第十一話 『心の激流』
電車は五時前に都会のターミナルステーションに到着した。
駅は前に来たとき以上に人であふれかえっていた。浴衣姿の学生グループや親子連れの姿が目立ち、すでに花火大会の雰囲気が感じられた。
とにかく、人、人、人だった。
そんな人の群れに圧倒されたのか、彩は言う。
「なんか大変な時に大変な場所に来たって感じだね」
「うん。これからもっと増えるだろうから、急ごうか」
アキトは彩の手を握り歩き出した。駅を抜け、直結している地下街に出る。二人は迷いのない足取りで人の群れの中を歩き続けた。
すれちがう人々。追い抜いていく人々。追い越される人々。
そんな人々の姿を見て、彼は思う。
きっとこの人たちは、自分の心の在り処をちゃんと知っているんだ。
心を持つ人間が心のままに生きて、この都会を、社会を、人々の世界をつくっている。
花火大会だって、たくさんの人の心が望んでいるから開催される。
そう考えると、花火大会はたくさんの人の心の在り処でもあるんだ。
けれど、そう考えている人が、どれくらいいるんだろう。
アキ、と彩に呼ばれ、アキトは立ち止まる。
「もう、手を離しても、大丈夫だから」
彩の顔を見て、アキトは強く彼女の手を握りしめていたことに気づいた。
「ごめん」
アキトは慌てて彼女の手を離す。
「平気。あまり急がなくていいよ。花火を見る場所なんて、いくらでもあるって」
「そうだね。でも、それとはもう関係なく、彩の手を握っていたいんだ」
アキトは手を差し出した。
彩はアキトに答えるように手を伸ばす。
しかし彼女の手は半端なところで止まり、そのまま下におろされてしまった。
「彩?」
「……なんで。どうして」
彩の視線は、アキトの背後に向けられていた。
彼女の視線を追うように、アキトは後ろへ振り向く。
見えたのは、うんざりするような人の群れの大移動だった。二人がいる場所は地上へ出るためのエスカレーターや大階段の近くであるため、人の波は激流の合流地点のように混雑していた。
そんな人々の中に、限りなく白に近い銀髪の女性の後姿が見えた。
見えたのは一瞬で、人の波に飲み込まれるように消えてしまった。
しかし、それがハクアであると確信するには十分だった。
周囲の人々は彼女に対して無関心だった。花火大会を控えた大混雑の中にあっては、アンドロイド一体など気にするほどのものではないのだろう。
しかしアキトは、過去と未来がひっくり返るほどの衝撃を感じた。
どうして、ハクアがここにいるんだ。
「アキ」
名前を呼ばれ、彩のほうへ振り向く。
「行ってあげて。こんなところで、一人にさせちゃだめだよ」
「あれは、ハクアじゃない。だって僕は家を出る前、確かにハクアを眠らせたんだ」
そう言いつつも、頭の中では真逆の答えが出ていた。
なぜハクアが目を覚ましてここにいるのか。その答えも導き出せた。
「アキは、あの人を放っておかない人だよ。誰にだって、優しいんだから。そういう心の持ち主なんだから。だから、行って」
「でもそれじゃあ、彩を一人にさせちゃうじゃないか」
「私は大丈夫。待ってるから。帰ってくるのを」
アキトは彩の目を見た。
そこには確かな答えがあった。
「ごめん」
アキトは彩に背を向けて、走り出した。
彩は人の波へと消えていくアキトの姿を見送っていた。
彼の姿が見えなくなった時、彼女は言った。
「それでも、好きなんだ」




