第十話 『新しい目覚め』
アキトが帰宅した時、やはりハクアは目を覚ましていなかった。
この日もアキトは普段通りに過ごし、眠った。
翌朝になっても、やはりハクアは眠り続けていた。アキトが「おはよう」と声をかけても反応がない。
アキトは一人で朝食を済ませ、ハクアの隣に座った。
「昨日のことなんだけど、部長に言われたんだ。今のままでいいって、本当にそう思ってるのかって」
普通に会話をするように、アキトはハクアに話しかけていた。
「僕は今のままでいいって思ってる。ハクアがそばにいるから。そのうち目を覚ますかもしれないし、目を覚まさないならそれでもいい。それが、ハクアの望んだことだろうから」
アキトは本当にそう思っていた。
「でも、ハクアはどう思ってるのかって聞かれて、その時初めて気づいたんだ。僕は今までハクアのことを、そういうふうに考えたことがないってことに。だから少し不安になったんだ」
ハクアは何も答えない。
「彩は、ハクアに目を覚ましてほしいって言ったんだ。もっとハクアのことを知りたいし、ハクアが自分のことをどう思っているのかも知りたいからって」
自分が相手をどう思っているかなんて、すぐに理解できることだとアキトは考えていた。
けれどそれは、自分一人ではわからないことなのだと彼は知った。
「……わからなくなったんだ。僕はハクアに目を覚ましてほしいのか、それともこのままでいいって思ってるのか、わからない。わからないんだ」
アキトは目を閉じる。彼は何も言わず、ただハクアのそばにいた。
彼にとって、彼女のそばにいる時間は特別なものだった。
やがてアキトは眠りについた。
夢も、啓示もない、通過点にすぎない眠りだった。
「あっはっは。お前は本当に面白い奴だなあ」
アキトが目を覚ました時、すでに日付は変わっていて、新しい朝が訪れていた。
それは、ハクアが消えた朝だった。
彼の前には、背広を着た父親が立っていた。
「ハクアはどこ」
「さあ、出かけようか」
父親はアキトの言葉を無視した。
「出かけるって、どこに」
「どこって、決まってるだろう。お墓参りさ。今日は母さんの命日じゃないか。まさか忘れたわけじ
ゃないよなあ?」
「知ってる」
「うんうん。そうだろう、そうだろう。なにしろ今日は、お前の誕生日でもあるんだから。そう、お前が生まれた日に母さんは死んだんだ。お前が生まれなければ、母さんは死なずにすんだのになあ。あっはっは」
父親は笑う。
「さて、無駄話はこのへんにしようか。私も忙しいからね。昼までには済ませたいんだ」
父親は玄関へ向かう。アキトはついていくしかなかった。父親は玄関の前に停めている車に乗り、助手席のドアを開けた。アキトは何も言わず助手席に座り、ドアを閉める。父親はゆっくりと車を走らせた。
父親が自分に対して好意をまったく持っていないことは、アキトにもわかっている。
にもかかわらず、なぜ母親のお墓参りには自分を連れていくのか。
おそらくそれは、自分への復讐なのだろう。
本人から直接聞いたわけではないが、アキトはそう確信していた。
車を走らせてからしばらくしたところで、父親は言った。
「ハクアのことは心配いらない。こちらで預かっているからな」
「どうして」
「おいおい。あれはずっと停止状態だったんだぞ。回収するのは当然じゃないか」
どうしてそのことを知っているのか、とアキトは聞かなかった。あの家で起こったことはすべて父親に知られていることは容易に想像できたからだ。彼の現状は、保護されているよりも監視下に置かれているといったほうが適切だろう。
ただ、アキトは、ハクアを勝手に連れ去られたことに対して、純粋に腹を立てていた。
怒っている。
そう、アキトは怒っているのだ。
「まあそんなことはどうでもいいじゃないか。今は母さんに会いに行くことだけを考えよう」
結局のところ、アキトは父親に従うしかなかった。
もちろん、父親それをちゃんと理解していた。




