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MENTAL DOWN  作者: 菅原やくも
1/2

前編

 薄明るい部屋、時計の秒針の音が、妙にはっきりと聞こえているような気がした。


 身体は相変わらず、ダルさを感じる。いつもの朝だ。部屋のカーテンは閉まっているが、隙間から外の光が細く差し込んでいた。朝だ。


 夢の中で、俺は普通に過ごしている。現れる人とは普通に会話をするし、身体を動かすのに強い意志や決心は必要ない。ただ、現実では違う。


 どこでなにがどうまちがったというのだろうか……。最初、ダルさは疲れのせいだろうと思った。休息を取れば時期に元に戻るだろうと。なのに、そうはならなかった。次第に朝起きるのも苦痛に感じるようになった。結局、病院にも言ったけど、検査で身体に異状はなかった。


 そして最終的には、精神科にまで行って軽度の鬱と診断された。ハッキリ言って、病院や医者は信用していない。心当たりがなかったし、どうしてそうなるの? という思いの方が強かった。

 でも、自分自身の力だけではどうすることもできなった。気合で乗り切れないことがあっていいのか? 不条理とはこのことだ。


 薬もそんなに効果があるように感じなかった。でも飲むのをやめたときは、もっと辛くなった。結局、今も飲んでる。こんな生活になって、どれほど月日が経ったかよくわからない。両親は半ば呆れているというか、どうとでもなれというような諦めの気持ちがあるように思えた。ただ、姉貴だけはずっと気にかけてくれるような感じだが。


 姉貴はいつも家を出る前に、勝手に部屋に入ってくるなり、

「せめて朝陽くらい拝みなさい。日光でセロトニンよ」

と言って部屋のカーテンをバサッと開いて出て行く。これはいわゆる、ありがた迷惑というのだろうか……。

 最初は不愉快だった。が、こちらが根負けした。父と母はどこか腫物に触るような態度だったが、姉貴はそうして、まあ普通に接してくれた。というか姉が単にマイペースな性格というのもあったのだろうけど。


 そういえば今朝は、親も姉貴も部屋に来た気配がなった。まあ……そういう日もあるだろう。

 また布団をかぶって寝ようとして、なにか違和感を覚えた。なにか、いつもより異常に静かな気がした。

 部屋の時計に視線を向けて、目を凝らした。九時四十五分だった。父も母も姉も仕事に出てしまっている時間だ。家の中が静かなのは当たり前だけど……外が、静か過ぎるような気がした。

 家の前の道を行く車の走る音だとか、隣人のおばさんが玄関前の掃除をするときの箒の音とか、近所のよく吠える犬の声、あるいは鳥の鳴く声だとか。そいうった喧騒が聞こえていないような気がした。まあ、どうでもよかった。ただ妙に気になって、二度寝はできなかった。


 やっとの思いと決心で、布団から、ベッドからはいずり出た。いずれにしても、昼過ぎにはどうせトイレに行きたくなる。それなら、たまにはちょっと早く起きてみてもいいではないか。

 そら、やった。文字通り一歩前進だ。

 若干フラフラするけど、階段を降りて一階の洗面所に向かった。トイレを済ませて、洗面所で顔を洗う。これだけでも今の自分には大仕事だ。


 それからキッチンに向かった。


 部屋に入るなり、目の前の光景に愕然とした。それとも、自分の脳はゲームなんかより酷いバグを起こしたのか? テーブルの上には朝食が準備途中の状態でおかれていて、テーブルの横には父が、流し台の近くで母が、二人とも倒れていた。

「親父?……母さん? 大丈夫?」

 駆け寄って、父と母の身体を揺さぶったが反応はなかった。

「なんで? なにが……」

 あまりにも何があったのか? その非現実的な光景に、呆然として、それから頭の中でどっとアドレナリンが出てくるような感じがした。

「き、救急車呼ばないと」

 足がもつれてよろけてその場に倒れそうなるも、何とか持ちこたえた。それから廊下にある電話に向かった。

 受話器をひっつかんで番号のボタンを押そうとしても、上手くいかなかった。指が震えた。

 一一〇は警察、じゃない、九一一は、それは海外ドラマだろうが! そうだ、そうだよ一一九だ!


 しかし、呼び出し音が鳴るばかりで誰も出なかった。

「あくしろよ!」

 受話器を叩きつけるように切って、もう一度かける。でも誰も出なかった。

「なんでだよ!」

 電話を叩き切って深呼吸した。ふと玄関先に目をやると、そこには姉貴も倒れていた。

 仕事に行く格好で、たった今出ようとしているかのようだった。

「姉貴……」

 こっちも父と母と同じだった。まるで死んでいるようだった。いや、死んでいた。

 いったいぜんたい……「なにが起きたんだよ!」

 俺は、裸足のままで家の外へ飛び出した。外の光景を見ても、なにが起きているのか理解が追いつかなった。


 世界のすべてが動いを止めてしまったかのようだった。道路には車が乱雑に止まり、歩道には人が倒れていた。車の中にいる人も、みんな意識を失っているようだった。いや……。


 何が起きたんだ? まさか……みんな、死んでるのか?


