第十二話 『そうじゃない』
婦人は原稿のコピーを彩に渡す。
彩はマイクを取って、聴衆と向かい合った。
「私には、好きな人がいます……」
彩は声に感情がこもらないよう単調な口調を意識していた。
結局これは自業自得なんだ。
大切な人を、最悪な形で巻き込んでしまった。
この過ちは、何をもってしても償えるものではないだろう。
だったらせめて、自分も相応の痛みを背負おう。
それがせめてもの償いだ。
その思いで、彩は朗読を続けた。
「その人と出会うまで、私は家族以外の人に心を開くことができませんでした。学校ではいつも兄と二人きりで、同級生の友達はいませんでした。だからいろんな人にからかわれたし、いじめられたりもしました。その人と出会ったのは、私と兄が上級生のグループにいじめられていた時でした。その人は身の危険もかえりみず、私と兄を助けてくれました。それがきっかけになって、その人と私たちは友達になりました」
この時になってようやく、アキトは自分のことを言っていることに気がついた。
「初めて友達ができて、とてもうれしかった。でも、その人にはひとつだけ、他の人とはちがうところがありました。その人は、人間に接するのと同じように、その人の家にいるアンドロイドと接していました」
婦人はうんうん、と満足げにうなずく。
「それを見るたびに、私はこわくなりました。その人には人間もアンドロイドも同じように見えているんじゃないか、同じように感じているんじゃないかと思えたからです。その人は、いつも私や兄に寄り添ってくれました。私たちが求める言葉をかけてくれました。求める態度をとってくれました。でももし、その人が私たちのことをアンドロイドを見るのと同じ目で見ていたとしたら、その人と絆を結び合うことができるのか不安を感じました。なによりも、その人自身がアンドロイドのように相手が求めることを機械的にこなしているだけだとしたら、私とその人の間にあるものが全部否定されてしまう。どうしても、そう思ってしまうんです」
彩は必死に声の震えをこらえていた。
明理は彩を正視することができなかった。
彼女にできることは、この時間が一秒でも早く終わり、この日の出来事が一人でも多くの人に忘れられることを祈るだけだった。
ステージの上にいるアキトは、彩のために何ができるのかを考えていた。
何ができるだろう。
彩はとても困っている。苦しんでいる。
今、この場で、僕にできることは、なんだろう。
何かをしなくちゃ。
何かを……。
「……私は、アンドロイドは、人間の心をおかしくさせると思います。人間の心が人間そっくりのものに歪められることは、恐ろしいことだと思います。だから人間は、アンドロイドを心を持たない『モノ』であると意識しなければいけません。私は……、私は、人間とアンドロイドには絆が生まれないし、生まれるべきではないと、思います」
朗読を終え、彩は一礼する。
拍手は起こらなかった。
そんな空気ではないことは、誰にでもわかるだろう。
今この場で拍手をするのは、相当なアホだけだ。
パチパチパチ、と拍手の音が聞こえた。
婦人だった。相当なアホはすぐそばにいた。
「素晴らしい朗読でしたわ。とても感情がこもっていて、ぐいぐいと引き込まれました」
婦人の拍手だけが、にぎやかに鳴り響く。
「さて、それでは最後に今回の討論の結論を、彼に言ってあげてください。アンドロイドと絆を求めようとするあなたの心は、何もかも完全に間違っていると」
彩はアキトと向かい合う。アキトは小さくうなずいた。
この時、彼は自分が何をするべきなのかを理解した。
彩の言葉を受け取った後、全力で婦人を殴り倒そう。
そうすれば、ここにいる人たちの意識は彩じゃなくて僕のほうへ向かうはずだ。
夕食の献立を考えるのと同じように、アキトはそう考えていた。
アキ、と彩は声を震わせる。
「私、私は……」
その時、体育館の出入り口から黒川先生の大声が聞こえた。
「なんだ! なんなんだ君は! 何をしている!」




