第十五話 『願い』
花火はあざやかに夜の空を彩っていく。
どうせ消えてなくなってしまうのに。
「あの日、君が僕に言ってくれたあの言葉が、僕は本当にうれしかった」
彼は頭に痛みを感じていた。心臓は燃えるように熱かった。
「だから君が君でなくなった時、僕は僕でいられなくなったんだ」
彼の心は彼女と共にある。だから彼は、心を見失ったのだ。
彼女を愛していたから。
「君が永遠に失われたら、僕はもう僕ではいられない」
「あなたがそう言ってくれたことを、私はとてもうれしく思う。でも、だから」
「やめて!」
彼は叫び、頭を抱え、うずくまった。
「お願いだから、やめてよ……」
「あなたは、前へ進まなければならない。あの子のためにも、あなた自身のためにも」
「僕は君を失いたくない。ずっと一緒にいたい。それが僕の望みだ。僕の心の答えなんだ」
「私はあなたとずっと一緒よ。私の心はそうあると信じているし、そう願っている」
「君がいなくなったら、僕は生きていけない。生きる理由も、意味も、価値もないんだ」
「大丈夫。これから見つけていけばいいわ。見つけましょう。私と一緒に」
彼は顔を上げる。
その顔には一粒の涙も流れてはいなかった。
それでも彼女には彼の涙が見えた。
彼の心の震えを、自分の心にも感じていた。
「ああ、そう。そういうことだったのね」
彼女は微笑む。それはアンがアキトに見せた、最後の微笑みにとてもよく似ていた。
目に見える形はちがっても、今の彼にはそう見えた。
「私はあなたに生きてほしい。だから私は、あなたを愛することができた」
彼女は夜空を仰ぐ。星の光も花火の明かりも消えた、どこまでも暗い夜空が広がっていた。
「生きて、幸せになってほしい」
夜空の果てにある星々へ願いを託すように、彼女は言った。
彼は立ち上がり、夜空を見上げる。
遠い昔の花火大会の記憶が静かによみがえる。
あの時。
すべての花火が打ち上げられた後、彼は彼女に背負ってもらい、電車に乗って家路に着いた。
彼女の背に揺られながら、彼は思った。
いつまでも、一緒にいたい。
安らかなぬくもりと心地よさの中で、その思いは幼かった彼の心に深く刻まれた。
そして今、この瞬間、その思いはよみがえった。
「空人」
彼女は彼の名を呼び、優しく抱きしめる。
彼は彼女の背にふれ、抱きしめた。
そうか。
これで本当に、終わるんだ。
ちがうよ。
始まるんだ。
ここから本当が、始まるんだ。
だから、言わなくちゃいけない。
彼は彼女の首筋にふれ、耳元に口を近づける。
「僕は君を」
「私はあなたを」
二人の声が重なる。
かつて二人の心を結び合ったあの言葉が、今この時、二人の絆の証明として示された。
空人に抱かれたまま、彼女は眠りについた。
目覚めを永遠に失った、やすらかな眠りだった。
機能停止したアンドロイドを抱きかかえたまま、空人は狂ったように叫んだ。
誰もいない場所で、光のない空に向かって、燃えるように熱い涙を流しながら、力の限り思いのままに、心の底から泣き叫んだ。
その叫びも、涙も、本当はあの日あの時に彼の心から生まれなければならなかったものだ。
しかしそれは叶わなかった。彼は自ら心を見失うことを選んだ。
そうしなければ、彼の心は壊れていただろうから。
けれど今はちがう。彼は心を取り戻した。
だから彼は苦しんでいる。
身も心も引き裂かれそうな激しい痛みを感じている。
当然だ。
最愛の人を失ったのだから。
夜の静けさの中、声が枯れ、涙が尽きる。
空人はアンドロイドにすがり、小さく震えていた。
暗い山道のむこうから、足音が近づいてくる。
足音は迷うことなく彼のそばへ近づいた。
「あっはっは。お前は本当に面白い奴だなあ」