 そのまま近くのコンビニへ向かった。店内にも同じように人が倒れていた。店員はカウンターの後ろに向かってぶっ倒れていて、スーツ姿の客の一人は買おうと手にしていたのだろう弁当の中身をぶちまけて倒れていた。棚の前でも冷蔵庫のそばでも、みんなは突然倒れたとでもいうような状態だった。なりふり構っていられなった。片っ端から倒れている人たちに大声をかけて揺さぶってまわった。だが誰一人として反応する者はいなかった。


 何が起きたんだ? 今朝、俺が寝ている間に一体何が起きたんだよ。コンビニの外へ出るとその場にへたり込んだ。急に気分が悪くなった。胃から何か込み上げてきて、その場に少し吐いた。今朝は何も食べていない。出てきたのは酸味のある胃液だけだった。


 それから咳き込んで大きく深呼吸した。こりゃ、夢だな。じゃなきゃ、まじでヤヴァい幻覚を見てるに違いない。知らない間に自分の精神はとことん異常をきたしていたんだ。

 俺は家に戻って、風呂場に向かった。どうにも熱いシャワーを浴びたかった。しばらく……何日も風呂にも入っていないような気がした。


 シャワーを浴びて服も着替え、久しぶりにさっぱりした気分になった。

 そしてキッチンに向かって、再び愕然とした。やはり、そこには倒れている父と母の姿があった。テーブルの上の手つかずの朝食もそのままだった。まったく、最初に見たときと変化はなかった。

 やはり、幻覚でも夢でもない、これは現実なのだろうか?

「なあ? 親父も母さんもふざけてるか?」

 呼びかけに反応はまったくなかった。ほんとうに死んでいるようだった。


 そこで俺はひらめいた。ああ……あれだ、確かめるには瞳孔を見ればいいんだ。前にドラマで観た。それから二階に上がって自分の部屋からスマホをとってくるとライトをつけた。生きていれば明かりで瞳孔が小さくなる。

 しかし、何回明かりをかざしてみても、父も母もその瞳孔は大きく開いたままだった。それにどう考えたって息をしていないし、手首を触っても脈を感じない。それに、その身体は冷たくなりかけていた。

 こんな面倒なことをしてみなくても分かるだろう……。そうだ、死んでいるのだ。

 それから玄関に向かって、倒れている姉貴にも言った。

「姉貴! なんか言えや!」

 俺を嘲笑うだけで、返事はなかった。


 何が起きているか、さっぱりだった。が、自分の腹が減っているというのは確実だった。

 それで、キッチンの冷蔵庫にあった食パンにジャムを塗り、牛乳にコップを注いだ。


 俺は立ったまま、あたりを見渡しながら、パンにかじりつく。テレビはつけっぱなしだが、沈黙している。その画面には倒れたままのニュースキャスターが映っていた。ほんでもって、目の前には親の死体。とうてい呑気に食事をするような光景じゃないが、ひとまず気分は落ち着いていた。これまでにないくらい……。

 それに真夏でなくてよかった。死体は腐る。とんでもないことになっていただろう。なにを、俺はくだらないことを考えているんだ。


 いまだに現実感の一部が喪失しているような感じだが、とにかく食事を済ませ、出かける準備。ひとまず街を探索する。

 出かけるときの、ちゃんとした服装に着替えるのは久しぶりだな。

 生きているのは俺だけなのか? ほかに生存者はいるのか? この現象は、この街だけなのか? それとも国全体? まさか地球規模? いやいや、それではまるで、SF映画か何かじゃないか!

 荷物はどうする? まあ……ここは荒野じゃない。それにモノが消えたわけじゃない。何か必要があればその近くで拝借することにしよう。食事はコンビニでタダ食い放題だ!

 スマホをズボンのポケットに押し込み、上着を着て、玄関でスニーカーの靴紐をしっかり結び外へ出た。それから自転車を引っ張ってきて使うことにした。多少は移動が楽だろう。


 外に出て改めてようすを見ると、死んでいるのは人間だけではなさそうだった。ところどころに鳥が落ちていた。スズメ、ハト、カラス……。

 おいおい、全生物が死に絶えたわけじゃないだろうな。少し不安にもなる。ただ、ひとつ思いついて家の庭の方へ向かった。それから這いつくばって地面を眺めた。黒い、アリが動いていた。彼らはこの異変など関係ないように、ちょこまかと地面を動き回っていた。どうやら昆虫には影響がなかったとみえる。あるいは他の場所は違うのかもしれない。


 歩道で中年男性が倒れていたが、傍に犬も倒れていた。たぶん散歩の途中だったのだろうな。その男の腕時計が見えた。文字盤はガラスが割れて針が止まっていた。六時六〇分となっていた。やはり、自分が寝ている間にこの異常事態が発生したに違いなかった。


 駅前までやってきた。ラッシュの時間にはちょっと早かったせいか、思っていたより倒れている人の数は多くなかった。

 そのときスーツ姿の中年くらいのサラリーマンが視界に入った。


 やったぜ! 生存者だ。


 だが、彼は険しい表情をしてまわりのことなど気にもしない素振りだった。

「あの、」

 足早にその場を去ろうとしているサラリーマンに声をかけた。

「なんです?」

 その返事からは、いらだちが感じられた。

「いや、あなたは生存者ですか?」

「何だね君は? 変な質問をして。私は急いでいるんだ」

「急ぐって、どこに?」

「会社に決まっている! 私は遅れているんだ! 今朝だって会議の予定なんだぞ! 他にも沢山の予定があるというのに!」


 仕事? このおっさんは……正気なのか? こんな状況で会社に仕事だと? あるいはバカなのか?


「電車は止まってる! 誰もかれも倒れてる! タクシーもこのザマだぞ! 私は、ここまで家から歩いてきたんだ! まったく、邪魔をしないでくれ!」

 彼はわめくように言うと、足早に俺の前から去っていった。あるいは、自分は幻覚でも見ているのだろうか? 出なければ、あのサラリーマンはどう見たって狂ってる。

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