第十二話 『ココロ』
墓地から自宅へ向かう車の中で父親は言う。
「お前が『公社』に送っていたデータはすべて私が処理していた。だからお前とハクアの間に何が起こったのかは把握している。そもそも、ハクアをお前に与えたのはそのためだ。なぜそんなことをしたか、わかるかな」
アキトは何も言わず、窓の外を流れる景色を眺めていた。
「私の目的は、人間の心を再現したアンドロイドをつくることだった。そのための試験的なプログラムを備えたアンドロイドがハクアだったのさ。結果として、ハクアは私の期待を大きく超える成果を出してくれた。いつだったか、ハクアがお前を殴ったことがあっただろう。その行動にどんな意味があるか、わかるかい」
アキトは何も言わない。
「知っての通り、すべてのアンドロイドには『三原則』がプログラムされている。もちろんハクアも例外ではない。だから原理的に、ハクアはお前に危害を加えることができないんだ。しかしハクアはお前を殴った。プログラムにエラーが生じたわけじゃない。そもそもハクアは、その瞬間に、お前に危害を加えたとさえ認識していなかった」
アキトは黙っている。
「ハクアはあの状況を理解し、お前を殴らなければお前とお前の友人が深く傷ついてしまうと判断したのさ。だから殴るという行動はお前に危害を加えるものではないし、それゆえに『三原則』に違反しない。プログラムされた思考パターンの中で、ハクアは『三原則』を超える思考と結論を自力で導き出したのさ」
アキトは何も言わない。
言いたいことはすべて、父親が言っているのだから。
「ハクアが目を覚まさなくなったのも同じことだ。お前にとって自分はもう必要ない。むしろ存在するだけで害になる。お前はアンドロイドではなく人間と共にあるべきだと判断し、あらゆる手段と思考回路で自らの機能を停止させたんだ。つまり、人間でいうところの自殺だ」
あっはっはっはっは、と父親は笑う。
「いやまったく、本当に素晴らしい。十五年も費やして開発しただけのことはある」
「十五年」
「そう。十五年だ。これまで多くの技術者が人間の心を再現しようとしたが、成功した例は報告されていない。考えてみれば当然だ。私たち人間にだって、人間の心など完全に理解はできていないのだから。理解できていないものをつくりだすのは非常に困難だ。だから私は考えたのさ。人間の心が育まれていく段階から、アンドロイドにそれを学ばせればいい。心が未発達な赤ん坊とアンドロイドを一緒に生活させ、心が育まれていく過程を学習させれば、そのアンドロイドも心をプログラムとして形成していくと仮定したんだ」
「アンが、そうだったんだ」
「そう。アンはお前と一緒に暮らすことで、人間の心の基礎を学び取った。実に劇的な話じゃないか。多くの技術者が超えられなかった壁を、無知で無力な赤ん坊が超えたのだから」
「アンが突然いなくなったのは、プログラムを回収するためだった」
「ん? 何を言ってるんだ、お前は。ああ、そうかそうか。そういえばそうだったな」
父親は納得したように何度かうなずく。
「あの時点では、まだプログラムは不十分だった。だから次の段階に入ったのさ。心の基礎はできていた。だから今度は個性をつくることを目標にしたんだ」
「個性」
「私はアンのプログラムを引き継いだアンドロイドと共に生活した。彼女には私の助手として働いてもらったんだ。いやあ、楽しかったなあ。昔を思い出したよ。でも、まだ不十分だったんだ。決め手となる何かが足りなかったのさ」
車はアキトが暮らす街に入っていた。
「その何かについて考えている時に、お前は言ったんだ。アンドロイドが欲しいとね。その瞬間に私は答えを見つけた。そう。彼女には、あの人の心が足りなかったんだ。そしてそれは、お前に託されていたんだ。だからそれを、お前から取り戻さなければならない」
父親の声に、たしかな感情がこもる。
「私の本当の目的は、人間の心を持ったアンドロイドをつくることじゃない。あの人の心を再生することだったんだ。そのために、このプロジェクトを進めてきた」




