第二話 『血の通った体』
部長の言葉に答えるように、ドアはゆっくりと開いた。
入って来たのは透だった。
ロボットではなく、生身の人間の透だった。
彼は昨日のような私服ではなく、女子生徒用のセーラー服を着ていた。制服からのぞく手足は健康的に日に焼けていて、ほどよく引き締まった体つきとあいまって若々しさと生命力を感じさせた。
アキトにとって、それは見慣れた透の生身の体だった。
けれどこの時はまったくちがう印象を受けた。
アキトは改めて、意識せざるをえなかった。
透が女性であるということを。
「透、どうしたの、その格好」
「その、なんだ。あんまり見ないでくれよ。なんか恥ずいだろ」
透はぎこちない笑みを浮かべる。そんな笑顔を、アキトは見たことがなかった。
「ごめん。でも、似合ってるよ。うん。全然恥ずかしがることないって」
「まあ、悪い気はしねえな。それに俺も、いつまでも逃げてるわけにはいかねえから」
透は部長の顔を見る。
「しかしよくわかったな。俺がそこにいるって」
「スリッパの音が聞こえたんだ」
部長は透の足元を見る。彼は上履きではなく学校のスリッパを履いていた。
「今朝、君の下足箱を見たら靴が入っていた。教室にいなくても、学校には来ている。きっと保健室にでもいたんだろう。そして君は上履きを持っていない。だから、スリッパを借りている。その足音が聞こえて、ドアの前で止まった。たったこれだけのことだよ」
なるほどな、と透は部室に入る。
「それにしても盗み聞きなんてね。君はそういうことはしないと思ってたけど」
「俺が入ろうとした時に話が始まったんだ。終わるまで待っててやったんだから、感謝しろ」
「それで、用件は何」
「けじめをつけにきたのさ」
透は部長と向かい合い、一呼吸分の間をおいて、頭を下げた。
「ありがとう。お前のおかげで、俺は彩の力になれた」
「……黒川先生だね。お礼を言うために、その姿でここへ来たの?」
「それもある。でも、それだけじゃない。彩は自分の心と向きあったんだ。だったら俺も、いつまでも逃げているわけにはいかないって思ったのさ」
そう、と部長は静かにうなずく。
透は顔を上げ、自信に満ちた笑みを浮かべた。
二人には通じるものがあるらしいが、アキトは完全に置いてけぼりだった。
「え? え? どういうこと? つまり、何がどうなってるの?」
「昨日の騒ぎのあと、黒川先生が教えてくれたんだ。俺が乱入した時に一芝居うって騒ぎを大きくするよう、こいつが先生に頼んだってな」
「部長が?」
「僕はただ彩君の力になりたかっただけだよ。でも、僕にできることは何もなかった。だから君にかけたんだ。君なら絶対にあの場に駆けつけるだろうから。だから、僕は君のために動いたわけじゃない。妙な勘違いはしないで」
「なんだお前、ツンデレだったのか」
「僕が君にでれる要素は何もないでしょ」
「なんにせよ、お前が彩のために動いてくれたことは事実だ。本当に感謝してる」
透は部長に手を差し出す。
部長は少しためらったものの、透の手を握った。
「ところで、彩君の様子はどうなの?」
「今はだいぶ落ち着いてる。昨日は世界の終わりみたいな顔してたけどな」
そうだ、と透は部長の手を離し、アキトに言う。
「一学期終わりの打ち上げってことでさ、ひさしぶりにお前の家でメシを食いたいんだ。彩も一緒にって思ってんだけど、どうだ?」
「うん。いいと思う。いつにしようか」
「今日、とかどうだ?」
「わかった。夕食の準備、考えとく。部長も一緒にどうです?」
「僕は遠慮しておくよ。大勢で食事をするのは、少し苦手なんだ」
「じゃあ、また今度ですね」
アキトが言うと、部長は小さくうなずいた。
「彩には俺から言っとく。じゃ、またな」
「もう帰るの? せっかくだから、ゆっくりしていきなよ」
「まだお礼を言う相手がいるんだ。一年の、明理ちゃんだったか」
そっか、とアキトはうなずく。
「じゃあ明理も一緒に誘ってきてよ。彩もきっとそのほうがいいと思うから」
わかった、と言って透は部室から出ていった。




