き魚と、おひたしと、香の物とあるのです。
侍女の一人に、全部食べるのかと尋ねると、世子様のよいようにと言われました。食べてみたら、意外と簡単に全部食べられましたが、侍女たちは全員右往左往して大変でした。どうやら、食べ尽くしてはいけないようです。
日中は、どこそこの大名が挨拶に来たとか、お庭に何とかの花が咲きましたとか、大抵は、適当に相づちを打っていれば済むようなことばかりでしたが、母と名乗る人と会ったときだけは、何を話せばいいのかわかりませんでした。自分の息子を世子様と呼ぶ人と、世子様は何を話したのだろう、などと思ったり。
世子様は、大変でした。
準備ができ切らないうちに、城から放り出されてしまったのです。持ち物と言えば、富の速記シャープだけです。銭も持っていません。
銭がなければ、空腹を満たすこともできません。
空腹になるとよろけます。よろけると人にぶつかります。人にぶつかるとけんかになります。いいことはありません。
「無礼者」
こう言えば、目の前の相手が必ずひれ伏すと思っていたので、相手が言い返してくるとは思いませんでした。そっちがぶつかってきたんじゃないかと言われると、なるほどそうかもしれません。
世子様が相手を言い負かせずにいると、一人の男があらわれて、かわりに謝ってくれ、相手も面倒になったものか、立ち去っていきました。
世子様は、男に名を尋ねますと、男は、人に名を訪ねるときは、自分が先に名乗るべきだと言われました。なるほどそうかもしれません。
「世は将軍世子である」
男は、まっすぐに世子様を見詰めます。こんなところでお目にかかれるとは、などと言うつもりでしょうか。
結果は違いました。男は世子様を、頭がおかしい子供だと思ったのでした。
その上で、男は、平戸留守居役と名乗った上で、今は留守居役の任を解かれていることを話しました。
世子様は、平戸留守居役が連れていってくれた安宿で、とりあえず空腹を満たし、体を休めることができました。もめ事から救ってくれ、食べ物と寝床を用意してくれたことに、深く感謝するのでした。
翌日、平戸留守居役は、世子様を連れて、あちこちを回ります。貧しさに苦しむ者の数の多さにも驚きましたが、そういう者たちが、ろくろく調べもせずに犯罪の下手人として捕縛されることや、金貸しの異教徒が、わずかなことで死刑になるのを見て、将軍になったら、このような社会のひずみを正そうと思うのでした。
そんなある日、将軍危篤の報が江戸町内を駆けめぐります。
世子様は、父将軍の死に目に会うため、お城へ急ぎます。
富は、病床の将軍から、枕元に呼ばれ、後継に指名されます。
何を言われても、はいとしか答えなかったので、にせ物と知られずに済みました。
早馬が都へ飛び、新しい将軍宣下の勅使が下向されます。残り時間は十日というところでしょうか。
世子様は、平戸留守居役に供を命じましたが、このときばかりは断ります。なぜといって、自分が将軍世子だと思い込んでいる子供と、お城にのりこんでいったら、子供は助かって、自分は命をとられるかもしれない。
しかし、そんな正直なことは言えませんので、将軍になるなら、自分だけの力でなってみろよなどと言ってみたところ、世子様は、その気になられたのです。
世子様は、平戸留守居役に、
「これまでの功績を認め、改めて平戸留守居役に任ずる」
と告げますと、平戸留守居役は、大笑いしながら喜びました。そうして、お礼にと、一本の速記シャープを、世子様に献上しました。
世子様は、この速記シャープを見て驚きました。世子様の速記シャープと、そっくり同じだったのです。
世子様は、この速記シャープどこで手に入れたのか尋ねました。平戸留守居役が、お城に忍び込んで、富から奪ったのかと疑ったのです。
平戸留守居役の答えは違いました。平戸留守居役であった父親が、世子様のおじいさまに当たる前将軍から賜ったものだそうです。
どうやら、平戸留守居役は、本当に平戸留守居役だったようです。
しかし、今は、それどころではありません。世子様は、平戸留守居役に、速記シャープは借りていくから、次の将軍の宣下の儀式が行われるとき、必ずお城まで来るようにと念を押して。
世子様がお城に着いたとき、勅使様も到着済みであった。
世子様は、当然に、門番にとがめられたが、速記シャープを見せると、門番は瞬時に恐れ入った。
門番に馬を用意させて本丸に急ぎ、大広間に飛び込むと、将軍宣下が始まるわずか前であった。
世子様は、直ちに富と入れかわると、将軍宣下を受け、富を近習に取り立てた。
次いで、将軍お披露目の行列を仕立て、市中をくまなく見て回った。市中を見たかったのではない。
新将軍は、見物人の中に平戸留守居役を見つけ、富に命じて城内に召し、正式に平戸留守居役に任ずると、直ちにこれを罷免して長崎奉行に任じた。
爾来、長崎奉行は、舶来の速記シャープを見ると、将軍に送って沙汰をあおぎ、将軍はこれを長崎奉行に下賜したという。
この新将軍の治世は、長く続かなかったため、この話を知るものはほとんどないという。
教訓:意外と速記は出てこない。