第五話 『変われないこと』
午後六時を少し過ぎた頃に透と明理がやって来た。
彩が二人をむかえに行っている間にアキトはハクアを起こした。目を覚ましたハクアにアキトは今日の打ち上げについて簡単に説明した。
ハクアはアキトに明理という新しい友達ができたことをよろこんだ。
「キトが新しい友達を連れてくるなんて何年ぶりかしらね」
「なんか、グサッとくる言い方だね」
玄関から明理の明るい声が聞こえてくる。彩の姿を見てよろこんでいるのだろう。
ほどなくして、玄関からにぎやかな足音がアキトたちのもとへ近づいてきた。
「おっじゃまっしまーすっ!」
リビングのドアが開き、元気ハツラツといった顔の明理が姿を見せた。
「いやあ悪いねえアキト君。直接お呼ばれしたわけじゃないのに図々しくも上がりこんじゃってさ。でもね、一応断りはしたんだよ。そこはもう本音を隠して日本人としての美徳を守ったよ。たとえそれが予定調和の寸劇だったとしても、その時すでに私の心に絶対行くぞという意思が存在していたとしてもね! というわけでアキト君、今日はごちになりに来ました! いつもの三十倍くらい部活で走ってきたから、もうめっちゃおなかへってるよ!」
「三十倍って、よく生きてるね」
「いやいや冗談だって。さすがに冗談だよ。実際は三倍くらいだって。やだなあもう。で、えっと、そちらは?」
今までの態度とはうってかわって、明理にかすかな緊張が見られた。
彼女の目は、アキトのそばにいるハクアに向けられていた。
ハクアも明理に目を向けた。そして、彼女の緊張をほぐすように、きれいに微笑んだ。
「初めまして。あなたが明理ちゃんね。キトと仲良くしてくれて、ありがとう」
「ええっと、その、こちらこそ仲良くさせていただいております。……って、キト?」
「僕のことだよ。ハクアは僕をそう呼んでるんだ」
「そうなんだ。あ、じゃあやっぱりこの人がハクアさんなんだね。ん? 人っていうか、アンドロイドって言ったほうがいいのかなぁ……。まあいいや。でもさ、なんていうかあれだね。ハクアさんってアキト君のお姉さんみたいな感じの人だね」
「かもしれないね」
よくわからないまま、アキトはうなずいた。
彼には、人間の家族と過ごした記憶がほとんどない。なので姉というものがどんなものなのかわからないし、想像もできなかった。
もしも、自分に人間のキョウダイがいたら。
そんな考えが頭に浮かんだとき、アキトのすぐそばで空腹を訴える大きな腹の音が鳴った。
「キト。食材が痛まないうちに早く食事にしましょうか」
ハクアは笑顔で言う。アキトは彼女の言葉をそのままの意味として受け取った。
「そうだね。ちょっと量が多いから、ハクアも手伝ってくれるかな」
「ええ。それじゃキトは透君と庭に食材を運んでちょうだい。私は彩ちゃん明理ちゃんと一緒に他の支度をするから」
言われた通り、アキトは透と一緒に下ごしらえのすんだ食材を庭へ運ぶ。
車を五台くらいはとめられるだろう広さの庭は、バーベキューをするのにもってこいだった。むしろ、それを目的につくられたと言われても何ら違和感はない。
アキトは野外用のテーブルを持ってきて食材をおき、バーベキュー用の台を組み立てる。
「やっぱり、彩はちょっと無理してるってかんじだね。意識していつも通りに振る舞ってるっていうか、そんなかんじがする」
「お前もようやくそのへんのことがわかるようになってきたか。成長したもんだ」
「部長にも似たようなこと言われたよ」
「なあ、アキト。お前にはほんとに感謝してるよ。あんなことがあってもお前はお前のままだから、だから俺も彩も安心できるんだ。変わらないものがそばにあるってのはさ、けっこう心強いものなんだぜ」
「でも、彩は変わろうとした。だから透も変わろうとしている」
僕だけが変わらない。
「彩は自分の心と正面から向きあったんだ。なら俺も、向きあわなくちゃな」
「いいお兄ちゃんだね」
「なんだ。今更気づいたのか?」
透は得意げに笑う。
その笑顔が、アキトの心をかすかに揺さぶった。




