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『ハーモナイズ』  作者: 青山樹
第五章 『なくしもの』
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第八話 『友達』

 プールへ向かう途中、透は言った。


「今日は水泳部が遠征に行ってるんだ。だから少しくらいなら使っていいってさ」


「でもどうして学校のプールで泳ごうと思ったの?」


「二学期からはこの体で学校に通うことにしたんだ。だからまあ、慣れるのにいいかなって思ってさ」


 女性用の水着を着ることが、透にとってどれほどの負担になるのか。アキトはよく知っていた。

 だからこそ、アキトは透が前へ進もうとしていることを強く実感できた。


 透が更衣室で着替えている間、アキトはプールサイドのベンチに座ってぼんやりと空を眺めていた。午後三時をむかえた夏の空にはひとかけらの雲もなく、太陽からは焼けるような日差しが容赦なく降り注いでいた。

 やがて、どこか柔らかみのある足音を立てながら、透がアキトのそばへやって来た。

 学校指定の女子生徒用の競泳水着を身に着けたその姿は、正真正銘の女性だった。


「あー、あっちいなマジで。まあおかげで、絶好のプール日和なんだけどさ」


 そう言いながら透は入念に準備運動に取り組む。

 何をするでもなくアキトはその様子を眺めていた。

 しなやかな手足も、美しい曲線を描く腰回りも、窮屈そうに圧迫された胸も。

 その身体のすべてが、透が女性であることをアキトに印象づけていた。


「なんだよアキト。そんなじろじろ見て。お前にとっちゃ見飽きた体だろ」


「男としてならね」


「……まあ、そうだよな。なんかごめんな。自分のことばっか考えてた。今まで男同士のつきあい方だったのに、急に変えたらお前だって困るよな」


「どうして変わりたいって思ったの。うまくいく保障なんて、どこにもないのに」


「前にも言ったろ。彩が前に進んだからだよ。可愛い妹が勇気をもって前へ踏み出したのに、俺だけずっと同じ場所にいたくはないんだ。それに」


 透はニヤリと笑い、アキトの腕を力強く引っ張って、プールを目指し走り出した。

 突然のことにアキトは戸惑ったが、すぐに透と足並みを合わせて走った。


 そして二人は、そのままプールへ思い切り飛び込んだ。


 二人の体は水面を砕き、大きな音を立てながら水しぶきを上げた。

 アキトは火照った体に水の冷たさが染み渡っていくのを感じた。

 その心地よさが水の圧迫感へと変わった時、彼は水中から顔を出した。少しの間をおいて、透も顔を出す。


「思い切って新しい場所へ飛び込むのも、案外悪くねえだろ」


「まあね。でも今はもう、濡れた服の気持ち悪さで頭がいっぱいだけど」


「脱いじまえばいいさ」


「簡単に言ってくれるね」


 透は笑い、アキトも笑った。

 いつまでも笑っていられるような気がした。


 アキトはプールサイドに上がって濡れた服をベンチにかける。透は更衣室から鞄を持ってきて、セーラー服を取り出した。


「服が乾くまでこれでも着とけ。風邪ひいちまうぞ」


「風邪ひいたほうがマシだよ」


「それな」


「……ごめん」


「冗談だよ、気にすんな。こっちなら大丈夫だろ」


 透はセーラー服をしまい、体操服とハーフパンツを取り出した。


「家から学校へ来るまではこれを着てたんだ。街中で制服を着るのは、まだちょっとな」


 アキトはうなずき、体操服を受け取った。

 更衣室で着替えを済ませ、プールサイドにもどる。透は体の具合を確かめるように丁寧に泳いでいた。アキトはベンチに座り、服が乾くのを待ちながら透の様子を眺めた。


 以前のアキトなら、透が身に着けていた服を着ても特に何も感じなかっただろう。

 けれど、今はちがう。

 アキトは透の体操服から『彼女』の匂いを、気配を、肉体の生々しい雰囲気を感じていた。

 彼女が履いていたハーフパンツを自分が履いているということに、今まで感じたことのない奇妙な熱を感じていた。

 おそらく、透はアキトにそう感じてもらうことを求めているのだろう。


 前に進むために。


 ひたすら泳ぎ続ける透に、アキトは声をかける。


「ねえ、そろそろ休憩したほうがいいんじゃない」


 聞こえていないのか、透は泳ぐのをやめなかった。


「おーい。聞こえてるー? 聞こえてないー? どっちー?」


 返事はない。

 ふと思いつき、アキトは言う。


「透はさー。僕のことをー、男として見たことあるー?」


 すると透は泳ぐのをやめ、アキトのほうへ振り向いた。


「お前は俺の友達だ! 男とか女とか関係ねえ! お前は俺の友達なんだ!」


 その言葉に、アキトも大きく声を出してこたえる。


「僕も! 透は僕の友達だ! 僕は透のことが好きだ!」


「俺もお前のことが好きだ!」


 この時、アキトは確信した。

 自分の『好き』と透の『好き』が同じだということを。


 今まで彩が自分に言い続けてきた『好き』とは異なるものだということを。




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