第六話 『夢』
打ち上げは明るく賑やかな雰囲気の中で行われた。
この家にこれだけの活気が満ちているところを、アキトは今まで見たことがなかった。
だからだろうか。
ふと、アキトは思う。
僕がここにいることに、何か意味はあるのだろうか。
ハクアと明理は楽しそうに話している。
ハクアの年長者然りといった振る舞いと、明理の人懐っこさがうまく調和しているのだろう。初対面とは思えないほどの親密さが感じられる。
彩は少し安心したような目で二人を眺め、時々会話に入っている。
透は三人の様子と食材の焼き具合を交互に眺めつつ、彩に注意を払っている。
みんな、うまくやっている。
僕がいなくても、いろんなことは、うまくいくんだろう。きっと。
「どうしたのキト。なんだか思いつめたような顔をして」
「なんでもないよ。ちょっと疲れただけ。少し休んでくるね」
アキトはリビングに入り、ソファに座って、ゆっくりと体を横にした。
目を閉じて、深く息を吐き出す。
それから間もなく、巨大な泥の塊みたいな眠気が現れて、アキトの意識を押し潰した。
アキトは眠りについた。
夢を失った、空白の眠りだった。
優しい香水のにおいが、アキトの意識を呼び覚ます。
そのにおいだけで、ハクアがすぐそばにいることがわかった。
アキトは目を開けて、隣に座っているハクアの姿を見た。
「どのくらい寝てた?」
「三時間くらい。みんなは少し前に帰ったわ。キトによろしくって」
「そう。でも、なんでだろ。今までこんなふうに眠ることなんて、なかったのに」
「心配することはないわ。疲れたら眠るのは当たり前のことでしょ」
「……そうだ。ハクア」
ハクアはうなずき、ひざをそろえ、ぽんぽんと軽くたたいた。
「ちゃんと約束を守れたものね」
アキトはハクアのひざに頭をのせる。
「彩は、僕を許してくれたのかな」
「キトは、彩ちゃんがあなたを許したって信じたいでしょう」
「うん」
「どうして?」
「どうしてって、彩のことが好きだからだよ」
「彩ちゃんもキトのことは好きよ」
「でも、僕の好きと彩の好きはちがうんでしょ」
「ええ。きっと」
「言葉は同じなのに、何がちがうんだろう」
「いつかわかる時がくるわ」
「どうしてそう思うの?」
「あなたには心があるからよ」
アキトはハクアの言葉を信じたかった。けれど、迷いを消すことはできなかった。
心が自分のどこにあるのか、彼にはわからなかった。
心がどういうものなのかも、彼にはわからない。
ハクアはアキトの頭を優しくなでる。
心地よい眠気が、彼の意識を暖かく包み込んでいく。
「……ねえ。ハクアは、夢を見たことがある?」
「いいえ」
「なら、僕と同じだね。僕も夢を見たことがないんだ」
「あなたはちゃんと夢を見ているわ。目覚めた時に忘れてしまっただけで」
「どうしてそう思うの?」
「夢を見るのは、心を持つ者の義務だから」
ハクアの言っていることが、アキトにはうまく理解できなかった。
「だから私は、夢を見ない」
ちがうよ、とアキトは言う。
「ハクアにも、心はあると思う」
「……だとすれば、私の心はどこにあるのかしら」
それは、とアキトは口を開く。しかし、声は出なかった。
彼の意識は深い水底を打つように沈み込み、目の前の現実とうまくつながることができなかった。
「私の心は」
ハクアの声が聞こえる。けれどその先の言葉はアキトに届かなかった。
アキトが最後に見たのは、彼を優しく見つめるハクアの顔だった。
翌朝、アキトが目を覚ました時、ハクアは眠っていた。
幸せな夢に心を抱かれているかのように、彼女は目を覚まさなかった。




