第一話 『最初の贈りもの』
清々しい夏の青空がどこまでも広がっていた。
一学期の終業式を迎えるのにふさわしい空だった。
太陽は生命の源のごとく輝き、空には威風堂々たる入道雲が浮かんでいる。
時折そよぐ涼しい風は、セミの鳴き声と重なり合って天と地を夏の空気で満たしていた。
そんな夏真っ盛りの空気とは全く関係なく、アキトは普段通りに過ごしていた。
昨日の公開討論と、その後の大騒動などなかったかのような態度だった。
もちろん、さすがのアキトも昨日のことがひっかかっていた。だから彼は、今朝教室に入った時彩の姿が見えなかったことで少なからずショックを受けた。
僕は、もっと彩の助けになることができたはずだ。
そうしなくちゃいけなかったのに。
朝のホームルームで黒川先生は彩の欠席には触れず、終業式の説明だけを手短に済ませた。
終業式は無事に終わり、その後のホームルームも平穏のうちに終わった。
アキトは教室を出て部室に向かった。
部長はすでに部室にいて、キーボードを慎重に、そして丁寧に叩いていた。
「学校に来ても大丈夫なの?」
「彩が来たとき、一緒にいてあげたいんです」
「そう。でも、彩君は今日は来てないんでしょ」
「よくわかりましたね」
「昨日あれだけのことがあればね。それに今日はあのロボットの姿も見ていない。きっと彩君につきっきりなんだろう。ほんと、シスコンの鑑だね」
「部長はほんと透のことが気に入らないんですね」
「仕方ないよ。それが僕の性分なんだから」
アキトは部長の目を見たまま静かにうなずいた。
「……ねえ、アキト君。君には僕がどんな風に見えるかな」
「僕は部長のこと好きですよ」
「ありがとう。素直にうれしく思うよ。でも、そういう話じゃないんだ」
アキトはうなずいた。
「彼ほどではないにしろ、僕も自分の体に違和感があるんだ。時々、この体を脱ぎ捨ててちがう体になりたいって思うことがある。たとえるなら、自分の魂を別の人の体に無理矢理入れられているような、そんな感じがするんだ」
部長がどれほどの苦しさを感じているのか。アキトには想像することしかできなかった。
「けれど、この体は捨てられないし、捨てたくない。両親がのこしてくれた、大切なものだから。それに祖父が言うには、僕の姿は母の生き写しみたいにそっくりらしいんだ」
「部長の御両親について、聞いていいですか」
「二人とも、僕が物心ついた頃に亡くなった。二人のことは、少しだけ思い出せるよ」
「僕の母は僕が生まれてすぐに死にました。だから、何も覚えていません」
「どっちのほうが幸せなんだろう。わからないね」
「僕は部長がうらやましいです。思い出があれば、心は今もつながっているはずだから」
「僕はむしろつらくなるよ。この姿と向きあうたびに。この姿に母を、その母を愛した父を結びつけてしまう。けれどどんなに記憶をたどっても、確かなことは何も思い出せない。目覚める前に見ていた夢みたいに、とても不確かで、おぼろげなんだ。いっそのこと何もかも全部忘れてしまったほうがどんなに楽だろうって考えてしまう。でも、アキト君の言う通りなのかもしれないね」
部長は自分に言い聞かせるように言った。
「僕は自分の姿を拒みたくなかった。それが両親との絆だから。だから僕は、彼を受け入れることができなかったんだ。もちろん、彼の苦しみが相当なものだっていうことはわかってるつもりなんだ。でも彼は、いつだって自信に満ちているように見えた。体はごまかしても、心はごまかしていないように見えた。それが、とてもうらやましくて、妬ましかった」
部長は小さくため息をつき、軽く頭を振ってドアのほうを見た。
「いいかげん、中に入ってきたら?」




