第十三話 『花火大会』
彼女は無数の明かりで彩られた都会の夜景と、水平線を失った海と夜空を見つめていた。
彼は息を整え、彼女のもとへ歩く。
「やっぱり、ここに来たんだね」
「やっぱり、ここに来たのね」
彼女は彼のほうへ顔を向け、笑った。
暗くてはっきりと見えなかったが、彼女が笑ったことは雰囲気でわかった。
彼は彼女と向かい合うように立ち、その瞳をしっかりと見る。
「君はいったい、誰?」
「私は私よ」
彼女もまた、彼を見つめていた。
「あなたにとって、私は何者なのかしら」
その問いに彼は答えられなかった。
今の彼にとって、彼女はハクアであり、アンでもあった。
どちらでもあると言えるし、どちらでもないとも言える。
だから彼女が何者なのか、わからない。
「私にとって、あなたはとても大切な人よ」
暗い海の方から、一発、二発と花火が打ち上がる。
間もなく、花火大会が始まる。
「あなたに自我が芽生える前から、私はあなたと一緒だった。私はあなたと共に過ごす日々の中で少しずつ心を組み立てていった。育んでいったの。その時はわからなかったけど、今ならわかる。私は私の中で心が育まれていくことによろこびを感じていた。私があなたの心を求めたように、あなたが私の心を求めてくれたことが、うれしかった」
これから心を育んでいく赤ん坊と、心をプログラムしていくアンドロイド。
出会ったばかりの二人は、ある意味同じ存在だったのかもしれない。
「けれど私が育んでいたのは本物の心じゃなかったの。それとは似て非なるプログラムにすぎなかったのね」
彼女は短く息を吐き、都会の街並みへ目を向ける。
「今、あの人のそばには私のプログラムやデータを複製したアンドロイドがいるわ。私が心だと思っていたものは、複製も保存もできるし、好きなように書き換えることもできるものだった。今の私にあるものだって、複製かオリジナルかもわからない。こんなものを心だって言えるかしら。私はちがうと思う。だって心は、その人だけのものであるべきでしょう」
「ちがうよ」
彼も彼女と同じように都会に目を向ける。
「心はその人の中だけにあるわけじゃない。人と人とのつながりの中に、心はあるんだ。僕は君の中に心があると信じているし、僕と君とのつながりの中に僕の心があると思っている」
「そう。思い出してくれたのね」
「昔は当たり前のようにわかってたんだ。でも、君が初めて動かなくなったあの日から、わからなくなった。そうなってしまうくらい、僕の心は君と共にあったんだ」
花火が打ち上げられ、一直線に夜空を駆け上り、光の花を咲かせ、轟音を響かせる。
一発。
二発。
三発……。




