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『ハーモナイズ』  作者: 青山樹
第五章 『なくしもの』
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第十一話 『心の激流』

 電車は五時前に都会のターミナルステーションに到着した。

 駅は前に来たとき以上に人であふれかえっていた。浴衣姿の学生グループや親子連れの姿が目立ち、すでに花火大会の雰囲気が感じられた。

 とにかく、人、人、人だった。

 そんな人の群れに圧倒されたのか、彩は言う。


「なんか大変な時に大変な場所に来たって感じだね」


「うん。これからもっと増えるだろうから、急ごうか」


 アキトは彩の手を握り歩き出した。駅を抜け、直結している地下街に出る。二人は迷いのない足取りで人の群れの中を歩き続けた。

 すれちがう人々。追い抜いていく人々。追い越される人々。

 そんな人々の姿を見て、彼は思う。


 きっとこの人たちは、自分の心の在り処をちゃんと知っているんだ。

 心を持つ人間が心のままに生きて、この都会を、社会を、人々の世界をつくっている。

 花火大会だって、たくさんの人の心が望んでいるから開催される。


 そう考えると、花火大会はたくさんの人の心の在り処でもあるんだ。


 けれど、そう考えている人が、どれくらいいるんだろう。


 アキ、と彩に呼ばれ、アキトは立ち止まる。


「もう、手を離しても、大丈夫だから」


 彩の顔を見て、アキトは強く彼女の手を握りしめていたことに気づいた。


「ごめん」


 アキトは慌てて彼女の手を離す。


「平気。あまり急がなくていいよ。花火を見る場所なんて、いくらでもあるって」


「そうだね。でも、それとはもう関係なく、彩の手を握っていたいんだ」


 アキトは手を差し出した。

 彩はアキトに答えるように手を伸ばす。

 しかし彼女の手は半端なところで止まり、そのまま下におろされてしまった。


「彩?」


「……なんで。どうして」


 彩の視線は、アキトの背後に向けられていた。

 彼女の視線を追うように、アキトは後ろへ振り向く。

 見えたのは、うんざりするような人の群れの大移動だった。二人がいる場所は地上へ出るためのエスカレーターや大階段の近くであるため、人の波は激流の合流地点のように混雑していた。


 そんな人々の中に、限りなく白に近い銀髪の女性の後姿が見えた。


 見えたのは一瞬で、人の波に飲み込まれるように消えてしまった。


 しかし、それがハクアであると確信するには十分だった。


 周囲の人々は彼女に対して無関心だった。花火大会を控えた大混雑の中にあっては、アンドロイド一体など気にするほどのものではないのだろう。

 しかしアキトは、過去と未来がひっくり返るほどの衝撃を感じた。


 どうして、ハクアがここにいるんだ。


「アキ」


 名前を呼ばれ、彩のほうへ振り向く。


「行ってあげて。こんなところで、一人にさせちゃだめだよ」


「あれは、ハクアじゃない。だって僕は家を出る前、確かにハクアを眠らせたんだ」


 そう言いつつも、頭の中では真逆の答えが出ていた。

 なぜハクアが目を覚ましてここにいるのか。その答えも導き出せた。


「アキは、あの人を放っておかない人だよ。誰にだって、優しいんだから。そういう心の持ち主なんだから。だから、行って」


「でもそれじゃあ、彩を一人にさせちゃうじゃないか」


「私は大丈夫。待ってるから。帰ってくるのを」


 アキトは彩の目を見た。

 そこには確かな答えがあった。


「ごめん」


 アキトは彩に背を向けて、走り出した。

 彩は人の波へと消えていくアキトの姿を見送っていた。

 彼の姿が見えなくなった時、彼女は言った。


「それでも、好きなんだ」




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