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『ハーモナイズ』  作者: 青山樹
第四章 『こわれもの』
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第六話 『夢』

 打ち上げは明るく賑やかな雰囲気の中で行われた。

 この家にこれだけの活気が満ちているところを、アキトは今まで見たことがなかった。

 だからだろうか。

 ふと、アキトは思う。


 僕がここにいることに、何か意味はあるのだろうか。


 ハクアと明理は楽しそうに話している。

 ハクアの年長者然りといった振る舞いと、明理の人懐っこさがうまく調和しているのだろう。初対面とは思えないほどの親密さが感じられる。

 彩は少し安心したような目で二人を眺め、時々会話に入っている。

 透は三人の様子と食材の焼き具合を交互に眺めつつ、彩に注意を払っている。


 みんな、うまくやっている。


 僕がいなくても、いろんなことは、うまくいくんだろう。きっと。


「どうしたのキト。なんだか思いつめたような顔をして」


「なんでもないよ。ちょっと疲れただけ。少し休んでくるね」


 アキトはリビングに入り、ソファに座って、ゆっくりと体を横にした。

 目を閉じて、深く息を吐き出す。

 それから間もなく、巨大な泥の塊みたいな眠気が現れて、アキトの意識を押し潰した。


 アキトは眠りについた。

 夢を失った、空白の眠りだった。




 優しい香水のにおいが、アキトの意識を呼び覚ます。


 そのにおいだけで、ハクアがすぐそばにいることがわかった。

 アキトは目を開けて、隣に座っているハクアの姿を見た。


「どのくらい寝てた?」


「三時間くらい。みんなは少し前に帰ったわ。キトによろしくって」


「そう。でも、なんでだろ。今までこんなふうに眠ることなんて、なかったのに」


「心配することはないわ。疲れたら眠るのは当たり前のことでしょ」


「……そうだ。ハクア」


 ハクアはうなずき、ひざをそろえ、ぽんぽんと軽くたたいた。


「ちゃんと約束を守れたものね」


 アキトはハクアのひざに頭をのせる。


「彩は、僕を許してくれたのかな」


「キトは、彩ちゃんがあなたを許したって信じたいでしょう」


「うん」


「どうして?」


「どうしてって、彩のことが好きだからだよ」


「彩ちゃんもキトのことは好きよ」


「でも、僕の好きと彩の好きはちがうんでしょ」


「ええ。きっと」


「言葉は同じなのに、何がちがうんだろう」


「いつかわかる時がくるわ」


「どうしてそう思うの?」


「あなたには心があるからよ」


 アキトはハクアの言葉を信じたかった。けれど、迷いを消すことはできなかった。


 心が自分のどこにあるのか、彼にはわからなかった。

 心がどういうものなのかも、彼にはわからない。


 ハクアはアキトの頭を優しくなでる。

 心地よい眠気が、彼の意識を暖かく包み込んでいく。


「……ねえ。ハクアは、夢を見たことがある?」


「いいえ」


「なら、僕と同じだね。僕も夢を見たことがないんだ」


「あなたはちゃんと夢を見ているわ。目覚めた時に忘れてしまっただけで」


「どうしてそう思うの?」


「夢を見るのは、心を持つ者の義務だから」


 ハクアの言っていることが、アキトにはうまく理解できなかった。


「だから私は、夢を見ない」


 ちがうよ、とアキトは言う。


「ハクアにも、心はあると思う」


「……だとすれば、私の心はどこにあるのかしら」


 それは、とアキトは口を開く。しかし、声は出なかった。

 彼の意識は深い水底を打つように沈み込み、目の前の現実とうまくつながることができなかった。


「私の心は」


 ハクアの声が聞こえる。けれどその先の言葉はアキトに届かなかった。

 アキトが最後に見たのは、彼を優しく見つめるハクアの顔だった。




 翌朝、アキトが目を覚ました時、ハクアは眠っていた。


 幸せな夢に心を抱かれているかのように、彼女は目を覚まさなかった。




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