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『ハーモナイズ』  作者: 青山樹
第三章 『ほんもの』
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第十三話 『それでいい』

 体育館に集まっていた聴衆たちの注意は、声のする方へ向かった。


「うるせえ! 通せ、通せよ、ちくしょう!」


 怒鳴り声が響き渡る。黒川先生の制止を振り払い、一人の少女が体育館に現れた。


 透だった。


 無地のシャツにハーフパンツという普段どおりの姿で、手にはスマートフォンを握っている。

 おそらく、ロボットを介してこれまでの経緯を見ていたのだろう。


「彩!」


 透は腹の底から声を張り上げる。


「そんなババアの言うことなんか聞くな! お前が今、ここで、本当に言いたいことを、お前の本当の心を、アキトにぶつけろ!」


 透は駆けつけてきた先生たちにおさえられ、外へと連れ出される。

 突然の乱入者に誰もが呆気にとられていたが、彩はちがった。


「……お兄ちゃん」


 彩は再びアキトと向かい合う。

 目を軽くこすり、手を固く握りしめ、呼吸を整えた。


「アキ」


 彩は全力でアキトの顔面に拳を叩きつけた。

 重くて鈍い音が鳴る。その音をマイクが広い、再び多くの視線がステージへ向けられた。

 アキトは体勢を崩し、しりもちをつく。


 なんで? という顔でアキトは彩を見上げる。


 そんな彼に向かって、彩は叫んだ。


「アキのバカ! アホ! こんな人がいる前で、アンドロイドが大切だとか、なに堂々と宣言してんの! 完全にヤバい奴じゃん! これからまわりにどんな目で見られるかわかってんの? ちょっとは自分のことを考えてよ。アキのことを心配してる、私のことを考えてよ!」


「まったくもってその通りですわ。やはりアンドロ」


「うるせえババア黙ってろ! 私はアキと話してんだよ!」


 彩に怒鳴られてババア、もとい婦人は実に珍妙奇天烈な顔になった。


「アキにとってハクアが大切な人だって、そんなのわかってる。その気持ちが本当だってこともわかってる。その気持ちを、私に向けてくれないことも……。でも、それでも、私にとってアキは大切な人だから。私の、アキへの気持ちは本物だから」


 だから、しっかりと伝えたい。

 本当に伝わるまで。

 何度でも。

 何度でも。


「私はアキが好き。アキがハクアのことを想う気持ちに負けないくらい、アキのことが好き、好き、大好きなんだからっ!」


 あらん限りの思いを込めて、彩は叫んだ。


 一言でいえば、やけくそである。

 ムードもタイミングもシチュエーションもへったくれもない。

 ある意味ドラマチックではあるが、ロマンティックさはかけらもない。


 まったく、何やってんだか。


 彩の叫びは体育館に反響し、やがて静寂にのまれて、消えた。

 この場にいる人々の心に、その言葉を残して。


 彩は死について考えていた。

 こんなことをしてしまったのだ。もはやこの先、まともな高校生活を送れるわけがない。透のように代生になる気もなかった。


 今、ここで、命が尽きたら、どんなに楽だろう。

 でも、やっぱり、生きてみようかな。

 自分の思いが伝わったのかどうかを、確かめるまでは。


 拍手の音が聞こえた。

 その一人分の拍手の音は、巨大な沈黙に勇敢に立ち向かっていた。


 明理だった。


 彼女はその場に立ち、涙を流しながら、彩に向かって力一杯に拍手を送っていた。

 何があっても、自分は彩のそばにいるからと、伝えるように。


 そんな彼女の姿に、心を動かされたのか。

 ひとつ、またひとつと、拍手の音が聞こえた。

 まばらに聞こえる拍手の音は、みるみるうちに広まり、拍手の嵐が巻き起こった。明理のように立ち上がる者もいれば、激励や称賛の言葉を贈る者もいた。


 彩のまっすぐな思いは、多くの人の心を動かした。


 拍手喝采に包まれ、彩はその場に泣き崩れた。

 頭も心もぐちゃぐちゃで、もう泣くしかなかったのだ。

 心のままに。どこまでも純粋に。


 そんな彩のそばにいて、アキトは自分のなすべきことを考えていた。

 さっきよりも必死に、答えを探し求めていた。


 彩は僕に何を求めているのだろう。

 僕は彩に何をするべきなのだろう。

 まだ、彩は泣いている。すごく、すごく泣いている。


 僕は。


 アキトは身をかがめ、ひざをつき、泣き崩れている彩を抱きしめた。

 彩の体は震えていて、血が燃えているかのように熱かった。

 彼女の熱を感じているうちに、アキトはハクアに向ける感情と同じものを彩に向けていた。

 彩のぬくもりは、アキトの奥底深くに届き、どこか懐かしい熱を感じさせていた。




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