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『ハーモナイズ』  作者: 青山樹
第五章 『なくしもの』
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第五話 『虹が見える場所で』

 物語の感想を聞けて満足したらしく、部長は早々に帰宅した。

 アキトと明理は部室に残って昼食をとり、陸上部の練習が始まるまで時間を潰すことにした。


「なんていうか、不思議な人なんだね。普通の美少年キャラとはちがうっていうか、なんかこう、雰囲気からして男性的っていうより女性的っていうか」


「いろいろとあるんだよ」


「それって、透さんとは逆ってこと?」


「本質的には同じだよ。ところで明理は本当にあの物語がハッピーエンドだって思うの?」


「もちろん。だって心は一緒になれたんだから。男の子が消えても、女の子が忘れてしまっても、二人は同じ場所で生きているって、私は思えたから」


「自分の心に誰かの心があるっていうのが、僕にはよくわからないな」


「私にはわかるよ。そうであってほしいって信じてるし」


「何かあったの?」


「いろいろとあるんだよ」


 明理は笑う。


「よかったら話してくれないかな」


「たいした話じゃないよ。どうして聞きたいの?」


「明理の話を聞いたら、僕もあの物語がハッピーエンドだって思えるかもしれないから」


 なるほどね、と明理はうなずく。


「私はさ、中学の時に初めて人を好きになったの。恋をした。初恋で、片思いだった。その人は部活の先輩で、優しくてかっこよくて、いつも真剣に練習に取り組んでいて、その姿がまた本当にかっこよくて素敵で、でも時折はかなげな影が見えたりして、そこがまた魅力的で、とにかく私はその人が好きで好きで、大好きだった」


 当時の思いがよみがえったのだろう。明理の表情はとても明るかった。


「その頃は先輩後輩っていう関係よりか友達みたいな関係だった。バカみたいな冗談もよく言いあったし、悩みの相談にものってくれた。先輩が高校に進学してからもたまに会ってくれたんだ。だから私はごく自然に、先輩と同じ学校へ行きたいって思うようになった」


 部室の窓の向こう側からは、練習に励む運動部のかけ声とセミの鳴き声が聞こえていた。

 ふと、アキトは最後にセミを見たのがいつだったのかを思い出そうとした。

 しかし、何も思い出せなかった。


「いやもう、大変だったよ。先輩がいるのはトップクラスの進学校で、先生からは私の成績じゃどうがんばっても無理だって言われたの。でも、愛の力は不可能を可能にしたんだね。なんとかぎりぎり合格できたんだ。家族も友達も先生もみんな奇跡が起きたって大騒ぎしてた。でも、先輩はちがった。よくがんばったねって、頭をなでてくれたんだ。それがもううれしくてうれしくて、がんばってよかった。生きててよかった。この人を好きになってよかったって、私は先輩に抱きついて、思いっきり声を上げて泣いたんだ」


「好きだってことは伝えたの?」


「できなかったんだよねえ。まあ、結果的には、それでよかったのかもしれないけど」


「どういうこと?」


「合格発表の次の日に、親の離婚が決まったの。それで、私の親権も押しつけあって、場合によっては私も引っ越すことになるかもしれないって話になった。もちろん私は残りたいってお願いしたよ。私は先輩と一緒にいるためにがんばったんだから。それがこんな形で終わるなんて、納得できないじゃん」


「そのことは先輩に話したの?」


「話せるわけないよ」


「どうして?」


「わっかんないかなぁ。あのね、アキト君。私は先輩に同情されて一緒にいてほしいってわけじゃないんだよ。そういうことは抜きにして、本当に、純粋に、一緒にいたいの」


 アキトは明理の言葉の意図を必死に考えた。


「……まあ、結局はそれも言いわけなんだけど。ほんとはね、怖かったんだ。自分の思いを伝えて先へ進むことが。今までの時間を失うことが怖かった。だから私は逃げちゃった。そう、逃げたんだよ。そして私はこの街に来た。そのことをすごく後悔している。誰よりも好きな人だったのに、なのにどうしてこんな形で終わらせちゃったんだろうって。しかも自分から。もう二度と先輩には会えないし、思いも伝えられない」


「今でも先輩のことが好きなんだね」


「もちろん。私は先輩を忘れたくないし、先輩を好きだっていう心も失くしたくない」


「つらくない?」


「そりゃね。でも、だから私は決めたんだ。もう絶対にこんな後悔はしない。後悔するなら逃げてするんじゃなくて前へ進んで後悔しようって。だから私は部長さんの物語にすごく共感できたんだと思う」


「前へ進んでも、後悔はするんだね」


「でもそのかわり、逃げずに前へ進めたっていう自信が持てるよ」


 明理は椅子から立ち上がり、窓の外に広がる空に目を向けた。


「だからアキト君も、思い切って前へ進んでみなよ。そしたらさ、今いる場所からは見えない新しい景色がきっと見えると思うから」


「前へ……」


「進むべきかどうかでアキト君も悩んでるでしょ」


「よくわかったね」


「アキト君ってさ、極端にわかりやすいところがあるから」


 明理はアキトのそばへ寄り、元気づけるように笑った。


「がんばって」


「ありがとう」




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