第六話 『その手はページをめくらない』
アキトが帰宅した時、家の中は夏の暑さを忘れさせるほどに涼しかった。
そんな快適な環境のなか、ハクアはソファに座り本を読んでいた。
アキトはハクアのそばへ行く。もはや、本のページを確認する必要はなかった。
「どうしてずっと同じページを見ているの」
「あら、おかえりなさい。今日はいつもより遅かったのね」
質問を無視しているのではなく、最初から質問などなかったというような態度だった。
「友達と、話をしていたんだ」
それだけ言うとアキトは自分の部屋へもどり、着替えをもって風呂場へ向かった。
アキトもハクアも普段通りに過ごしていた。
もっとも、そう見えているだけなのだが。
すべての家事を終え、アキトはハクアの隣に座る。
この家にはテレビがない。音らしい音といえば、空調のかすかな稼働音だけだった。
「次の土曜日、彩と二人で都会の花火大会に行こうと思う」
「ならちょうどいい場所があるわ。この前都会に行った時、山の上の神社に行ったでしょ。そこへ行く石段の手前の道を東へ歩いて、そこから」
「どうして君は、そんなことを知っているの」
「どうしてって、前に一緒に行ったことがあるじゃない」
そんなことも忘れたの?
ハクアの目はそう語っていた。
少なくとも、アキトにはそう思えた。
「どうしたの、アキト。あなた少しおかしいわよ」
「なんでもないよ。おやすみ」
アキトはリビングを出る。そのままドアに背をあずけ、息を吐く。
言えなかった。聞けなかった。
君は一体誰なんだ。
声にならなかった言葉はじわじわと重みを増し、ゆっくりと彼の胸を押し潰す。
前へ進めなかった意思は半端に力を持て余し、行き場をなくしてさまよい続ける。
「…………くそ」




