第八話 『スケッチブック』
翌朝もハクアは目を覚まさなかった。
アキトは昨日と同じように学校へ行き、補習授業を受けた。
昨日の欠席について黒川先生に聞かれると、アキトは正直に答えた。黒川先生は不思議そうに首を傾げ、これからは注意するようにと言った。それ以外に何を言えばいいのか、わからなかったのだろう。
アキトが部室に入った時、そこにいたのは部長だけだった。
「彩はまだ来てないんですか?」
「彩君には席を外してもらったんだ。今日はアキト君を一人占めしたくて」
「なんですかそれ。またへんなこと企んでるんじゃないでしょうね」
「そのとおり」
部長は楽しそうに微笑み、画材の入ったキャンパスバッグを持って立ち上がった。
「じゃあ行こうか。暑くなる前にすませちゃおう」
二人は学校の近くにある公園に向かった。それはなだらかに広がる丘につくられていて、手入れの行き届いた芝生広場には真新しいつくりの東屋が所々に見える。
二人は公園の入り口近くにある東屋へ行き、ベンチに並んで座った。
部長はスケッチブックを広げ、夏の日差しを浴びてほのかにきらめく芝生広場を見つめた。
「ハクアさんの様子はどう?」
「まだ眠ったままです」
「そう。アキト君は、ハクアさんが起きるのをずっと待つつもり?」
「ええ」
アキトはスケッチブックを広げ、目の前の平穏な風景を見る。
「いいの? 待ってるだけで」
「僕は、ハクアがそばにいるだけで十分ですから」
「なるほど。でも、ハクアさんはどうなんだろう。アキト君のそばにいても、ずっと眠ったままだと寂しいって思わない?」
「言われてみれば、そうですね。そんなこと考えもしませんでした」
「だろうね。うん。やっとわかった。アキト君は、人の気持ちを考えることができないんだ」
「なんだか、自分のことが筋金入りのろくでなしみたいに思えてきました」
「誤解しないで。僕はアキト君が悪意を持っているとは思ってないよ。ただ単純に、君には人を思う心が欠けているだけなんだ。それは生まれつきなのかもしれないし、何か理由があってそうなったのかもしれないし」
「なんだか余計にひどくなってません?」
「アキト君は決して悪い人間じゃないよ。君は人に求められたことにちゃんと応えることができる。もちろん、例外はあるけど。でも君は、一見すれば普通に見える。けれどきっと、君には君自身の意思が欠けているんだ。誰かの求めに応えているだけで、そこに君の意思はなく、心も存在していない」
アキトは部長のほうを見る。
部長はアキトのほうを見ていた。
「だから君は絵が描けない。絵だけじゃない。自分の心から生み出せるものを、君は生み出すことができない。君が、君の心を見失っているかぎりは」
部長はアキトから視線を外し、スケッチブックを閉じる。
「君は本当に、今のままでいいって思う?」
「僕はハクアが目を覚ますのを待つだけです。ハクアとの約束を守るためにも」
そう、と部長はうなずいた。
「君の心がどこにあるのか、君にも早く見つかるといいね」




