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『ハーモナイズ』  作者: 青山樹
終章 『おくるもの』
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第二話 『愛している』

 空人は前だけを見て歩く。

 無言のまま父親のそばを通り、歩調を崩さず歩き続ける。


「お前を利用して心を持つアンドロイドをつくろうと提案したのは、あの人だった」


 空人は、父親に背を向けたまま歩みを止めた。


「あの人は、人に愛されるということを知らずに生きてきた。両親をはじめ家族の愛は一切向けられなかった。友人もいなかった。だからあの人は愛を知らなかった。だから愛に飢えていたんだ。けどそれは、絶対に満たされることのない飢えだった。誰かがあの人に愛を向けたとしても、愛を知らないあの人にはそれが理解できなかっただろうから」


 そう語る父親の口調は、今までとは明らかに異なっていた。


「だからあの人は、自分の子どもを愛することにひどく執着するようになった。あの人は口癖のように言っていた。何があっても自分の子どもを愛してみせるってね。きっとその思いには自分を愛さなかった連中に対しての復讐心もあったんだろう」


 父親は小さく笑う。


「しかし大きな問題があった。お前も知っている通り、あの人は生まれつき体が弱かった。だから出産はあの人に死をもたらす行為でもあった。子どもが無事に生まれても、自分が死んでしまったら願いを叶えることはできない。あの人は苦しみ悩んだ末、一つの答えにたどり着いた。自分の記憶、性格、人格、感情……、自分の心のすべてを受け継いだアンドロイドをつくり、そのアンドロイドに自分の子どもを愛させようと考えたのさ」


「バカみたいだ。そんなの、ただの自己満足だ」


「人間の心なんてのは、そもそも自己満足のためにあるんだ。お前もわかっているだろう」


 空人は何も反論できなかった。


「あの人は私と同じアンドロイドの研究者になった。心を持つアンドロイドをつくるため、あの人は自分の心を構成する要素をすべてデータ化して、それをアンドロイドのAIで再現できるようプログラムを構築した。こうした基盤があったからこそ、あのアンドロイドはお前との生活で心を育むことができたんだ」


「……その話は、間違っている」


「ほう」


「人間から記憶や感情を読み取ってデータ化する技術が実用化されたのは、僕がまだアンと一緒に暮らしていた頃のはずだ。僕が生まれる前に心をデータ化することは不可能だ」


「その技術を生み出したのがあの人だったのさ。自分を実験体にして、あの人はそれをつくりあげたのさ」


 父親は淡々と話を続ける。


「人間の記憶を読み取ったり、性格のパターンを解析する技術は以前からあった。しかし一般での実用化はされなかった。被験者の心身への負担が大きすぎたからだ。機械を使って人の心を読み取り、解析するということは、たとえるなら鍵を無理やりこじ開けて部屋の中を手当たり次第に荒らしまわるということだ。神経や精神に相当な負担がかかる。たしか、公式での最後の使用例が、どこかの国の警察が凶悪犯の自白を得るために使用し、廃人になってしまったというものだったはずだ」


「…………」


「もちろんこの国では生体実験なんて認められていない。だから私たちは秘密裏に実験を進めた。私はあの人の指示通りに動き、あの人は実験を重ねるたびに壊れていった。もちろんそれはあの人が望んだことだ。そして私は、愛する人のために、愛する人を壊し続けた」


 その時の父親の心境を、空人は容易に想像することができた。


「技術の基礎が確立した時、あの人は言葉を失っていた。精神よりも神経にかかる負担のほうが大きくてね、あの人は自分を意識的に制御できない状態になっていた。日常生活を送ることもできないし、あの人と関わる時には丈夫なロープが必要になった。普通なら身体の変化と同じく精神も崩壊しそうなものだが、あの人は自我だけは失わなかった。最後の課題を解決するまで、あの人は正気を保ち続けていた」


「最後の、課題……」


「子どもを産むことだ。自分の子どもが産まれたと認識するまで、あの人は自我を失うわけにはいかなかった。はたから見れば完全に壊れているのに、あの人の目はそんな状態でもまだ正気を保っていた。愛は人の心を本当に強くする。もっとも、あの人の場合は愛に対する飢えなのかもしれないが」


 父親は星を失った暗い夜空を仰ぐ。


「お前が生まれた時、あの人は崩れた表情で、獣みたいな声を出して、何度も何度もお前の名前を呼ぼうとしていたよ。とても幸せそうに。そして死んだ。とっくの昔に、何もかもが限界だったんだ。あの人の死に顔は、私が見てきたあの人の顔の中で、一番安らかな顔だった」


「僕を愛していたから」


「忌々しいことに」


「そしてあなたは愛されなかった」


「そうだ。あの人が求めていたのは自分の計画の協力者だった。愛すべき対象ではなかった。あの人にとって唯一愛することができるのは、自分の子どもだけだった。それ以外の人間に愛を向けることはない。決してない」


「それでもあなたは愛しているんだ。昔も、今も」


「哀れだと思うか」


「思わない。そこまで誰かを愛することは、誰にでもできることじゃないだろうから」


「私は満足できなかった。私が彼女を愛するだけでは、私の心は満たされなかった。私はあの人に愛されたかった。だけどあの人の愛はすべてお前に向けられていた」


 父親はアンドロイドのそばへ歩く。


「お前はあの人に愛されている。今までも、これからも。そうあるために、あの人はお前にその名前をおくったんだ。どんなに遠く離れていても、この世界は同じ空の下にある。空の向こうの世界にいってしまった人でも、空の彼方にいると信じることができれば、絆が失われることはない。あの人はそう信じていた。だからあの人は、今この時も、この空を通じてお前を見守り、愛し続けている」


「どうして、そんな話を僕に……」


「私はあの人を愛している。だから、あの人の思いにこたえただけさ」


「たとえどれほど僕のことを憎んでいても」


「それが私なりの愛のかたちだからね」


 さて、と父親は続ける。


「お前はどうなんだ。お前は誰を愛しているんだ」


 空人は何も言わず、父親に背を向けて歩き出した。




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