第七話 『空白の時間』
いつものようにアキトはハクアを目覚めさせようとしたが、ハクアはこたえなかった。
リビングに座っている彼女の姿は、眠っているというよりも、停止した時間の中に置き去りにされているように見えた。
ハクアのアンドロイドとしての機能に重大な欠陥が生じたとか、AIのプログラムに深刻なエラーが生じたとか、そういう可能性はアキトの頭には浮かばなかった。
ハクアはただ、眠っているだけなんだ。
だからいつかきっと目を覚ます。
僕はその時が来るのを待てばいい。
これが、アキトが出した結論だった。
というわけでアキトは普段通りに過ごすことにした。
朝食をとり、身支度を整えて学校へ行く準備をする。
今日から夏休みといっても、七月中は昼前まで補習授業があり、それが済んだら部活にも行かなくてはならない。なんだかんだで、七月の終わりまでは一学期の延長戦のような日々が続くのだ。
「それじゃハクア、行ってきます」
アキトが声をかけても、やはり彼女は眠ったままだった。
彼女が目を覚まさないことを確かめて、アキトは学校へ向かった。
アキトが部室に入った時、彩と部長はずいぶん驚いた様子で彼を見た。
「どうしたの二人とも。そんな顔して」
「どうしたって、アキ、今日の補習授業に来なかったでしょ? てっきり休みだと思って、さっき部長さんとその話してたんだよ。いったい、どうしたの?」
「補習? ああ、そういえば、受けてなかったっけ。おかしいな。家を出てからまっすぐ学校に行ったはずなんだけど」
彩も部長も、アキトの言葉を信じた。だからこそ、二人は動揺しているのだ。
「アキト君。何かあったの?」
「いえ。特に何もないですけど」
「ならいいけど。何かあったら相談してね。それと明日は学校の外に出て写生をするから、部活に来られない場合は連絡してほしい」
「わかりました」
「いちおうハクアにも言っておいたら? うっかり忘れないようにさ」
「そうだね。起きてたら伝えておくよ」
「起きてたらって、その、アキがいつも起こしてるんでしょ」
「でも、今日は起きなかったんだ」
「え?」
「アキト君。その、ハクアさんが起きないっていうのは、つまり、どういうこと?」
「起きないんです。僕が起こそうとしても、全然起きないんですよ」
普段通りの態度でアキトは言う。そんな彼の態度が、彩と部長をますます混乱させた。
「ま、まって。アキト君。君にとってハクアさんは、大切な人なんだよね?」
「はい。もちろんです」
「そのハクアさんが起きないんでしょ? なんていうか、不安はないの?」
「はい」
アキトは迷うことなく言った。
彼にとって大切なことは、自分のそばにハクアがいるということだった。
たとえ目覚めていても、遠く離れた場所にいては意味がない。
その逆もまた同じである。
彩と部長が目にしているアキトは、やはり普段通りだった。
アキトは帰宅するとすぐハクアに「ただいま」と声をかけた。
しかしハクアは目を覚まさなかった。
アキトは特に気にすることもなく、普段通りの生活を送った。
公社のホームページには、アクセスしなくなった。
眠る前に、アキトはふと考える。
朝に家を出たはずなのに、どうして学校に着いたのは昼前だったんだろう。
いつもの道をいつものように歩いていたはずだ。
なのに。
どうして。
どれだけ考えても、アキトには何もわからなかった。




